日本の製造業が世界と伍し、成長していくための課題とチャンス(後編)
~インダストリー4.0の進展の中で、国内製造業はいかに進化をめざすべきか~

イノベーション、経営

2024年6月10日

オペレーションズ・マネジメント(OM)の先駆者であるNRI 藤野直明氏へのインタビューの後編。前編では、欧州で進むインダストリー4.0や産業構造変化の動きに対する日本企業の理解度や対応状況、DXを推進するために必要な処方箋、その大きなヒントになるOMについて議論した内容を紹介した。
後編では、インダストリー4.0におけるエコシステム構築やデータ共有圏の仕組みづくり、日本が取るべき対応、新サービス創出のポイントについて伺った内容を紹介する。

株式会社野村総合研究所 シニアチーフストラテジスト
未来創発センター 兼 産業ナレッジマネジメント室 藤野 直明 氏

インダストリー4.0や産業データ連携の進展と、日本に求められる対応

福本:
ここからはインダストリー4.0の話を中心に進めたいと思います。先ほどGAIA-XやCatena-X、Manufacturing-Xなどについて少し触れましたが、インダストリー4.0におけるデータエコシステムの構築、データ共有圏の仕組みづくりのポイントはどこにあるとお考えでしょうか。

藤野:
データエコシステムについては、いろいろな表現ができるでしょうが、大局的には、グローバルエコノミーが台頭し、世界中の製造業が、競争環境の中で協調しつつ巨大な社会システムの「ライフサイクルマネジメント(LCM)」に取り組む時代の「次世代のインターネット」と思ったほうが良いでしょう。巨大な社会エコシステムの運用・保守業務を通じて、エンジニアリングレベルを上げていくためには、どの企業も自社だけの努力では実現できず、多くの企業とデータを連携しながら、進めていくしかありません。こうした企業間のデータ連携のための「次世代のインターネット」をつくるという文脈の中で、GAIA-XやCatena-Xなどが現れてきたと考えてみてはいかがでしょうか。

ポイントは、グローバルな社会システムを形成し運営に参画するエコシステムの一員としての役割を果たせるかどうかという点です。欧州のモデルもオンゴーイングで、まだ必ずしも最終形が完成しているわけではないとは思いますが、データ連携の代表的な事例としてエアバスの「スカイワイズ(Skywise)」が挙げられます。エアバスは現在、140社以上のエアラインで1万機ぐらいの機材が利用されており、各機材に約20万個のセンサーが付けられています。人命に関わることですから、全ての部品が正常に機能しないと飛行機は飛ばせません。離陸前の状態、航行ルートの天候状況、着陸後の状態といった履歴データをセンサーデータと併せて分析すると、部品ごとの劣化や消耗度合も分かり、運航計画と併せ、どの空港でどの部品を交換すべきか、運用・保守の健全な計画が可能になります。飛行機には100万点以上の部品が使われ、スカイワイズのユーザーも2万人を超えます。これらが相互にデータを連携し合い、相互のデータを解析して運用・保守業務の水準を向上させようとしているわけです。更に次の段階では部品の設計を改良しエンジニアリングのレベルを上げることができるようになるでしょう。欧州では、こういうデータ連携をあらゆる産業で進めようとしているわけです。

福本:
そのために産業ごとにプラットフォームを構築していくということでしょうか。

藤野:
はい。基本的には産業ごとのエコシステム形成の取り組みとなっています。ただ、もっと発展していくと、エネルギー産業との連携や、モビリティ産業との連携など、社会システムとして関係するいろいろなエコシステム間でのデータ連携が必要になってきます。現実的な運用を考えると、これまでの中央集権的なアーキテクチャではなく、ピア・ツー・ピアで相互にデータ連携できる仕組みが求められます。これがGAIA-Xのコンセプトであり、健全な自律分散協調型のアーキテクチャになっています。

競争相手とは容易にはデータ連携できないのではないかという意見もあります。特に「日独の自動車OEM間の競争意識は強いので、日独の自動車産業間でのデータ連携は無理ではないか」という意見もあります。しかしながら、実は自動車については、車種ごとにサプライヤーが製造に使用した10mg以上の材料データを登録・管理する「IMDS(International Material Data System)」と呼ばれる世界共通のマテリアルデータシステムが、既に10数年前に日本とドイツの自動車OEMメーカーにより共同開発され、今では、世界中の自動車メーカーが共同で利用しています。環境規制への対応が主目的なのでOEMメーカーでは主に環境部門が担当されているため、自動車産業の設計部門、IT部門はご存じないことも多いようです。Catena-Xはこうした日独の自動車OEMの共同活動の自然な延長にあると考えてみてはいかがでしょうか。情緒的な判断は慎むべきでしょう。

福本:
欧州はDPPにしてもトレーサビリティにしても、ルールメイキングを進めることが得意だと感じています。法制化が進んでいくと、日本のグローバル企業も対応せざるを得なくなりますので、これからトレーサビリティの仕組みも用意しなければなりません。

藤野:
ご指摘通りですね。日本の工場の情報システムに手を入れることが難しい場合、今のままでは欧州で販売する自動車やバッテリーは規制対応ができている欧州の工場で製造する、という選択肢も考えなければいけないところまで追い込まれていくのではないでしょうか。そうなると日本国内での製造が減っていくことになりますが、これでは大変な戦略上の誤りになってしまう危険性もあります。ですから、そうではない第二、第三の選択肢を本気で日本も考えなければいけない時期に来ているのです。バッテリー規制が若干延期されたのでまだ十分間に合うと思います。


「第二のインターネット」時代の到来に向けた、新たなビジネスモデル創出の必要性

福本:
このままだと欧州が決めたルールばかりに縛られて、ルールに従うためにコストを使うという取り組みに終始してしまいそうですね。そうならないためには、日本もルールメイキング側に入っていくしかないように感じられます。

藤野:
欧州はある意味では、欧州市場を人質にしてデータ連携の仕掛けを世界中に展開することで、グローバルなBtoB市場のエコシステム化を図ろうとしているようにも見えます。最近になってようやくEVの展開が性急過ぎることに各国が気付き始めましたが、仮にEVが停滞しバッテリーパスポートがなくなったとしても、DPPやManufacturing-Xは残るはずです。だからこそ、International Manufacturing-X Councilと言い始めているのではないでしょうか。バッテリーパスポート対応、CO2のフットプリント、サーキュラーエコノミーと個別に対応していては大変です。

欧州のエリートは、社会エコシステムをつくるためのデータ連携の仕掛けを構築して、ソフトウェアドリブンのサービスビジネスを製造業の戦略(=サービタイゼーション)として進めたいのだ、と考える方が分かりやすいと思います。バッテリーパスポートもグリーンディールも、あくまでも政策的にコンセンサスを取りやすい故の大義名分であって、本当の目的は産業構造を変えることです。データ連携まではインターネットと同様に共通基盤になりますが、その上でのサービタイゼーションは競争領域になるということは既に公言されています。

福本:
欧州の自動車業界が中心となり2023年に設立したCofinity-Xがそれですよね。日本もGAIA-XやCatena-Xと繋がるか、あるいは日本でも同様のものをつくるべきかという議論もあります。

藤野:
そうですね。Cofinity-Xと同様のサービスは東芝からも提供されるのではないかと期待しています。過去の例としては、インターネットが登場した時に、日本は「第二のインターネット」などは開発しようとせず、プロバイダーをたくさんつくりました。ですが、プロバイダーの部分は標準化されたコモディティであって儲からない仕掛けになっているため、それだけでは儲かりませんでした。ポイントになるのは、そこでどのようなビジネスを起こすかであったわけです。その時に検索と広告モデルで斬新なビジネスを展開したグーグルのように、データ連携基盤ができた時に、どのようなビジネスを生み出せるかという議論が重要だと思います。

バッテリーを例に考えてみましょう。トレーサビリティが担保されると、調達、生産、販売、物流、実際の利用、保守点検などのライフサイクルの中で、今どこにモノがあり、どのような使い方がなされているのかがデータとして追跡・把握できます。それがサーキュラーエコノミーとして管理されるようになれば、バッテリーの所有者は必ずしも自動車オーナーでなくてもよいことになるかもしれません。バッテリー素材はリチウムやニッケル、コバルトなどの希少資源なので、サーキュラーエコノミーが実現すれば、所有権はREIT(Real Estate Investment Trust)のように金融市場で販売できる商品になる可能性もあります。こうすることでEVの見かけの価格を下げ、市場開拓のスピードを上げることも可能となるでしょう。

もう少し詳しく説明しましょう。今、首都圏には新しいタイプの物流拠点が16号線や圏央道沿いに数多くあり、建屋も土地も金融市場でREITとして証券化され投資の対象になっています。世界の投資家にとっては、首都圏の物流センターは安定的な利回りを得られる人気のある有価証券になっています。極論すれば、バッテリーも金融マーケットで投資家が所有してくれるコモディティ商品になり得るでしょう。そうなると、常にトレーサビリティを証明できるようにしておくことが重要になりますね。こうすることで利用者が安価に使えるようにして、高速で新しいビジネスを拡大することに繋がるのです。こうした競争領域でのビジネスモデルを、ファイナンスを含むサービスの文脈で考えていくというアイデアはいかがでしょうか。もちろん、これは製造業の範囲ではないかもしれません。しかし、ビジネスに業種の境界は無いのです。

福本:
以前、ミュンヘン工科大学の工学部の実験施設を見学させてもらったことがあるのですが、最新設備を揃えた巨大な工場のようになっていました。日本ではあんなに凄い設備がある大学を見たことがありません。欧州では、既に大学から世界と伍して戦えるレベルの教育をして、勝つ気満々で人材を育てているようです。

藤野:
ベルリン工科大学、アーヘン工科大学などのいわゆる9TU(工科大学)は同様で、日本製のものも含む多数の工作機械や生産設備、ロボット、PLM、MESなどのソフトウェアを完備し、産業システム&エンジニアリングとして研究・教育を行っていますね。その上で彼らは最先端装置を使うとどうなるか、新しいテクノロジーが導入された時に、ビジネスモデルはどう変わるべきか、更には企業組織をどう再設計すべきかまで研究しています。ビジネスには理系と文系の垣根もないのです。カールスルーエ工科大学のドクターコースには、大手メーカーの役員が学びに来ており、ソフトウェアドリブンの次世代のビジネスや組織管理をどうすべきかを研究しています。ある欧州の大学院の“マネジメント&エンジニアリング研究科”の教授は、「21世紀の今、エンジニアリングのないマネジメントはないし、マネジメントのないエンジニアリングもない」と当然のように話していました。これがOMの世界ですね。

福本:
日本には、残念ですがこういったエンジニアリングとマネジメントの両方を担う教育機関がないと思います。どこがやるのかというと、工学部でも経営学部でもないし、MBAでもない。日本にはマネジメントは文系でエンジニアリングは理系という変な固定的なイメージがあります。本当にマネジメントをやるならば、過去30年の産業の発展史、栄枯盛衰の歴史を技術の発展史とあわせて学ばなければなりません。


ベンダーとユーザーの両視座でDXを推進する東芝グループへの期待

福本:
東芝は、ものづくり企業としてスマートファクトリー化に取り組みつつ、既存事業をデジタル化してプロセスを変革するデジタルエボリューション(DE)から、バリューチェーンを広げて新しいビジネスを展開するデジタルトランスフォーメーション(DX)、更にはその先の量子技術によるクォンタムトランスフォーメーション(QX)に取り組んでいます。ものづくり拠点の情報をデジタル化して繋ぎ、ものづくりのみならず、上流の企画からお客様のサービスまでを見える化してフィードバックできるようにしようとしています。

社会インフラやエネルギーがメイン事業なので、それらの既存事業を行いながらオペレーションやメンテナンスのサービスを進化させ、カーボンニュートラルやエネルギーマネージメントなどにより、サーキュラーエコノミーにも貢献してく所存です。そういったことを含めて、足元のスマートマニファクチャリングやDXに入っていけると考えています。

そのようなものづくり企業としての経験やノウハウを生かし、我々は製造業向けソリューション「Meisterシリーズ」を展開しています。IoTのデータを集めて見える化、分析した上でフィードバックし、デジタルツインやCPS(サイバー・フィジカル・システム)を回す仕組みを構築できるようなお手伝いをしています。ERPやPLMなどのデータも含めてものづくりに関わるデータを時系列で揃えて繋ぎ、すぐに使えるようにする統合データモデルなど、製造業としてのドメイン知識を活用したソリューションを提供しています。また、異なるメーカーのさまざまな設備・機器の相互接続を実現するオープンスタンダードのAAS(Asset Administration Shell)にも対応した機能を提供してエコシステムづくりを容易にするなど、お客様のDXへの準備期間を可能な限り短くできるソリューションを用意しています。

藤野:
AASの標準は極めて重要ですね。ベンダーとユーザーの両方のスタンスがある東芝が提供するソリューションだからこそ、信頼性のあるサービスが提供できるのでしょうね。自ら実際に取り組んで実現されているので、ユーザーも経営層も実例を見た上で相談されるとよいでしょう。これまでの自社での経験をレバレッジして、日本の製造業をグローバルにスケールアウトできる形でサービタイゼーションを進めるビジネスモデルへ貢献していただけると、もっと日本の産業もグローバルに勝てるようになるはずです。東芝にはとても期待しています。

福本:
先ほど触れたように、最終的にはエンジニアリングとマネジメントを両輪で一体となって進めていかねばなりません。サプライチェーンの中で、ものづくりを行いながらCO2排出量などのカーボンフットプリント情報を連携していくことも大事ですが、その一方で、金融や保険などの多様なプレイヤーと連携するようなワークプレイスも構築していく必要があると考えています。

長期的に市場環境も変わっていく中で、日本の製造業もビジネスモデルを変えていくことが叫ばれており、いよいよ本腰を入れなければならない時期に来ているように思います。今回のテーマの1つであるOMについても、理論と実践を行ったり来たりしながら習得する仕組みをつくって適用していきたいですね。

藤野:
OMもインダストリー4.0もDXも、明らかに日本の製造業のウィークポイントになっている気がしています。特にOMに関しては文系と理系の間にある領域のため、日本ではそもそも学術界に人材が乏しいということはありますが、社会人がリスキリングするトピックスとして、これほど面白いテーマはないと思っています。米国のビジネススクールでは、90年代半ばから積極的に教えていますが、日本にもJOMSA(Japanese Operations Management and Strategy Association)や更に伝統的には日本経営工学会という学会がありますので、ぜひ入会して学会発表をのぞいていただければと思います。

OMとDXは非常に親和性の高い手法であると感じています。OMの知識を活用しながら、日本企業が国境を超えて、多様な企業と連携してエコシステムのドライバーとなるサービスを提供し、スケールアウトさせていく姿をぜひ見たいですね。


藤野 直明
株式会社野村総合研究所 シニアチーフストラテジスト 未来創発センター 兼 産業ナレッジマネジメント室

早稲田大学理工学部で核融合を研究後、1986年に野村総合研究所入社。政府や自治体への政策研究、企業の業務改革などに携わる。日本オペレーションズリサーチ(OR)学会フェロー、オペレーションズ・マネジメント(OM)&戦略学会理事、ロボット革命協議会(RRI)インテリジェンスチーム・リーダー、早稲田大学理工学術院大学院客員教授、大学や大学院での社会人向けに講義も行っている。主な著書に「サプライチェーン経営入門」(日本経済新聞社)、「サプライチェ-ン・マネジメント 理論と戦略」(ダイヤモンドハーバードビジネス編集部)「小説 第4次産業革命 日本の製造業を救え!」(共著:日経BP社)、「金融は人類に何をもたらしたか」(訳書:フランクリンアレン著:東洋経済新報社)などがある。

  • この記事に掲載の、社名、部署名、役職名などは、2024年4月現在のものです。

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