伝える力(説明と表現)と動かす力(説得)

櫻井 弘
株式会社櫻井弘話し方研究所
代表取締役社長

伝えるための説明力

富士山の中腹に例えた「相互の理解促進(目的2)」(図表参照)を進めるためには「伝える力」が欠かせません。その伝える力が、「説明」と「表現」になります。

「説明」とは、相手の知りたい箇所に焦点を絞って、相手にわかってもらうことを目的としたコミュニケーションの機能です。さらに、ただ単に相手に「伝える」ではなく、相手に「伝わる」ために必要となるのが「表現」です。
「説明」の基本となるのは、「誰に」「何を」「どのように」という3点をしっかりと意識することです。

  1. 「誰に」…相手は誰なのかをしっかりと意識する。
  2. 「何を」…伝えたい内容を構成するときに5つのポイントを意識する。
    (1)テーマの1行化、(2)テーマを支える具体的な例、(3)話の流れを整理して順序よく配列、(4)強調点や山場の設定、(5)導入と結びの工夫
  3. 「どのように」…表現の三原則である、(1)わかりやすさ、(2)簡潔さ、(3)印象深さ、を意識する

この3点を踏まえて説明することで、何が言いたいのか全く相手に伝わらないというトラブルは防げるはずです。
これからご紹介するのは、さらに説明力を高めるために役立つ7つのスキルを「せ・つ・め・い・よ・こ・れ」としてまとめたものです。ご自身で、どれくらいできているのか、チェックするのもよいでしょう。

  1. 「せ」…整理して順序よく配列する(話の展開)。
  2. 「つ」…強めの箇所(強調点・メリット)をはっきり打ち出す。
  3. 「め」…目配りで反応を確かめながら、一方的にならないように話す。
  4. 「い」…一時に一事の原則(“あれもこれも”は駄目)。
  5. 「よ」…予告することで相手に安心感を与える。
  6. 「こ」…言葉の吟味(相手が理解できる言葉か?)。
  7. 「れ」…例をあげてわからせる。

伝わるための表現力

さきほど紹介しましたように、表現の三原則とは、①「わかりやすく」、②「簡潔に」、③「印象深く」になります。これがそろうことで話に説得力がでてきます。
あるコンビニチェーンの事例を紹介しましょう。
この会社では、お米や野菜には有機栽培のものを使用していることをアピールしようとしていました。ところが、ちょうどその年は、食の偽装問題が世間を騒がせており、消費者の間には、食品に対する不信感が高まる一方だったのです。なかなかアピールする方法が出てきません。
どのようにしたら消費者に伝わるかを議論する会議の席で、あるバイヤーの責任者が、一軒の契約農家の方の手紙を紹介したのです。
そこには、こんな一文がありました。「納めているお米をつくっている田んぼでは、夜になるとホタルがたくさん飛び交っています」
それを聞いた社長は、「その表現だ!」と手を打ちました。
「ホタルが飛ぶ田んぼでつくったお米」とすれば、わかりやすく、簡潔な表現になります。さらに、夜になると田んぼにホタルが舞っているようすを思い浮かべることができて、とても印象深くなります。つまり、表現の三原則をすべて兼ね備えていたのです。
この表現の三原則は、言語のみならず、映像、ビジュアル表現など、さまざまな表現にあてはまるので、あらゆる場面で活用することができます。

人を動かす説得力

説明力と表現力を高めることで、相手の理解を得て納得してくれて初めて、人を動かすステージに立てることになります。図表の山頂である「自発意思と行動の喚起(目的3)」のステージに立ったということです。ここでは、人を動かすために必要な「説得力」について簡単に解説することにします。
前半で説明力について紹介しましたが、「説明上手の説得下手」という言葉があるように、説明と説得は違います。
「説得」とは、①相手をその気にさせる、②相手に動いてもらう、行動してもらう、③相手の協力を得る、ことになります。
「人生は説得の連続」とか「人生の最終目標は人を動かすこと」と言われることがありますが、組織も人を動かすことが最終目標だと言えるでしょう。
こちらから一方的に押しつけるのではなく、相手の自発意識を喚起するのが説得の最大の特徴で、もっとも難しいコミュニケーションになります。これが、私が富士山の山頂だとたとえている理由なのです。
職場で直面することの多い「部下の育成」や「断り」も、人を動かすコミュニケーションのカテゴリーに入ります。
部下の育成を促すコミュニケーションの代表的なものに、「ほめる」「叱る」があります。似たようなニュアンスで「おだてる」「怒る」がありますが、これはまったく違う概念です。
「ほめる」と「叱る」は、相手中心のコミュニケーションです。しかし、「おだてる」と「怒る」はあくまで自分中心で、コミュニケーションとは言えません。部下をもつ方々は注意が必要です。
また、「叱るのは難しいが、ほめるのは簡単だろう」と考える人もいますが、「ほめる」のは簡単ではありません。ほめる相手が自分でわかっていることをほめても、少しもうれしくないものです。相手の気づいてないようなこと、場合によっては、相手の弱点をほめることができれば、相手の変化を促すことにつながります。本人が弱点だと思っているだけで、見る人や場所、あるいは状況によって全く違って見えることは少なくありません。そういった自分で気がつかない部分をほめることで、考え方や行動が変わることにつながったならば、それは説得が成功したということになるでしょう。
ビジネスの現場では、相手の要望や働きかけを断らなければならない場面は避けて通れません。そんな時に、「規則で決まっているので」とか、「決まり事なので」などと、あたかも拒絶するような言葉をつかうのは慎まなければなりません。こうした言葉は、相手の自尊感情を害し、「もう二度と依頼はしない!」と思われ、ビジネスにも悪影響を及ぼすことがあるのです。
「断り」とは「逆説得」と考えて、一方的に断るのではなく、相手の言い分を理解し共感を示しながら、相手の気持ちを汲むようにして断らなければなりません。「断り」は、ハイレベルなコミュニケーションに入りますが、新入社員から幹部社員まで、あらゆる階層の人たちが経験することです。まず、やわらかい断り方の習得をこころがけてください。そのうえで、代案や交換条件や選択肢を提示することができるようになると、断り上手へと変わっていくことができます。
私はかつて、こんなやりとりを聞いたことがあります。
その同僚は、断りをいれる相手にこう言いました。「今回のご依頼の目的は何ですか?」
そして、「それでしたら、私より適任の者がいますよ」と続けて、最後に、「何なら、いまから連絡をとってあげましょうか」と話しました。
彼は相手の依頼を結果的には断っているのですが、相手からは、「ありがとうございます」と感謝までされたのです。
ここまでくるのは、経験を積まなければなりませんが、日常のやっかいだと思っていることほどチャンスと言えます。説得力を磨く機会だと捉えて、果敢にチャレンジすることが大切なのです。

櫻井 弘(さくらい ひろし)
株式会社櫻井弘話し方研究所 代表取締役社長

東京都港区出身。メーカー、製薬、金融、サービス、IT関連等の民間企業をはじめ、人事院、各省庁、自治大学校、JMAなどの官公庁・各種団体でコミュニケーションに関する研修・講演を手がけ、クライアントは1,000以上におよび、特に、プレゼンテーションや説明力強化研修などのわかりやすい講義・実習の仕方には定評がある。
『大人なら知っておきたいモノの言い方サクッとノート』(永岡書店)、『「話す力」が面白いほどつく本』(三笠書房)など、ビジネス書ベストセラーを含み約80冊の著書がある。