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[第29回] “働き方改革” 新生銀行の挑戦!
副業・兼業解禁は日本経済のエンジンとなるか!?
更新日:2018年06月27日
テクノロジーの進化や人口構成の変化で日本社会のあり方が大きく変わる中、厚生労働省、経済産業省などが中心となって推進しているのが「副業・兼業解禁」や「テレワーク(在宅勤務)」といった柔軟な働き方の選択肢だ。
2018年1月には、厚労省が日本企業の就業規則の指針となる「モデル就業規則」を改正。「労働者は、勤務時間外において他の会社等の業務に従事することができる」という一文を盛り込み、より多様な働き方を企業が実現することを強く後押しした。
こうした動きを受け、多くの日本企業が副業・兼業を解禁しつつあるが、特に話題となったのが今年4月から副業・兼業解禁に踏み切った新生銀行だ。情報保護等の観点から金融機関の副業・兼業は難しいとされていた中、真っ先に新制度を導入した狙いはどこにあるのか。同行グループ人事部に話を伺った。
新生銀行は「銀行ならではの壁」をどう超えたのか?
新生銀行で副業・兼業を解禁する具体的な議論が始まったのは2017年夏のこと。当時さまざまな働き方改革に関する取り組みについて経営陣とディスカッションする中で「どうして日本の会社は副業・兼業に厳しいのか?」という疑問が浮かんだという。
同行シニアオフィサーでグループ人事部GMの林貴子氏は、こう振り返る。
「経営層から『グループ人事部では副業・兼業をどう考えているのか』という問いかけがありまして、ディスカッションをする中で、『働くということは個人が価値提供しその対価を得ることであって、その形を会社側が縛る必要はない』『異業種の人が交わることでイノベーションの創発につながる』という考えに至り、解禁に踏み切ることになりました」
金融機関として真っ先にこの取り組みを実現できた理由として、林氏は同行の社員構成の特徴と自由な風土を挙げる。
「前身の日本長期信用銀行時代からの社員や、新生銀行になってからのプロパー社員に加え、中途入社の社員も非常に多いのが特徴で、終身雇用前提というよりも『一社にずっといるとは限らない』という考え方の人がいたり、一度辞めて他社での経験を踏まえまた戻ってくる人がいるような、自由な社風だったことが影響していると思います」
とはいえ、実際に新制度を導入するにはクリアせねばならない壁があった。一つは、労働者の安全配慮や、労働時間をどのようにコントロールするのかという問題だ。
企業に労働者として雇用される場合は、独立して個人事業主として活動するときと比べ、労働基準法などに基づく厳しい管理が必要となる。具体的には、企業と労働者(労働組合や労働者の過半数を代表する者)は労働時間についていわゆる36協定を結び、厚労省のガイドライン等に基づいて安全管理なども含めて厳しく管理をする義務がある。しかし、労働者が複数の企業や機関で仕事をする場合は、誰がどこまで管理を行うのか。
林氏は「現実問題としては、今の法律では“主たる雇用主”が責任を負うことになっている」という。
「現実には、企業が外部での副業・兼業も含めてその実態を精緻にコントロールするのは難しい。そこで、リスクをゼロにはできませんが、性善説に近い考えで、特に他社に雇用される場合の兼業時の労働管理については、当行と兼業先での総労働時間を所定の範囲に収めるなどの最低限の規則をつくった上で、最終的には社員からの報告に基づいたグループ人事部でのチェックと社員の自己管理に委ねています」
そしてもう一つの壁が、情報管理・情報漏えいの問題だ。これは金融機関が副業・兼業を解禁するに当たっての最大の課題とされていたものだが、林氏は副業・兼業と情報管理は別の問題と考える。
「副業・兼業がなくても、銀行としては厳格な管理を行っており、情報管理のリスクは基本的に変わらないのではないかということです」
同行のグループ本社グループ人事部の佐々木優氏も、副業・兼業と、会社における情報管理・情報セキュリティーの問題は基本的に切り離して考えている。
「兼業をしている・いないに関係なく、例えば書類を社外に持ち出す場合には厳格に管理する形で、それは副業・兼業を解禁する以前から運用しているルールです。ただし、兼業者に対して一定の意識的な歯止めは必要なので、兼業申請の際には『情報漏えいの禁止』『競業避止義務』『利益相反行為の禁止』といった大枠についての誓約をしてもらっています」
例えば「取引先の大手コンビニエンスストアの地方店舗で新生銀行の社員がアルバイトをする」といった場合、常識的には利益相反行為とは考えにくい。
「そんなところまで厳密にNGを出しては発展性に欠けるので、今は大枠のルールだけ固めて、ある程度柔軟に判断するようにしています」と両氏は語る。
“ゼロリスク”で規則を運用することは不可能に近い。まずは実際に導入してみて、運用の中で生じた問題点をフィードバックしつつ、徐々にルールが整備されていく形が現実的と言えるだろう。
社員、銀行、そして兼務先の三者全てがメリットを享受する?
副業・兼業が社員と銀行にもたらすメリットはなんだろうか。林氏は三つの観点を提示する。
「一つ目は単純に経済的な補てんです。労働時間が短く、収入がそれほど多くない場合には、業務時間外にアルバイトをして、労働価値をお金に変えることは社員の幸せにつながるし、日本の労働力不足解消にも資すると思います」
これは旧来の副業の考え方に近いといえるだろう。加えて、現代の副業・兼業は単なる経済的補てんにとどまらないメリットがある。
「二つ目は、社員の持つ銀行員としての顔以外の興味・関心やスキルを生かすこと。人によっては趣味だったり、生きがいだったりしますが、金融と直接関係のない仕事をして銀行内では得られない物の見方やスキルを得ることで、より多様な視点が銀行に持ち込まれ、イノベーションや新規事業開発につながっていくことも期待できます」
佐々木氏いわく、実際にこれまで申請のあった中には「NPO法人を立ち上げて理事になる」「イベントに出演して報酬をいただく」といったユニークなものもあるそうだ。
そして三つ目のメリットは「自分が銀行で使っている専門的な知識やスキルを外部で生かし、もっと成長すること」。自分の専門知識やスキルが、外部の市場の中でより磨かれ、先鋭化していくことは本人にも銀行にもプラスになる。加えて、林氏は「シニアスタッフの知識の活用」という観点にも触れた。
「われわれの取引先の中には、テクノロジーは非常に持っているけど財務面の知識が不足していて、『銀行出身者が欲しい』『財務知識のある人を出向させてくれないか』と相談をしてくる企業もあります。そこに、ラインを外れて後継育成に関わっている知見やスキルの高いシニア社員や、定年再雇用の社員が、本人の希望次第で、週の半分は新生銀行で勤務しつつ、残りの日はそうした企業に出向くという形もあり得る。必ずしも週5日で1社に縛られる必要はなく、兼業のバランスを本人が管理できれば理想的です」
また、新生銀行の社員が外部に働きに出るのとは逆に、「新生銀行に外部の人が働きに来る」ことのメリットについても林氏は語ってくれた。
「例えば今はAI活用やRPA導入による業務効率化の話が盛んですが、突然そういう部署を新設しても専門人材を採用するのも、新卒で採用して育成するのも結構難しいですよね。大きなプロジェクトなら専門の会社に業務委託することもできますが、『そこまでの話ではないが部署に1人そういう知識を持った人がほしい』といったときに、他社の社員やフリーランスで卓越したスキルを持っている方が、週に何回か来てくれるといった形にも大いに期待しています」
労働流動性が高まることが日本経済の発展に資する!
新生銀行では、単に副業・兼業を解禁しただけでなく、社員の後押しをする試みも行われている。
例えば、新生銀行の副業・兼業解禁のニュースを見た河合塾グループの株式会社全国試験運営センターから、「試験会場の管理責任者が不足しており、業務内容的に銀行の方にご参加いただけるとうれしい」という相談があった。そこで社内のイントラネットに「こういう副業の募集がある」と掲載し案内したところ、興味を持った社員が実際に何人も手を挙げてきたのだそうだ。
また、林氏によれば、より組織的にバックアップする仕組みづくりも検討しているという。
「外部のコンサルティング会社と協力して、ある仕組みづくりを検討しています。そのコンサルティング会社は、知識を持った個人と、知識を求める企業を結ぶプラットフォームを運営しているんです。例えば私だったら、人事としてのキャリアが長いので、『人事関係のこういうキャリアと知識がある』ということをプラットフォームに登録して、人事関係のコンサルティングを受けたい企業に対してプロフィールを公開し、ニーズが合えば個人事業主として数時間単位でのコンサル業務を受注できる仕組みです」
副業に興味はあるが、何をどうしたらいいか分からない―そうした社員が、まず自分のスキルや経験を棚卸しし、外の市場でも通用するように自ら常にブラッシュアップし成長することをサポートする。それが結果として、本業である銀行での提供価値の向上に繋がるからだ。
こうして副業・兼業が当たり前になっていくと、会社と社員の関係はどう変わっていくのだろうか。林氏はこう語る。
「働くということはシンプルに、自分のスキルを価値として市場に提供し、市場価値に見合った報酬を受ける、これが全てだと思います。価値提供に対する対価が適正に保たれているのであれば、それ以上の厳格なルールは必要なくなっていくのではないでしょうか」
例えば新生銀行では全社員を対象にテレワーク、リモートワークを導入したが、「その人がサボっていないかどうやってチェックするのか」という懸念の声があり、当初は毎月報告書を提出させたり、細かい勤務状況のチェックもしていた。今は基本的な勤務時間は管理しているが、それ以外は上司の評価に任せている。林氏は「成果は、労働時間ではなく、アウトプット(結果)で見るという原則を徹底すれば良い」という。
「1時間で10のことができる人もいれば10分で10のことができる人もいる。本来は、その10のミッションを期待したクオリティで達成してくれればその対価を払うという、それだけなんです。むしろ、価値提供をせずにただ単に時間分の対価を受け取る方が不公平ですよね。もちろん、成果を公正に評価することが大前提です。ただそうは言っても、どうしても時間でしか管理できない仕事はあるので、一足飛びに社会が変わることはないでしょうが、それでも原則は『価値を提供し、その対価を受ける』ということに尽きると考えます」
個人が「時間」に縛られず、複数の企業に価値を提供して対価を受けられるようになれば、旧来のような「1社が社員を一生守る」形ではなく、社会全体がセーフティーネットとして機能していくようになると林氏は期待している。
「今はまだいろいろな規制がありますが、民間で副業・兼業が当たり前になるにつれて、政府も規制をなくしていく方向に進むと思います。人材の流動性が高まることで、企業も外部環境の変化に合わせて効率的にビジネスをできるようになるし、日本経済の発展に、結果的に資すると思います」
最後に「副業・兼業を許すことは人材の流出につながるのではないか」と尋ねると、林氏はこう答えてくれた。
「副業の方が面白くなって辞めてしまう人については、残念ですが、またしばらくして『やっぱり新生銀行が面白そうだ』と思ったら戻ってきてくれればいいと考えています。“自由に出入りできる”ということは働く人にとっても魅力になりますし、より魅力的な風土をつくることは、逆に優秀な人材を集め、引き止めるための大きなアンカーになると思うのです」
<プロフィール>
林貴子
日本輸出入銀行(現国際協力銀行)、ニューマーケット、ジャックス・トータル・サービス、ギャラップオーガニゼーションジャパンを経て、2007年1月新生銀行に入行。人事部副部長などを経て、2017年4月にグループ人事部GM、2018年4月から現職。
佐々木優
2012年4月新生銀行に入行、大阪営業部で事業法人向け融資を担当した後、プロジェクトファイナンス部にて海外向けファイナンス案件に携わる。2016年11月以降は人事部(現グループ人事部)で、労務・年金やその他企画を担当し、働き方改革施策としてセルフ時差勤務制度、在宅勤務制度、新休職制度(ライフサポート休職制度)に加えて副業・兼業解禁の制度設計を行った。
ライタープロフィール
ライター:上野 俊一
ゲーム雑誌編集者、音楽制作雑誌編集者、VR雑誌編集者、フリーライターを経験。特にデジタルエンタテインメント分野に詳しい。最近はFinTech関連の記事を多く執筆している。