量子由来の先進技術でデジタル時代の社会を最適化

デジタル化が進む時代において、より複雑化する社会課題を高度に解決するための手段が求められている。その一つとして期待されているのが、大規模な組合せ最適化問題を短時間で、かつ高精度な近似解(良解)を得ることが可能となる、量子インスパイアード最適化ソリューションだ。このソリューションのソフトウェア開発に携わる手島駿治は、温和な表情の中に、先進の技術への探求心と社会が抱える課題を解決したいという熱い思いを秘め、日々、業務に取り組んでいる。そんな手島にとっての“デジタル”について語ってもらった。


最適な解への飽くなき探求心


私は現在、量子関連技術を活用したソリューションの開発を進めています。このソリューションで大規模な組合せ最適化問題を高速に解くことにより、さまざまな領域で複雑化する社会課題の解決を目指しています。

金融取引や産業用ロボットの動作、輸送トラックの配送経路、送配電経路、工場の人員シフトなどの最適化や、創薬のための分子設計など、社会や産業における課題の多くは、膨大な選択肢から最適なものを選び出す組合せ最適化に帰着します。組合せ最適化は、問題の規模が大きくなるにつれて組合せパターンの数が指数関数的に増大するため、既存の計算機で高速に解くことは困難です。このため、組合せ最適化問題を解く専用計算機の開発が国内外で活発に行われています。

東芝は、量子コンピューターの研究過程で生み出された独自のアルゴリズムを実装したソフトウェアによって、大規模な組合せ最適化問題を高速に解くことに成功しました。量子由来であることから量子インスパイアード最適化技術と呼ばれ、「SQBM+」としてソリューション化しました。私は、この技術の活用を通じて世の中にあるさまざまな課題を一つでも多く解決したいと考えています。そのためにはより多くの人に使っていただくことが必要です。この技術を有効に活用できるようにするために実問題の解決や性能評価などを繰り返し、よりよい製品となるように取り組んでいます。難しい命題ですが、社会が抱える課題を探し出し、参考となる技術論文などを熟読して試行錯誤しながら解決方法を考え抜き、実装に落とし込んでいくことは、とてもやりがいがあります。その結果として、実際のシステムに組み込まれ、世の中がよい方向に進むこと、すなわち社会貢献につながることに大きな意義を感じます。

具体的な活用例を挙げます。例えば、大規模な工場において作業者のシフト表を作成するために1ヵ月もの多大な工数がかかることがありますが、この技術を用いることで、より適切な人員による最適なシフト組みを数分で導き出します。そのためには、お客さまの課題を組合せ最適化問題に置き換え、そして数式に落とし込む定式化の作業が必要となります。各作業者の能力や現場を取り巻くさまざまな事柄、さらには人と人との相性や個々人の翌月の予定などを制約条件として数学的に扱えるようにします。この作業プロセスは、数値データを扱えるだけでなく、コミュニケーション力や洞察力、知見、ノウハウ、さらには課題を解きたいという熱意も欠かせません。私はこれらのスキルを高めるために、技術論文や成功事例の調査に加え、量子関連技術を社内に啓発する活動や、最適な解やよりよい解を求めるヒューリスティックコンテストへの参加などを行い、さまざまな経験を積み重ねています。

業務に取り組む中では、予想通りにならないことや、うまくいかないこともあります。これらは、今後の成功につながる過程と捉え、そこでの気づきや原因の分析を基に、次の行動に向けた道筋やアプローチの検討を欠かさないようにしています。


よりよい社会のためにさまざまな先進技術を使いこなす


自分の考えや想いを「正しく伝える」ことを、仕事を進める上で常に意識しています。
学生時代には、産学連携の研究に参加し、企業の担当者と頻繁にコミュニケーションをとる環境にいました。そこでは、月例の報告書を用意する際に、どのような立場の人が何のために読む資料なのかを意識して作成するように努めていました。この意識は習慣化され、現在の業務でも、開発ドキュメントやソースコードへのコメント、コミットメッセージ、技術報告書、プレゼンテーション資料などにおいて、文書ごとの目的やポイントを捉え、読み手の気持ちを想像しながら正しく伝わる内容にすることを最優先に考えています。

一方で、量子関連技術に関わる私にとっても生成AIの登場は、人が人に何かを伝える在り方に別の視点をもたらすかのような、とても衝撃のある出来事でした。誰でも気軽に使える高度なAIが現れたことへの衝撃とともに、生成AIによる自然言語の処理能力が極めて高いことに驚いています。期待する回答を得るためにはプロンプトの入力に多少のコツが必要な場合があるなど、現時点ではまだまだ課題があります。しかし、このようなハードルはすぐに乗り越え、その先には、人のコミュニケーションの在りようですら変えていくのではないかと思っています。例えば、いまは、AIはデータの分析や、人からの質問に対する回答の生成ができます。近い将来には、人と人との間に介在し、情報の伝達を支援したり、わからないことを解消したり、考えをまとめたり、そしてその先では、AI自身が会議に参加して意見を述べたりする可能性も秘めていると考えられます。
AIの進展により、蓄積されたデータが持つ力も存分に発揮されるようになるのではないでしょうか。いまはまだ、多くのデータを活用する場面に頭を悩ませている人も多いと思います。今後は、生成AIなどによってデータを活用する範囲が広がることに加え、より高度な活用ができるようになり、データの価値や存在意義もさらに高まっていくと考えています。

私は、今後AIと量子関連技術の融合により、さらに多くの課題を解決することができるようになると考えています。例えば、AIが膨大な量のデータを処理し続けるには膨大なエネルギーを必要としますが、量子コンピューターによる計算の高速化などで省電力につながると期待されています。また、サーバーを介さずにエッジ側で独立してAIを動かしたり、小型化された量子コンピューターが登場したりすれば、スマートフォンやスマートグラスといった人々の身近なIoTデバイスに実装される可能性も広がります。これらが実現することで、私たちの暮らしや活動から絶え間なく生み出される多様で膨大な量のデータをより迅速で的確に活用できるようになるだけでなく、新たな社会価値を創り出すことにつながるのではないかと夢が広がります。

先進的な技術の可能性を捉え、それらを使いこなして社会課題を解く。それにより、全体最適な世界に発展した、誰もが幸せを感じる社会を目指したいです。デジタル時代における人々や社会のよりよい未来に向けて、さらなる経験と知見を積み重ねながら、量子関連技術の社会実装を実現していきます。

大切なことば

「眼光紙背に徹す」(がんこうしはいにてっす)

目の光が書物の紙の裏側まで突き通すという意味から、字句の意味だけでなく、その奥にある真意を深く理解することを指している言葉です。まさに現代に通じる言葉で、行間を読んで相手の気持ちを慮ることや、本当に信頼できる情報なのかを見極めること、そして純粋に本質を掘り下げていくことの大切さを示していると解釈しています。一人の研究者として大切にしている言葉です。

手島 駿治(TESHIMA Shunji)

東芝デジタルソリューションズ株式会社
ソフトウェアシステム技術開発センター
ソフトウェア開発部 第三担当


入社以来、一貫して量子関連技術の開発に携わってきた。お客さまのビジネス課題を見つけて定式化し、東芝の量子インスパイアード最適化ソリューション「SQBM+™」を用いて最適な解を導くことで、その先にある社会への貢献を目指している。

執筆:井上 猛雄

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