日本の製造業が世界と伍し、成長していくための課題とチャンス(前編)
~DX推進の鍵となるオペレーションズ・マネジメント(OM)とは~

イノベーション、経営

2024年6月6日

欧州の製造業では、インダストリー4.0におけるエコシステム構築やデータ共有圏の仕組みづくりが着々と進んでいる。その競争領域はハードウェアからソフトウェアやデータ領域にシフトしており、異なる産業領域間や国境を跨いだデータ連携が求められる時代に入った。しかし足元の国内製造業を見ると、DXはおろかデジタル化さえも進んでいない状況が散見される。ものづくり大国といわれた日本の製造業が、これからも世界と伍して成長するには、どのような課題を解決して、新時代のチャンスをつかんでいけばよいのだろうか。

今回は、日本のオペレーションズ・マネジメント(OM)の先駆者であり、日本オペレーションズリサーチ学会フェローやオペレーションズ・マネジメント&戦略学会理事を務めている、野村総合研究所(NRI)の藤野直明氏に、本ウェブメディア「DiGiTAL CONVENTiON」編集長 福本勲が話を聞いた。前編では、インダストリー4.0や産業構造変化の動きに関する日本企業の理解度や、その対応状況、DXを推進するために必要な処方箋、更にその大きなヒントになるOMについて議論を行った。

株式会社野村総合研究所 シニアチーフストラテジスト
未来創発センター 兼 産業ナレッジマネジメント室 藤野 直明 氏

ものづくり大国・日本の製造業の現状と、DXの取り組みが進まない根深い事情

福本:
まず日本の製造業の実情について伺いたいのですが、国内製造業はものづくりの現場力が高過ぎるが故に、元の設計通りでは問題がある場合でも現場側でうまく調整・変更して対応できていたのですが、実はその内容が設計側にフィードバックされてこなかったという課題があるように感じています。今後、ソフトウェア・デファインド化やエレクトロニクスによる制御の範囲が増えれば、ますます「フロントローディング(初期工程に重点を置いて集中的に労力・資源を投入し、後工程で予想される仕様変更などの負荷を前倒しすることで、品質の向上やリードタイムの短縮を図る手法)」が必要になると思われますが、なかなかそういった動きが進まない理由を教えて下さい。

藤野:
これにはいくつか理由があると思いますが、まず、福本さんがご指摘の日本の製造業特有の組織的な理由が典型的でしょう。開発・設計部門は修士・博士を取得した大卒以上の方々が担当し、生産技術などの現場部門は極めて優秀で経験値の高い高専卒等の方々が担当するケースが多くみられます。従来、設計側で作成した図面が厳密ではなく、そのままではモノが作れなくても、現場側で意図を汲み取ってうまく吸収してくれていましたが、それが設計図にフィードバックされないまま見過ごされてきたものもあったと思います。現場のすり合わせ能力が高いということは尊敬すべきことなのですが、それに設計側が甘えていたと言えるかもしれません。また現場側も、昔なら「俺の目の黒いうちは、こんなものは絶対に出荷させない」と言うような品質管理のベテランがいましたが、彼らが引退してしまうと品質管理の許容度が下がってきたのではないでしょうか。今いろいろな企業で問題が起きているのは、モラルの問題というよりも、属人化されていた現場の技術が形式知化、組織知化されていないため、正確には技術継承されておらず、うまくいっていた時にはどうやっていたのか、誰も説明できなくなってしまったからでしょう。つまり、フロントローディングしようにも情報が集まっていない、ということです。

もう一つの見過ごされがちの課題は、フロントローディングの範囲です。昔は、製品設計が対象範囲でしたが、この範囲が拡大し、製品設計、生産技術設計、製造、アフターマーケットの運用・保守、資源循環までが、エンジニアリングの対象であり、フロントローディングの対象となっていることが日本ではあまり認識されていないということではないでしょうか。OMの対象、工学の対象は人工物のライフサイクル全体なのです。製品を輸出・販売することに集中してきたキャッチアップ型経済の成功体験の落とし穴かもしれません。

福本:
フロントローディングを進め、仮想空間(デジタル空間)上でシミュレーションまで実施してデータを流し、現場側のフィードバックをもらえるようにすれば問題解決が進むはずなのですが、そのシフトが日本ではうまくいっていないように思います。DXも現場発で行うケースが多いわけですが、現場では必ずしも全体が見えないので部分的に生産効率を高める取り組みになりがちで、部分としては緻密なのですが、複雑になり過ぎる傾向があります。本来ならば、全体最適から考える適度なDXの方が、効果が大きい可能性が高いことも多いのです。

日本企業が海外で生産拠点を立ち上げる時は、現場の匠と呼ばれる社員が海外に出向き、現地で雇った従業員を懇切丁寧に指導して鍛え上げてきましたが、外国の企業はそんなことはしていませんでした。現場では、とにかくマニュアル通りにモノをつくってもらうことを徹底し、フロントローディングをしっかりやっていたのです。これは文化の違いとしてこれまで考えられてきましたが、今ではどちらがDXに適しているか、という判断軸を導入すべきでしょうね。

藤野:
ご指摘の通りです。分かりやすい例でいうとアパレル産業が似た状況でしたね。日本の縫製工場では、週初めにスペック(型紙等の縫製仕様書)を出すと週末に製品がクイックに仕上がっていました。90年代半ば以降、みかけ上人件費が安いという理由で安易に中国に工場を移転し、大規模生産に移行したところ大きな問題が多発しました。日本では型紙のパターンを縫製工場に渡していましたが、中国ではCADを使っていたので型紙からデータをプロットし直さなければならず時間を要し、しかもスペック通りに縫製すると、突っ張って着心地が悪い服になってしまいました。日本の縫製工場では、型紙から着心地を考えて、気温や湿度などにより変化する生地の収縮率や縫い代をきめ細かく考慮し、縫製現場でうまく調整して着心地のよい製品に仕上げるという「生産技術」が存在していたのです。

こうした生産技術設計、製造設計などの設計ノウハウを日本の縫製工場は有していたわけですが、意匠設計が設計全体だと信じていたアパレルのブランドマネージャーには想像の範囲外だったのだと思います。その結果、不良品の山を作ってしまったというわけです。自分のことは棚にあげて「なぜ、日本ではできるのに中国ではできないのだ。」という指摘がされていましたが、この話には笑い話では済まされない重要な示唆があると思います。

福本:
メーカーが3D-CADで設計しているのに、発注時にサブサプライヤー向けに2Dデータにわざわざ落として印刷してFAXで渡しているようなケースもあります。その図面が現品票を兼ねているなどの理由で行われていると思われますが、このようにデジタル化が立ち遅れているのが日本の製造業の実態です。しかし、2Dデータだけでは設計情報はうまく伝達できませんよね。

藤野:
中小企業のソフトウェアへの投資負担が大きいことが懸念されるという指摘があります。しかし、JTフォーマット(ISO標準の3D-CADデータ交換形式)であれば3D-CADを参照するソフトウェアは無償で配布されているため、懸念にはあたらないと思います。3Dデータであれば組立図もできるし、干渉のチェック・振動解析などもでき、公差(基準値から許容される最大値と最小値の差)のシミュレーションも可能です。更に3Dなら形状検索ができるため、世界中で同じ部品の設計図を使い、共通部品化や共同購買も進められます。2Dデータでは同一形状の部品を簡単には探せないため、都度新たに部品図面を起こしてしまい、いつまで経っても共通部品化ができないわけです。もし3D-CADが普及しないとなると、日本での製造DXは単なるスローガンに留まり、リアリティに乏しい話になってしまっています。


グローバルな産業構造の変化に対する日本の理解度と、DX推進のための処方箋

福本:
欧州ではドイツを中心にデータスペースを構築し、最終的にデジタルエコノミーの世界に向かおうという動きが進んでいます。IDSA(International Data Spaces Association)やGAIA-Xがデータ主権に関するフレームワーク検討と普及を推進し、特に、プラットフォーマ―としての議事独占体を作らせない、自律分散協調型のデータ連携基盤をつくりました。そしてCatena-Xで自動車サプライチェーンに関わる企業間での安全なデータ交換・共有を行う次世代のプラットフォームをつくり、Manufacturing-Xにより製造業全体に広げ、International Manufacturing-X Councilでグローバル展開を試みています。Cofinity-Xでは欧州の代表的な自動車メーカーが合弁会社を設立してアプリケーションやサービスを提供するマーケットプレイスを展開するなど、クロス領域での進展も見られるようになってきました。こういったインダストリー4.0の対応や産業構造変化を、日本はどう理解していると思いますか。

藤野:
定量的な調査は乏しいので、当方の印象論でお話しします。まず、日本ではインダストリー4.0といえばスマートファクトリーの話が中心で、社会全体としての取り組みと考える製造業はまだ非常に少ないと思います。「第四次産業革命」は工場革命と誤解されてしまったのではないかと思っています。最近「Factory-X」というコンセプトがドイツで提唱され始めて、「あれ、インダストリー4.0は工場の話では無かったのか?」という笑い話のような話があります。

繰り返しになりますがインダストリー4.0は、福本さんが冒頭で触れたフロントローディングも、製品設計だけの話ではなく、どのような設備でどのくらいのコストで効率的に生産するのかという生産技術や、製品をどう活用し運用していくのかという運用・保守、更に製品の廃棄・循環プロセスまでを含めた「人工物・社会システムのライフサイクルマネジメント(LCM)」の話なのです。日本では生産技術のフロントローディングさえ進まないため、こういった発想がリアリティをもって受け入れられていない企業が多いのではないでしょうか。

もっとも、こうした話をするとエンジニアの皆様は「話はわかるが、それは俺の仕事ではないな」とおっしゃいます。企業によっては「担当の組織が存在しない」というのが現実のように思います。またアカデミックなコミュニティにおいても、日本では「社会システムのLCMが工学概念である」という認識に乏しい気がします。

福本:
欧州でデジタルプロダクトパスポート(DPP)が登場し、EUバッテリーレギュレーションが決まった時に、日本では初めてデジタルトレーサビリティの必要性に気付いたわけです。しかし欧州からみると、フロントローディングにしても、顧客の製品の使い方をデジタルデータで取ることも、当然のように行っています。日本のメーカーでは、いまだに部門や工場ごとに同じ製品・部品でも型番が違うようなケースもあり、データが社内でも繋がっていない状況なので、本当に先行きが不安です。

藤野:
ご指摘の通りでしょうね。今はEU加盟国ではなくなりましたが、英国でも、2012年のロンドンオリンピック・パラリンピックを契機に、土木建築工事などの公共事業に対して、3Dデータで運用・保守・廃棄まで含めたLCMをフロントローディングでシミュレーションする必要性を認識し始めました。2013年に発表した「Construction 2025」では2016年までには全ての公共事業に3Dモデルを用いたBIM (Building Information Modeling)を導入することを義務化しました。

このような動きは、カナダ、オーストラリア、シンガポール、インドや、他の欧米諸国でも同様に運用が進みました。更に今は、コストと時間を含めて5Dのシミュレーションのデータを提供して審査する流れになってきています。これにより、人工物の運用・保守の最適化が更に進むと考えられるからです。日本ではまだ意匠設計段階が主で、構造設計、施工設計(生産技術設計)、運用・保守、廃棄・循環までの動的な経済計算までを含むシミュレーションをフロントローディングで行おうという発想は乏しいと思います。全体のコストの80%は人工物の運用・保守から発生しているにも関わらず、です。

福本:
こうした世界の建設・土木領域でのDXの実情を見ると、日本の製造業でもDXを推進するには国や政府による処方箋が必要だと思います。DXに舵を切るにはそれなりに投資が求められ、いったん利益や活動が沈むことも予想されるので、企業の経営トップの強いリーダーシップも必要になります。ですが、日本では経営者の任期も短いため10年後に跳ねるような長期戦略をつくりにくく、長期戦略をIRで打ち出したとしても、投資家の意識が短期利益や下方リスクに向きがちで、理解を得るのはなかなか難しい気がします。世界的には、証券市場をうまく活用してビジネスを5年後に何十倍にしようと競争しているのに、日本ではマーケットアナリストの評価も今期の業績に偏り、すぐ結果がでる短期的な話しか評価されない状況で、新たなビジネスが育ちにくくなってしまっているのではないでしょうか。

これまで日本は市場もそれなりの規模感があり、国内のサプライチェーンだけで食べていけましたが、少子高齢化に伴って市場がシュリンクしていくと、グローバル市場に出て行かざるを得ません。その時に日本独自のルールでは世界に通用しないことに気づかなければいけないのですが、このあたりが変革のタイミングになるのでしょうか。

藤野:
日本の状況だけからみても、構造転換の意思決定タイミングは既に遅れています。更に加えて、2000年には全世界の3分の2を占めていたG7の経済規模は、2020年には50%を下回り、2050年には32%に縮小するとも推計されています。そうなると新興国に対しても、今のうちに目を向けなければなりません。そこで日本の強みになるのが先進国としての安定した社会システムの運用・保守技術です。これをサービス化して提供することは、輸出品が製品からサービスに転換することを意味します。工場で培った社会システムの運用ノウハウをシステム化して、サービスとして提供していく、大規模なシステムエンジニアリング技術が重要となってきます。もっとも、まだそこまで考えている経営者は少ないと思います。社会システムの運用・保守技術は、最も複雑な人工物、「工場」の運営・保守技術の応用なのです。スローガン的に言えば、「都市は工場」なのです。

例えば、化学工業での運用・保守ノウハウをサービス化し、廃液処理まで含めたプラントの運用・保守をセンサーネットワークと制御システムを活用し、遠隔支援しながら世界中で展開できれば、環境汚染やCO2の問題解決にグローバルで貢献できます。工場の運営能力をサービス化して提供する技術ポテンシャルを日本は持っていますし、それを新興国も求めています。プラネタリー・バウンダリー(地球の限界)的にも、新興国が今の先進国と同じ経済成長パスをたどると、地球が持ちません。こういう発想で日本の製造業が技術やノウハウを、AIを活用して形式知化、ブラックボックス化し、ソフトウェア・ドリブンのビジネスをサービス事業として展開するのです。もちろんこの場合は、新興国の経済成長により生まれる便益の一定割合を長期・継続的に享受できる契約を締結しておくことがポイントとなります。

福本:
ベテランのノウハウを、AIを活用して形式知化し、デジタル化すれば、技能伝承でき、長期的に安定的なサービスとしてビジネス展開もできるので、一石二鳥です。だからこそ、いまDXに投資しなければいけないわけです。かつて属人的なノウハウでうまくできていた品質管理も形式知化すべきで、これが自社の事業にも必要なことなのです。現場に蓄積されたインテリジェンスの潜在的な価値を、経営層にも認識していただきたいですね。

藤野:
その通りですね。冒頭にご指摘があったように、製造業のエリートエンジニアは自分の仕事は製品の設計業務だと考えています。また、現場の設備運用・保守ノウハウをサービス化してサービスソリューションとして事業計画を起案しよう、というたたき上げのエンジニアは日本では少ないのが現状でしょう。一方、世界的にみるとエンジニアリングは人工物、社会システムのライフサイクル全体を対象とした学問として発展してきました。白衣を着た博士が生産技術だけでなく、循環・廃棄までのライフサイクル全体を研究しているという大きな違いがあります。

繰り返しますが、規格大量生産時代にキャッチアップ型経済で成功を収めた日本の製造業にとっては、「成功の逆襲」と言える大きなマインドセットの転換が必要かも知れません。今後は、成長著しい新興国市場に対し、長期的なバリューシェアリング契約の下で安定的で持続可能なサービス事業を、ROICの高いソフトウェア・ドリブンで行うことで、企業価値を減価償却型から増価蓄積型へと変革させていくことが重要なのです。

左:株式会社野村総合研究所 シニアチーフストラテジスト
  未来創発センター 兼 産業ナレッジマネジメント室 藤野 直明 氏
右:DiGiTAL CONVENTiON編集長 福本 勲


DX推進の鍵であるオペレーションズ・マネジメント(OM)と、その代表的な活用例

福本:
ここから藤野さんのご専門のオペレーションズ・マネジメント(OM)について教えていただきたいのですが、そもそもOMとはどのような手法であり、それがDXでどう必要になってくるのでしょうか。

藤野:
分かりやすい定義としては中部産業連盟様の定義でしょうか。「OMとは、オペレーションを機能別、部門別単位で考えるのではなく、企業全体の視点から捉え、業務連鎖(機能や部門を超えた業務の繋がりや連携、流れ)の観点で一気通貫のオペレーションを追求する考え方」と説明しています。一言でいうと業務=オペレーションのモデルをつくることが、OMの大きな知識体系になっています。

実は、OMには日本企業が大きな貢献をしてきました。OMの研究やビジネススクールでの教育が本格化した契機は、トヨタ自動車のカリフォルニア進出でした。トヨタ自動車はGMと「NUMMI(New United Motor Manufacturing, Inc.)」を設立し、GMの工場と現場をそのまま活用し、圧倒的な歩留まりと仕掛在庫の圧縮に成功しました。そのため、「トヨタはNUMMIで一体何をしたのだろう」と注目されることとなり、米国トップのビジネススクールの教授陣からなるチームが組成され、詳細な調査が行われました。これを機にOMの研究が進み、1990年に発行されたのが「Made in America(アメリカ再生のための米日欧産業比較)」という大統領報告と書籍です。それまで米国のビジネススクールではトヨタのOMでのパフォーマンスの高さとその理由については教えられていなかったため、ビジネススクールに新科目POM(プロダクション&オペレーションズ・マネジメント)が登場し、現在全米で1万人の研究者がいるまでになりました。

トヨタ生産方式(TPS:Toyota Production System)のモデルを学んで成功したのが、ウォルマートでした。メーカーと流通業者が相互協力し、個々の単品の商品の販売計画、需要予測、発注情報とその誤差と修正幅をあらかじめ共有し、相互に業務精度を向上することを取り決め、業務水準についても契約に盛り込む「CPFR(Collaborative Planning Forecasting Replenishment)」が考案され、数年間複数のPOCを行った後に、欧米の流通業と製造業の標準業務モデルとして2000年頃には定着していきました。

同時期にZARAもTPSモデルを参考にして、生地調達から販売計画まで全て連動させ、変化の激しいアパレル市場での機敏なオペレーションを実現して急成長しました。実は、日本では誤解の多いデルモデルも同様です。デルモデルをつくったのは、当時テキサス大学オースティン校で教壇に立っていた松尾博文先生でした。多数の教え子がデルで働いていたからでした。デルモデルは、金融工学とTPSを活用し、サプライチェーン・マネジメント(SCM)に応用したと言えるでしょう。単なる受注生産モデルという話ではないのです。

福本:
大野耐一さんの「トヨタ生産方式」を読むと、TPSで言っている「カイゼン」が部分最適ではないということがよく分かるのですが、最近、日本では「カイゼン」のことを部分最適と捉えている方が多いです。それはなぜなのでしょうか。

藤野:
確かに、私が昨年まで4年間副会長を務めた日本経営工学会でも、いろいろな研究課題や事例のテーマがかなり部分的なものになっており、少し違和感がありました。長い間に、カイゼン活動が、企業全体ではなくて部分ごとに取り組む形に変質してきたのかもしれません。これは現場に問題があるわけではなく、多くの人間を管理するには全て部分に分けてコントロールする方がやりやすいという理由から、部分ごとにKPIを与え、全体最適を考えさせないマネジメントに変質してきたからかもしれません。

トヨタの現場は、社員が協力しなければいけないことを感覚的に理解していたのです。ある人はTPSの本質を「互助会」と表現していましたが、生産ラインのどこかで品質不良が発生したら、部分だけでなく全体で解決する必要があり、ワンチームで協力して改善する発想がないとTPSは実現できないわけです。TPSを研究したハーバード・ビジネス・スクールのロバート・S・キャプラン教授は、「管理会計で部分ごとにKPIを与えて管理することは間違いだ」と指摘し、その後にバランス・スコアカードなどで管理会計の改革を実践しました。

福本:
そんなOM発祥の日本なのに、なぜ日本ではOMが普及しないのでしょうか。

藤野:
この30年のデフレ環境の中で日本のマネジメントにおける数値の管理指向が強まったからかもしれません。「KPIを設定して・・・」とよく言われますが、財務KPIを分解して個々の組織にそれぞれ責任を持たせることは、キャプラン教授も指摘しているように「誤り」なのですね。工場も企業も社会もシステムであって、個々のシステムだけでなくシステム同士を繋げて全体としてマネジメントするという発想が足りないからでしょう。業績評価システムの設計変更を含む、業務プロセス設計がOMだと考えています。

OMは製造だけでなく、物流・流通など、全てのバリューチェーンを含む概念として発展してきました。物流では、インターネットのパケット交換の仕組みを適用してモノの輸送・仕分・保管を変革する「フィジカル・インターネット」が話題になっています。モノの売買により所有権の移転が発生すると輸送が生まれるというのが普通の考え方ですが、少し全体を俯瞰すると、メーカーの工場倉庫からメーカーの地域ブロック拠点、卸の地域ブロック拠点、エリアの物流センター、小売の専用物流センター、小売の店頭、更に店頭ピッキングでの宅配サービスという所有権の移転に伴う輸送の全てが果たして必要なのか、ということに気付きます。モノがデジタルデータで管理され、トレーサビリティが担保されるなら、所有権の移管と輸送は分離できます。工場から、いったん大きなプラットフォームにモノを持ち込んで、最終的な顧客が判明した段階で、小口配送すればよいだけです。

Catena-Xは、バッテリーのトレーサビリティを担保するために、多くの企業とデータ連携するインフラとして設計・開発されました。活用には条件はあるものの、いわば次世代のインターネットとして多数の主体が相互に契約を結びつつ、自律分散協調型の進化・発展可能なネットワークシステムとして設計されていることは大変興味深いですね。

福本:
そういう点では既存プレイヤーに拘泥する必要は全くないはずなのですが、なかなか日本では広がっていかないのが気がかりですね。

藤野:
日本企業の現場は優秀なので理解さえできれば、すぐに活用できると思います。問題は経営層のマインドセットの転換です。これまで現場に甘えていた分だけ変革は容易ではないと思います。デジタルのパフォーマンスが30年前より100万倍も向上したことを実感してもらい、機能を組み替えた方が効率的になり、実行することも昔ほど難しいことではないと、経営層にも理解していただきたいですね。さもなければ、グローバル競争で優位には立てないでしょう。

実は、OMの範囲は製造や物流のサービタイゼーションに留まりません。小売業でも大きな動きが既に生じています。小売市場でのこの10数年の破壊的イノベーターはアマゾンです。もっとも同社は物販の流通事業では米国だけで数兆円の赤字ですが、その分を広告からの利益で稼ぎ、収支ゼロという状況です。顧客と緊密な情報交換をしながら広告事業を行い、最終的に商品購買までのクローズドループをマネジメントできるのはアマゾンだけでした。広告主からすれば、購買が正確に把握できる同社に広告を出すことに大きなメリットがありました。これに気付いたのがウォルマートなどの欧米小売業で、グーグルやメタとも組みながら広告事業に参入しました。ウォルマートでは5年後には広告の利益が物販の利益を抜くとの予想も発表されています。

こうした動きは目に見えにくいので、日本では一部の小売業しか気が付いていません。このような産業構造の変化を洞察し、既存の事業領域に拘泥せず、ビジネスモデルやオペレーションモデルの転換を含めてDXに踏み出すことが重要です。これほどダイナミックな構造変化のある経済は新鮮でしょう。最近、優秀な学生は、能力のある先輩がこんなことをやっている会社なら自分が居ても仕方がないと辞めてしまったり、初めから自分で会社を作る方も増えてきています。企業も「下積みは10年はやってもらわないと・・・・」なんて言っていたら、もう通用しない時代になってきたと痛切に感じています。

福本:
このような時代に企業がDXに取り組むには、OJTのようなトレーニングだけでなく、皆さんがOMのような手法を習得できるように学びと実践を繰り返す姿勢を持つことが必要ですね。


藤野 直明
株式会社野村総合研究所 シニアチーフストラテジスト 未来創発センター 兼 産業ナレッジマネジメント室

早稲田大学理工学部で核融合を研究後、1986年に野村総合研究所入社。政府や自治体への政策研究、企業の業務改革などに携わる。日本オペレーションズリサーチ(OR)学会フェロー、オペレーションズ・マネジメント(OM)&戦略学会理事、ロボット革命協議会(RRI)インテリジェンスチーム・リーダー、早稲田大学理工学術院大学院客員教授、大学や大学院での社会人向けに講義も行っている。主な著書に「サプライチェーン経営入門」(日本経済新聞社)、「サプライチェ-ン・マネジメント 理論と戦略」(ダイヤモンドハーバードビジネス編集部)「小説 第4次産業革命 日本の製造業を救え!」(共著:日経BP社)、「金融は人類に何をもたらしたか」(訳書:フランクリンアレン著:東洋経済新報社)などがある。

  • この記事に掲載の、社名、部署名、役職名などは、2024年4月現在のものです。

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