実のあるコンプライアンス教育・施策の実践

中村 葉志生
株式会社ハリーアンドカンパニー代表取締役

メリハリをもった研修プログラムを

今回は、コンプライアンス教育・施策の実践について解説します。
コンプライアンス教育を実施するときに、まず考えなければならないのは、量刑の軽重、つまり罪の重さということです。罪が重い順番でいくと、①わざとやる、②わざとしない、③うっかりしてしまう、④気づかずにしてしまう、となります。
これを踏まえて、階層別のコンプライアンス研修プログラムにメリハリをつけて実施します。たとえば、以下のような内容です。

一般社員研修…人の資質の向上を図るような内容。
管理職研修…人の資質と組織の体質の向上を図るような内容。
役員研修…組織の体質の向上を図るような内容。

図表では、コンプライアンスに関するさまざまな取り組みを、「人の資質・組織の体質」と「抑止・自律」の2つの軸で整理しました。コンプライアンス教育や施策を進める担当者は、こうした視点をもって取り組むことで、研修や施策にメリハリが生まれて、より実のあるアプローチができるのではないでしょうか。

コンプライアンス教育・施策を実践するポイント

では、階層別のコンプライアンス研修を実施するだけで十分といえるのでしょうか。階層別の研修を終えた社員は、「いい話だった」「その通りだ」と感想をもって、それぞれの職場に戻ります。しかし、職場の現状が、研修での講義内容とかけ離れていると、「やはり理想論だな」と何の行動にもつながりません。こういったケースは多いものです。
やはり、「階層別の集合研修」と「職場研修」がセットになっていなければ効果的なプログラムとは言えないのです。
コンプライアンスのプログラムを進めていくポイントを紹介しましょう。

  1. 「法令遵守」は、eラーニングで行う
    法令遵守は内容がわかりやすく、全社員共通のことなので、集合研修よりもeラーニングが向いています。
  2. 階層別集合研修と職場研修はセットで行う
    階層別の集合研修と各職場での研修をセットにして実施することで、効果はあがります。とくに職場研修は、「こういう社員でありたい」「こういった組織・職場でありたい」という企業倫理に関することを、事例を中心とした内容で、年1回でも2回でも実施することが必要です。できれば小さな係などの職場単位で行うのが理想です。
  3. 狭義のコンプライアンスと広義のコンプライアンスは分けて行う
    コンプライアンスには狭義と広義があることをしっかりと認識してもらうために、研修はあえて2つを分けて行います。コンプライアンスは、法令遵守だけではなく企業倫理と両輪ということをしっかりと意識してもらうためです。
  4. 人事評価に組み込む
    コンプライアンスの教育研修は大事です。しかし、さらに組織風土として浸透させていくためには、人事評価の項目に組み込んでいかなくてはなりません。最近では、人事評価に取り入れる企業は徐々に増えてきていますが、人事評価項目におけるコンプライアンスの割合が低いのが実情です。先進企業では、人事評価項目の3割をコンプライアンスの項目が占めているのです。
  5. マネジメントに組み込んだ職場単位の啓発活動
    職場単位でマネジメントに組み込んで行う啓発活動は、とても簡単に実践できて、自分たちの職場の自浄作用につながる取り組みになります。ここでは、2つの事例を紹介します。

[事例1]新しい芽(目)活動


まず、会社の異動時期にあわせて、異動してきた人に、「新しい芽(目)レポート」を書いてもらいます。異動後、およそ1カ月後に、職場の上司に提出した後、各職場の定例ミーティングなどで、このレポートをもとに、職場メンバーで10分くらいの話し合いをもつというのが活動になります。
この「新しい芽(目)レポート」は、箇条書き、半ページほどでかまいません。内容は、新しい職場に異動してきて、「疑問に思った点や手順」「こんなところが、おかしいのではという点」「この職場でも、やったほうがよい、やらないほうがよいところ」になります。つまり、①疑問、②指摘、③提案という3つのポイントで書いてもらうということです。
このレポートをもとにした職場ミーティングでは、疑問にはすぐに答えるのはもちろんですが、改善できる指摘や提案があったならば、すぐに改善することが重要です。
この活動を続けていくためには、約束事や業務の1つと位置づけておくことと、レポートの提出は1カ月後をめどにするということが大切です。「何か気がついたことがあれば、言ってください」では、新メンバーとなった社員は遠慮してしまいますし、3カ月後のレポートでは、その職場に染まり始めてしまうからです。
「新しい芽(目)活動」は、「自分たちの職場なのだから、自分たちでよくしていこう」という意識の醸成を促進し、自浄作用へとつなげていく取り組みといえます。

[事例2]リレースピーチ


この活動は、「コンプライアンス推進月間」を定めて、1カ月だけ職場単位で、朝礼や終礼の際に、日ごと、週ごとの持ち回りで2~3分のスピーチ行うというものです。
そのスピーチの内容は、①行動規範の中で、自分が気をつけたいこと、気をつけていること、②同僚のよい行動、の2つになります。
たとえば、「最近、個人情報のデータが増えてきているので、私は、行動規範の中の、個人情報の取り扱いに気をつけたいと思っています」「Aさんの、先日のクレーム対応は、ていねいな言葉で誠実に行っていました。行動規範に書いてある求められる人材像なので、すばらしいと思います」といったスピーチです。
このリレースピーチは、「コンプライアンスは法令遵守だけではない」という意識の醸成につながり、「よいと思い行動」や「さまざまな行動を起こす」こともコンプライアンスで求められるのだという理解を促進させるのです。また、同僚の行動から、学びや気づきを得ることができて、よりよい職場風土をつくっていくことになります。

コンプライアンス教育を担当する方々に、ぜひ理解しておいてほしいのは、「わが社が求める人材像」を社員に知らしめ、共有することがひじょうに重要だということです。どうやったら共有することができるのか、という視点を常にもって、さまざまな教育・施策に取り組んでいただきたいと思います。

経営とコンプライアンス

最後に経営の視点でコンプライアンスを考えてみましょう。
利益というのは、損得という基準で動きます。法令は、正邪という基準です。道義的な問題は、善悪という基準になります。いま、多くの企業は、「法令…正邪」「道義…善悪」というコンプライアンスを土台とした上に「利益…損得」を成り立たせなければならないと努力しています。
正邪や善悪という意識が薄く、ただ利益のみを優先しているような企業になってしまうと、会社ぐるみの不正をはじめとするさまざまな問題が起きやすくなるのではないでしょうか。利益とコンプライアンスは、一対のものとして考えなければならない時代なのです。
また、企業倫理というのは、ほぼ経営トップの倫理観だと考えられます。経営者の自ら律する姿勢は、必ず、企業風土によい影響を与えるはずです。
企業の目的は何かというと、継続的発展(ゴーイング・コンサーン)とよく言われます。コンプライアンスというのは、そのための手段にすぎません。ただ、継続的な発展をしていくためには、必要不可欠なものだということを理解していただければと思います。

中村 葉志生(なかむら はしお)
株式会社ハリーアンドカンパニー代表取締役

1959年東京生まれ。わが国有数のシンクタンクである日本能率協会総合研究所において、1990年代にビジネスエシックス(企業倫理)研究センターを立ち上げ、わが国の企業倫理・コンプライアンスに関わる分野の先駆けとなる。現在は、海外本社のグローバル企業、日本を代表する企業など国内外で、企業倫理、コンプライアンス、組織風土継承改革などに関わるコンサルティング活動を展開、各企業の有識者会議委員にも就任している。また、日本経営学会などに所属し、企業や行政機関において年間100回あまりの講演・セミナーを行いながら、立命館大学大学院客員教授など複数の大学の教壇にも立っている。著書に、『上司がしてはいけない40のタブー』『経営倫理用語辞典』などがある。