東芝デジタルソリューションズ 担当者インタビュー

自治体が取り組む"地域包括ケアシステム"の現在

介護保険制度の変遷


高齢者のライフステージは「疾病予防→介護予防→介護→在宅医療」と、心身の状態によって大きく4つに分けることができる。さらに、各ステージに対応する地域包括ケア事業は、自治体の異なる部門が担当している、という話を前回のコラムでお伝えした。それを踏まえて、今回のテーマである「地域包括ケアに求められる地域マネジメント」について話を進めていこうと思う。

東芝が介護保険事業において果たしてきた役割


東芝は、介護保険制度が始まった2000年当初からすでに18年もの間、自治体向けの介護保険事業に携わっている。「介護保険を申請する高齢者が増えてくると、国から提供される認定ソフトだけでは時間がかかってしまうもの。自治体からは、認定プロセスを支援するソリューションの要望が寄せられていました。そこで要介護認定支援システムである『ALWAYS J』の提供を開始し、この事業に取り組んでいます」と杉山は説明する。
通常、要介護区分の認定を行う場合は、複数の担当者が審査会に書類を持ち込んで審査するが、それを効率化するのがALWAYS Jだ。申請から認定までのステータスを管理し、審査会での議事内容や判定結果の入力が可能となっている。また、審査対象者の状態に関する主治医の意見書情報等も色分けなどによって分かりやすく表現されており、そのビジュアルはGOOD DESIGN賞を受賞するほど。

杉山 敦基

東芝が長年事業に関わる過程で、国から提供される認定ソフトに対する改善点や制度自体の改善要望などが自治体から寄せられるようになっていった。そこで、自治体向けの事業から国の事業そのものに展開を進めるべく、認定ソフト自体を東芝側で手掛ける活動を開始、今では自治体向けの要介護認定支援の仕組みだけでなく、国が自治体に提供する認定ソフトまでも東芝が提供している状況にある。
その後、認定ソフトを利用する自治体から毎月報告される情報を「介護保険総合データベース」として整備し、その情報から各自治体の特性を可視化する「地域包括ケア『見える化』システム」を提供するなどの厚労省の事業において国と自治体の様々な仕組みに東芝が関わることになる。

東芝が手掛ける地域包括ケア事業支援ソリューションとは?


前述した「介護総合データベース」や「地域包括ケア『見える化』システム」の情報は匿名化したものだが、これらには年齢や性別はもちろん、要介護認定が行われた日付や、次の更新時期までに「訪問介護などの在宅サービス」や「認知症対応型共同生活介護などの地域密着型サービス」、「老人福祉施設や介護医療院などの施設サービス」など、何を利用したかまで幅広く網羅されている。つまり、どのような体の状態の方がどのようなサービスを受けてきたのかという量的な分析は可能である。「一方で、どのようなサービスを利用したら要介護4の方を要介護3に持っていくことができたのかといった、質的な分析これからのテーマとなっています。先進的に取り組んでいる自治体側の担当者であれば、そこまで細かく見たいというのが本音なのです」と杉山は自治体担当者の思いを代弁する。
そこで、自治体が保有している実名入りのデータも活用しながら、認定に関わる介護保険システムのデータや地域・事業者が持つデータ、健診データ、各種レセプトなど医療保険システムのデータなどを突合したうえで高齢者用の総合DBを構築し、それをもとに地域包括支援のためのケア計画を立案・実施・評価する、PDCAサイクルが求められていた。そこで東芝が開発したのが、地域包括ケア事業支援「ALWAYS ICC」※と呼ばれるソリューションだ。このALWAYS ICCを利用することで、これまで紙やExcelをベースに経験とノウハウで進めてきたものを、データドリブンな形でPDCAを回していく運用に変えることができるようになる。「自治体の職員の方からは、前向きな意見も多くいただいています。これまで取り組んできたことがデータから明らかになること自体が新鮮な感覚のようで、例えばご自身の経験でこうすればよくなると思ってきたことがデータから検証できること、またデータに語らせることができることに対して、評価をいただけていると感じています。」と平野は語る。すでに先進的な取り組みを進めているモデル自治体の中には、東芝に対してデータを活用したサービス効果の分析業務を委託するところも出てきている状況にある。

三浦 大憲

これら介護保険を含めた各種データの分析および計画は、これまではコンサルティングファームが自治体向けに行ってきたサービスの一環であり、どうしても自治体の現場自体が主体的に関わることが難しい部分だった。「地域包括ケア『見える化』システムを通じて国が提供する介護データを利用できるようになり、自治体間での比較や先進的な自治体の施策を知ることが容易になりました。ALWAYS ICCはさらにその先、それぞれの自治体に合わせた具体的な施策検討に貢献できると考えています」と三浦は力説する。
さらに東芝では、国立大学法人筑波大学大学院とともに、地域包括ケアシステムの深化を目指したサービス開発に向けて共同研究を行ってきた。認知症高齢者に対する実態調査に基づいた認知症予防や重度化防止の研究を行っている筑波大学と、高齢者の総合DBをはじめとした豊富なデータ処理の経験を有する東芝が共同で、ビックデータから最適な解を導き出す分析方法を研究する試みだ。「要介護状態になりやすいと言われる三大疾病の1つである認知症に関しても、その予防に貢献できるような活動に役立てていきたい。今後も大学を含めた様々な機関や団体と連携しながら、地域包括ケア事業の質の向上につなげていく予定です」(杉山)。

※「ALWAYS® ICC」の“ICC”はIntegrated Communication Care「地域包括ケア」の略称

改善にはインセンティブを!先進的な自治体の取り組み


地域包括ケア事業に取り組む自治体では、すでに地域包括ケア『見える化』システムの情報により、自身が全国の自治体の中でどの位置にいるのかが分かるようになっている。ただし、自分たちが目指したい自治体の姿のために何を実行していくべきか答え探しをしているのが実態だ。しかも、その取り組みを真剣に考える体力のある自治体とそうでない自治体との間には大きな隔たりがあるのも事実だ。
また、介護保険事業で現場が抱える大きな課題の1つが、要介護認定の改善とその報酬が紐づいていないことだ。「訪問介護、施設利用の介護などのサービス事業所は全国に30万ほどありますが、どのサービス形態であっても体の状態が改善すると、介護保険で利用できるサービスの上限が減っていくことになります。つまり、要介護5と判定されると月額約36万円の上限額に対し1段階改善すると月額約5万円が減る。いくら利益を追求しない社会福祉法人といっても、提供できるサービスが減ってしまうことになるのです」と業界における課題を杉山は指摘する。しかし、そのような状況の中でも、先進的な取り組みを行っている自治体が出てきている。具体的には、要介護状態が改善した取り組みを行った事業者に対して、インセンティブを与えることを実践している。

東芝が目指す介護保険事業の未来


今後については、先進的な自治体との経験をもとに、まだ十分に固まっていない提供形態についても検討していきたい考えだ。「旗振りをする県を中心に、県下の市町村での共同利用型にするといった提供の手法についても模索していきたい」「実際に小さな規模の自治体では住民の顔が見えている状態にあることもあり、わざわざデータによる分析が求められないケースもある。そこで、職人技で計画から実行までを行うことが困難な、ある程度規模の大きな自治体に対して、データによる新しい気付きを与えていきたい」と杉山は意欲的に語る。

平野 さやか

また三浦は、自治体が主体的に分析できるような環境づくりをより一層整備していきたいと意欲をのぞかせる。「現状はデータ分析を我々が行った上で、数字だけでなくグラフなど見える化しやすい形で自治体に提供するサービスになっています。できれば、職員の方が自らツールを触って、データドリブンな環境で、できるだけ容易に分析できるものにしていきたいと考えています」と三浦は語る。分析用のテンプレートづくりも視野に、使い勝手のいい仕組みを目指していきたいという。平野も同様に「職員の方は日々の業務に忙しいこともあり、分析に十分な時間をかけることが難しい場面もあります。だからこそ、使い勝手が良く、分析のための準備に係る負担や時間を極力軽減する仕組みを提供していきたい」と力説する。
介護保険制度における地域包括ケア事業を円滑に進めるためには、自治体の中に埋もれた豊富な情報を活用し、データドリブンな進め方が可能になる情報基盤が重要になってくる。そのための仕組み作りに、今後も東芝が積極的に関わっていくだろう。