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Vol.21 東芝の新IoTアーキテクチャー「SPINEX」登場 産業界のビジネスモデルを変える、日本発のデジタル革新

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#03 横浜市「バーチャルパワープラント」実証事業のIoT基盤に IoTスタンダードパックが切り拓く、エネルギーIoTの可能性 株式会社東芝 エネルギーシステムソリューション社 ソリューション&サービス事業部 エネルギーIoT事業開発部 参事 島岡 厚一

世界規模の地球温暖化対策や東日本大震災を契機に、国家レベルでエネルギーのあり方が見直されています。需要家にとっても電力は要望に応じて供給されるものという従来の常識が変化し、「ネガワット取引市場」など、限られたエネルギーを安定的に、バランス良く社会全体に届けるための取り組みが進められています。

これに対し、東芝のエネルギーシステムソリューション社では、持続可能な社会の発展を支える「エネルギーIoT」を提唱。電力インフラの構築や、再生可能エネルギー技術の開発で得た豊富な知見と、東芝が誇る先進のIoT*技術を結集させて、電力需給のバランスを最適にコントロールし、次世代に相応しいエネルギーサービスシステムの具現化を推進しています。今回はその最新事例として「IoTスタンダードパック」をIoT基盤に活用した、横浜市における「スマートレジリエンス・バーチャルパワープラント(VPP)構築事業」についてご紹介します。

* IoT:Internet of Things(モノのインターネット)

デマンドレスポンスによる
「ネガワット取引市場」が創設

電力供給安定化と環境保護の高度な両立に向けて、日本でもエネルギーシステムのパラダイムシフトが本格化しようとしています。その起爆剤として期待されているのが、2017年4月に創設された電力取引の新たな市場「ネガワット取引市場」です。

ネガワットとは、電力会社などからの節電要請に応じた電力需要家の節約により抑制できた電力量のこと。新市場では、工場やオフィス、店舗などが創り出したネガワットを送配電事業者や小売電気事業者といった電気事業者に販売し、電力需要のピーク時の調整力などに活用していきます。市場を運営するにあたり導入されるのが「デマンドレスポンス」です。電気の需要量を季節や時間帯、状況に合わせて制御する取り組みです。節電を実施した需要家に対して、節電量に応じたポイントの提供や値引きによる還元などを行うことで、需要家の積極的な協力を促します。その際、中心的な役割を果たすのが「ネガワットアグリゲーター」です。ネガワットアグリゲーターは、電気事業者と需要家との間に立ってデマンドレスポンスを仲介。複数の需要家の電力削減量(ネガワット)を束ねて電気事業者と取り引きを行うことで、市場の活発な運営を支えていきます。

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新市場を見据え
デマンドレポンスの高精度化に挑む

東芝はネガワットアグリゲーターとして、新市場に参入する意思を早くから表明していました。しかし、工場やマンションなどを運営する大規模な需要家は莫大なネガワットを創出するポテンシャルを持つ一方で、個々の拠点やドメインごとに抑制できる電力量やその時間帯は大きく異なります。つまり、ネガワットアグリゲーター事業を展開するためには、天候や各需要家の特性に応じて、削減依頼を行う需要家を最適に組み合わせるなど、どのような状況下でも電力需給の調整を最適化できる高精度なデマンドレスポンス技術の確立が必須でした。そこで東芝では、必要なノウハウを磨くためにデマンドレスポンスの実証事業を積極的に推進。特に2010年にスタートした日本最大級のスマートシティ実証事業「横浜スマートシティプロジェクト(YSCP)」では、CEMS*やBEMS*、HEMS*などを駆使してオフィスビルやマンション、工場などで、デマンドレスポンスを実施。ピークカットによる電力需要量の抑制や、太陽光発電などの再生可能エネルギーの導入によるCO2の削減、地域エネルギーの安定化で高い効果を上げました。

* CEMS:Community Energy Management System(地域エネルギー管理システム)
* BEMS:Building Energy Management System(ビルエネルギー管理ステム)
* HEMS:Home Energy Management System(家庭エネルギー管理システム)

この取り組みをさらに加速するため、横浜市と東京電力エナジーパートナー株式会社と共同で、2016年7月より新たにスタートさせたのが、地域に分散された太陽光発電や蓄電池を束ねて1つの発電所のように見せる、仮想の発電所「バーチャルパワープラント(VPP)」の構築に向けた「スマートレジリエンス*・バーチャルパワープラント構築事業」です。(プレスリリースはこちら(株式会社東芝))

* スマートレジリエンス:低コストで環境性が高く、災害に強い設備・街づくりを構築する取り組み

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バーチャルパワープラントの実証事業に参加
システム構築の時間はわずか

島岡 厚一

バーチャルパワープラントは、需要家側に分散して設置された発電設備や蓄電設備などのエネルギーリソースをIoTで連動させることにより、電力需要を最適化するというメリットがあります。また、時間帯ごとの電力需要の増減はもちろん、災害などの影響で電力が不足した場合にも、これらの分散エネルギーリソースをうまく活用することで、社会や企業の活動が継続できることも特長です。バーチャルパワープラントは、防災性、環境性、経済性に優れたエネルギー循環都市に必須のシステムであるといえるでしょう。

このプロジェクトには、3者それぞれの役割があります。地域防災の向上と再生可能エネルギーによる地域エネルギーの安定化を目指す横浜市は、市内にある18ヶ所の小中学校に蓄電池を設置するスペースを提供。東京電力エナジーパートナーは、地域コミュニティーへの安全・安心の提供や、蓄電池による効果的なデマンドレスポンスの手法を確立し、その効果を需要家に還元する新たなサービスの創出を目指しました。

そして東芝の役割は、分散して配置された蓄電池群の監視や制御を遠隔から行うエネルギーIoTシステムの構築とそのサービス運用でした。蓄電池の状態を見える化して、それぞれが設置されている環境の特性や季節、天候などによって変化する蓄電池の充放電可能量を予測し、電力の市場価格の変動に連動したリアルタイムな充放電制御を行うというものです。
このシステム構築は、エネルギーシステムとIoTに関する豊富な知見を持つ東芝にとっても、実証事業のスタートまでの準備期間がわずか3ヶ月という厳しいものでした。センサーなどの機器を設置し、アプリケーションを導入した上で、収集したデータを分析。その結果を元にリアルタイムな電力の需給調整を図る仕組みをイチから構築する時間はありませんでした。

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IoTスタンダードパックで
見える化と遠隔監視のIoT基盤を短期構築

そこで私たちが考えたのは、東芝のIoTアーキテクチャー「SPINEX」から今回の実証事業に必要な機能だけを抽出し、システムを短期間で構築できないかという発想でした。相談を持ちかけた東芝デジタルソリューションズから提案されたのは、SPINEXのコンセプトはそのままに、機器との接続からデータの収集、分析、見える化までに必要な機能を標準で提供するシステム。バーチャルパワープラント用のアプリケーションを載せるだけで、蓄電池群の見える化と遠隔監視、制御を素早く実現できるというものでした。現在、既に幅広いお客さまに対して導入が進んでいる、見える化・遠隔監視サービス「IoTスタンダードパック」の雛形となるものです。

※SPINEXは#01で、IoTスタンダードパックは#02で詳しく紹介しています。

私たちは、IoTスタンダードパックの完成を待ち、これを見える化と遠隔監視を実現するためのIoT基盤として採用することを決定。蓄電池とエッジゲートウェイをつなぐだけで接続が完了するという、導入の容易性も決め手となりました。

そして2016年10月、蓄電池の見える化と遠隔制御を短期間で実現。遠隔からクラウドを介して、横浜市内の小中学校に設置した蓄電池の容量や充放電に関する時系列データをリアルタイムに制御できる環境が、スムーズに整備できました。蓄電池の容量の3割を災害時の電力として確保しながら、残り7割の電力を平常時のデマンドレスポンスなどに活用するという構想の下、バーチャルパワープラントの実証事業は順調に進行。3者による実証の開始から4ヶ月経った今、防災性と経済性に優れた地域エネルギーシステムの実現に向けて、高い効果を上げ始めています(図1)。

図1 IoTスタンダードパックを活用したバーチャルパワープラントのアプリケーションサービス

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優れた拡張性が、
エネルギーIoTの発展を支えていく

IoTスタンダードパックを導入すれば、設備や機器の増設や、アプリケーションの変更や更新などが自在です。またグローバルネットワークをカバーしているため、監視する拠点も選びません。SPINEXにより、AI*や音声・画像認識などの先進技術を活用することもできます。これらの優れた拡張性は、このプロジェクトが将来的に構想している10,000台規模の蓄電池の制御や、各地に分散した太陽光発電との連携にも大いに力を発揮すると期待しています。

* AI:Artificial Intelligence (人工知能)

2017年2月には、実証事業のパートナーでもある東京電力エナジーパートナーと、ネガワットアグリゲーターの運用に関する契約を締結。東芝のネガワットアグリゲーター事業への参入が正式に決定しました。(プレスリリースはこちら(株式会社東芝))

2020年には、発電と送配電を行う事業者を分ける発送電分離がいよいよ始まります。東芝は実証事業の成果を最大限に生かしながら、ネガワット取引市場の活性化をリードするとともに、需要家はもちろん、発電事業者、送配電事業者、小売電気事業者など多種多様なプレイヤーのニーズをカバーする、広域なエネルギーIoTソリューションをお届けしていこうと考えています(図2)。その時、IoTスタンダードパックの導入の容易性と拡張性は、幅広いデマンドレスポンスの要請に迅速に応えると同時に、持続可能な社会に相応しいエネルギーIoTを切り拓く原動力となるはずです。

図2 東芝のエネルギーIoTソリューションの目指す姿

※この記事に掲載の、社名、部署名、役職名などは、2017年7月現在のものです。

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