メディアのデジタル化がもたらすサスティナブル社会への変革(後編)

イノベーション、テクノロジー

2021年2月24日

かつてメディアと言えばテレビ・ラジオ・新聞・雑誌というマスメディアを指していたが、インターネットの普及とともにWebメディアが台頭。最近ではソーシャルメディアが世論への影響力を高めている。
メディアのデジタル化は、経済や社会にどのような変革をもたらすのか、メディア学にはどのようなことが求められていくのか。目白大学メディア学部 特任教授平山秀昭氏に、本ウェブメディア「DiGiTAL CONVENTiON」編集長 福本勲が話を聞いた。

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右:目白大学 メディア学部 特任教授 平山秀昭氏
左:「DiGiTAL CONVENTiON」編集長 福本勲


メディアのDXがもたらす変革とは

福本:
昨今、デジタルトランスフォーメーション(DX)が大きく取り上げられています。ビジネスでいうと、DXはデジタル技術により新しいビジネスを創出しそれまでの提供価値や企業の立ち位置そのものを変えていくものだと思います。メディアのデジタル化が急速に進み、そのあり方が大きく変わりつつあると思いますが、メディアのデジタル化は経済や社会にどのような変革をもたらすとお考えでしょうか。

平山:
メディアがデジタル化され、情報がより速く正しく伝えられ、人々が社会を正しい方向に進めていくことを考えるようになると、社会はもっと良くなると考えています。環境問題を例にとると、政府は2050年までに温室効果ガスの排出量を実質ゼロにするという方針を出していますが、一人ひとりが環境問題を真剣に考えないと、この目標は達成できません。そのためには、正しい情報を伝えていかないといけません。そのような役割を果たすのが、デジタル化されたメディアだと思います。メディアのデジタル化により一人ひとりに速く正しく情報が伝わるようになり、社会を正しい方向に向かわせることで、経済も正しい方向に進んでいく。すると企業はSDGs(Sustainable Development Goals:持続可能な開発目標)にさらに真剣に取り組むようになり、投資家もESG(環境:Environment、社会:Social、企業統治:Governance)投資をもっと真剣に考えるという循環に変わっていくのではないでしょうか。

福本:
最近は、サステナビリティ・トランスフォーメーション(SX)という言葉も出てきていますよね。メディアのデジタル化により、地政学的リスク、気候変動や自然災害、技術革新、新型コロナの感染拡大の影響など、我々を取り巻く環境に関する情報に誰もがアクセスできるようになると、それにより社会も経済も変わっていくのかもしれません。企業は世界中の幅広い情報を入手・判断できるようにし、経営のあり方だけではなく、ステークホルダーとの対話のあり方も変えていかなければいけないのだと思います。
一方、デジタルテクノロジーによって大量の情報にアクセスできるようになっても、何が正しくて何が正しくないかを判断するのは人間です。また、正しいことと正しくないことの判断基準は、時代や国によっても異なるのではないでしょうか。

平山:
確かに正しいか、正しくないかを判断するのは人間です。人間が間違った情報で間違った判断をしないように、正しい情報を提供することこそがメディアの役割だと思います。メディアが正しい情報を伝え、人間は知恵を駆使して社会を正しい方向に向けていく。テクノロジーが発達するほど、人間が考えなければならないことが増えていくのでしょうね。

福本:
では、このような変化が激しく不確実性の高いニューノーマルの時代に、メディアのイノベーションはどのように生み出していけばよいのでしょうか。

平山:
その担い手はデジタルネイティブ世代だと思います。メディアに限ったことではありませんが、2050年や2070年の未来のことは、デジタルネイティブ世代でないと考えられないと思うのです。例えばアラン・ケイ氏(1970年代にパーソナルコンピューターの概念を提唱した米の計算機科学者)も20年後のノートPCまでは考えられましたが、40年後のスマートフォンまでは発想できませんでした。人間は20年後までは想像できても、40年後の未来は想像できないのだと思います。メディアのイノベーションはデジタルネイティブ世代に期待したいですね。


デジタル時代に向けてメディア学に求められることとは

福本:
今の小学生は幼い頃からスマートフォンを使っている世代ですからね。そういった環境で育っていく皆さんが考えるべきということですね。では、デジタル時代に向けてメディア学に求められていることは何だと思われますか。

平山:
一つは、社会を正しい方向に向けるデジタル化されたメディアを作るために、デジタルネイティブを教育し、デジタルテクノロジーの基礎や未来社会を創造する発想力を育んでいくことです。もう一つは、メディアモチベーションのデジタルテクノロジー研究への注入です。

福本:
メディアモチベーションのデジタルテクノロジー研究への注入について、解説していただけますか。

平山:
私が研究しているブロックチェーンの例で説明します。ブロックチェーンが暗号資産(仮想通貨)のベース技術になり得るのは、改ざんが困難だからです。ブロックチェーン技術では、金銭の出し入れなど取引情報の履歴データを複数集め、時系列に並べてブロックの形を作ります。そのときに、前のブロックに含まれるトランザクションから計算されたハッシュ値(アルゴリズム(ハッシュ計算)により算出された一定量の情報がコンパクトにまとめられたデータであり、情報が少しでも変更されると、計算されるハッシュ値は全く異なるものになる)も記録されます。取引履歴の一部(ブロックの一部)が改ざんされた場合、その影響は後続のブロックすべてに影響するため、改ざんは困難になります。一方で、従来型のデータベースは比較的改ざんが容易ですが、誰も銀行のデータベースが改ざんされる心配なんてしていないですよね。それは、銀行が大きくて信頼できる企業であり、金融庁も監視しているからです。ブロックチェーンは、組織や団体の信用の代わりに、テクノロジーによって、データが改ざんされていないことを保証することができる。だから仮想通貨の信頼性が担保されるのです。
このブロックチェーンを環境問題に応用するとどのようなことができるのか。私たちが普段食べているマーガリンやチョコレートの中には植物油脂が含まれています。この原料はパーム油で、熱帯林を切り開いて作られたアブラヤシ農園で作られたりしています。また、スマートフォンのリチウムイオン電池の原料のコバルトは、人手で採掘されていることがあり、児童労働の温床になっていると言われています。このように普段私たちが何気なく使っているものの原料を元の元まで辿っていくと、安心安全でないものが使われている可能性があります。メーカーが全ての原料の元の元まで遡って保証するサプライチェーンを構築することは困難ですが、ブロックチェーンを使えば、分かるようになるのです。
これまでデジタルテクノロジーの研究目的といえば、もっと性能を上げることや、もっと信頼性を高くすること、もっと使いやすくすることなどが主流だったのですが、これからはもっと社会を豊かにするための研究も大事になると思うのです。ブロックチェーンの活用例のように、もっとSDGsを促進するような目的でデジタルテクノロジーを研究するように方向付けていくことも、メディア学の役割の一つだと思います。


ifLinkオープンコミュニティに参加した目的

福本:
平山ゼミはifLinkオープンコミュニティに参加されています。どのような取り組みをされているのでしょうか。

平山:
ifLinkオープンコミュニティに参加した目的は、社会連携プログラムとして、産学連携の取り組みを活発化させたいと思ったからです。最近参加したばかりなのですが、まずビストロミートアップ(アイデア共創アクセラレーション)にアイデアを提出しようとしています。ifLinkオープンコミュニティの良さは、「だれもが簡単にIoTをつかえる世界」を目指すという目的がはっきりしていること。参加企業もオープンに連携しようという意思を持っているので、産学の垣根なく連携しやすいと思います。

福本:
学生がオープンコミュニティやオープンエコシステムに参加する意義は何だとお考えですか。

平山:
企業で働く人たちと触れあうことで、普段と違う話を聞くことができたり、社会人と議論できるようになることです。日本人のデジタルネイティブ世代は、すごくデリケートというか、遠慮がちというか、図々しさがない人が多いような気がします。学生のうちからオープンコミュニティで企業の人たちと議論をしたりすることで、自分なりの考えを持ってコミュニケートできるようになるのではと考えています。


CPSの中でメディアが果たす役割

福本:
東芝は世界有数のCPS(サイバー・フィジカル・システム)テクノロジー企業を目指し、グループを挙げて事業変革に取り組んでいます。CPSの中でメディアやメディア学はどのような役割を果たすとお考えですか。

平山:
CPSによりサイバー世界とフィジカル世界がリンクするようになることで、世論がどう生まれ、どうなっていくのかに関心があります。もしかすると、サイバー世界とフィジカル世界、それぞれで生まれた世論を調整したり補正したりして正しい世論の方向を示し、サイバー、フィジカル双方の世界に正しい世論を伝えるのがこれからのメディアの役割なのかもしれません。

福本:
CPS化が進むとフィジカル、サイバー双方でさまざまな情報が生まれます。ネット上にはフェイクニュースが存在する可能性もあり、SNSの発信などによって多くの人が扇動されてしまう可能性もあります。正しいことと正しくないことの選別はますます難しくなっていくので、ネットリテラシーも向上していかなければならないでしょう。正しい世論のあり方を考えることは、これからのメディア学の本質なのだと思います。
最後に東芝および東芝デジタルソリューションズの取り組みに期待することについてうかがいます。

平山:
東芝グループの経営理念「人と、地球の、明日のために。」は、今から30年ほど前に作られたものですが、この経営理念は本当に素晴らしい。世界中の企業の経営理念であってしかるべきだと思います。ですから、東芝には世界中の企業がこの経営理念の示す方向に進んでいくように、リーダーシップをとってくれることを期待します。そしてこの経営理念を実現するためには、デジタルテクノロジーが非常に重要です。そのデジタル化の推進をグループ内で担っているのが東芝デジタルソリューションズ。東芝が「人と、地球の、明日のために。」を進めていくための、東芝デジタルソリューションズのこれからの活躍に大きな期待を寄せています。


平山 秀昭 氏
目白大学 メディア学部メディア学科 特任教授

2001年3月、電気通信大学大学院情報システム学研究科情報ネットワーク学専攻博士後期課程修了、博士(工学)

2011年10月、東芝ソリューション株式会社生産技術センター長、2015年6月、東芝ソリューション販売株式会社取締役技術統括責任者を経て、2018年4月より現職

情報処理学会、電子情報通信学会、ヒューマンインタフェース学会会員
専門は、情報ネットワーク、並列分散処理、オペレーティングシステム、ソフトウェア工学


執筆:中村 仁美
撮影:鎌田 健志


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  • この記事に掲載の、社名、部署名、役職名などは、2021年2月現在のものです。

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