ビジネスのDXを加速するデジタルスキル標準とは?
~スキル標準を用いてDX人材を可視化し、育成につなげるためには~

イノベーション、経営

2024年2月19日

「データのチカラで 世界をよりよい場所に」をテーマに、2023年11月28日と29日にオンライン開催された「TOSHIBA OPEN SESSIONS」。「ビジネスのDXを加速するデジタルスキル標準~DX人材の可視化はデジタルスキルの標準化から~」と題したセッションでは、DX推進に向けたデジタルスキルの標準化の動向や、デジタルスキル標準の社会実装を目指すコミュニティ「DSMパートナーズ」の活動内容、その参加企業のDXスキル定義、DX人材育成の取り組み状況や課題などについて話を伺った。今回はこの内容を紹介する。

欧州で進むスキル標準化の活用、日本では「実装するための標準化」も重要に

田中:
本セッションでは、企業や各団体がDXを進めるために必要なデジタルスキル標準とデジタル人材育成について議論したいと思います。議論に入る前に大前提となる企業のスキル管理について、日本パブリックアフェアーズ協会の岩本様から日本の状況をご説明いただきたいと思います。

岩本:
まずスキル標準化の概況ですが、欧米で活用が進んでおり、クラウドアプリも成長しています。有名どころでは米国の「O*NET(Occupational Information Network)」や欧州の「ESCO(European Skills, Competences, Qualifications and Occupations)」などがあり、民間企業でも利用されています。この数年で日本でも、スキルに関するクラウドアプリケーション(スキルアプリ)やスキルマップを作成する企業が増えています。ただし現時点では各社が独自で行っているため、裾野が広がりにくい状況です。

日本の各省庁もスキル標準を策定していますが、まだあまり活用されていません。厚生労働省は日本版O*NETの「job tag」、国土交通省は「CCUS(建設キャリアアップシステム)」、経済産業省は「ITSS(ITスキル標準)」、「DSS-L(DXリテラシー標準)」、「DSS-P(DX推進スキル標準)」などを策定しています。

一方で、スキルアプリの内容やその活用は、この5年間でだいぶ伸びています。これらのアプリは採用や社内異動、ラーニング、従業員エクスペリエンスなどの分野で利用できます。スキルを共通言語とし、スキルアプリが人材マネジメントのさまざまな領域に横串を通すプラットフォームになると言われています。

いま企業の人材マネジメントに強く求められているのは、同一労働同一賃金とジョブ型(雇用・人事制度)です。このうちジョブ型の人材マネジメントでは、「ジョブ」「ロール」「ケイパビリティ」「スキル」の関係性を理解することが大切です。ジョブは仕事の内容やレベル、ゴール、報酬を決めるものです。そのジョブをブレークダウンしたものがロール(役割)で、ゴール、活動、プロジェクト、チーム、アウトプットを定義します。そして、ケイパビリティが、スキルを組み合わせてロールを実現する能力です。そういう意味でジョブ型人材マネジメントではスキル活用が必須になります。

スキル標準は日本にもありますが、企業や団体に「実装するための標準化」も求められます。実装のハードルを明確にして、課題解決の活動を業界の垣根を越えて行うことが重要になるでしょう。

日本パブリックアフェアーズ協会 理事、
慶應義塾大学大学院 政策・メディア研究科 特任教授 岩本 隆氏


自社で必要な人材を育成するために経済産業省が公開した「デジタルスキル標準」

田中:
スキルの標準化だけでなく、それらを「実装するための標準化」も必要になりそうですね。もうひとつの前提として、2022年12月に経済産業省から公表された「デジタルスキル標準」について、同省の島田様に解説いただきたいと思います。

島田:
いま経済産業省では「企業のDX推進」と「デジタル人材の育成」を進めていますが、産業全体の競争力や社会課題を解決するために、これらを両輪で回していく必要があると考えています。デジタル人材は量と質ともに不足感が増しています。DXに取り組む企業が増え、その人材ニーズに対して供給が追いつかない状況です。日米比較でも圧倒的に日本の不足感が強いです。

企業のデジタル化の担い手がIT人材からDX人材にシフトしており、企業がその人材を自身で育成することが求められていることを踏まえ、DX人材の育成に向けて我々が策定・公開したのが、DSS-L(DXリテラシー標準)とDSS-P(DX推進スキル標準)から成る「デジタルスキル標準(DSS(4.14MB))」です。

本日はDSS-P(DX推進スキル標準)について紹介します。企業がDXを進めていくにあたってまず課題となるのが、必要となる人材の把握が難しいということです。この課題に対して、各企業が自社の中でどのような人材が必要なのかを適切に判断する指針となるものとして、DSS-P を整理しました。

DSS-Pでは「ビジネスアーキテクト」「デザイナー」「ソフトウェアエンジニア」「サイバーセキュリティ」「データサイエンティスト」といった5つの人材類型を定義しています。類型ごとにロールを整理し、計15ロールを設定していますが、各企業で全てのロールをカバーする必要はありません。この標準を参考に、自社で必要と思われる人材を設定したり、業種・業態によって追加、カスタマイズするなどして、自社に合った人材定義に活用いただくことを期待しています。また各ロールには共通スキルリストが挙げられ、各人材に必要となるスキル項目が5つのカテゴリーと12のサブカテゴリーで整理されています。スキル項目ごとに、どのような学習をすればよいかという学習項目例も載せています。

昨今、急速に普及し始めた生成AIに対応するため、2023年8月にDSS-L(DXリテラシー標準)を一部見直して改訂しました。社会や技術の変化に迅速に対応してスキル標準をアップデートしていますので、各企業での人材育成にぜひ生かしていただければと思います。

経済産業省 商務情報政策局 情報技術利用促進課 調査官 島田 雄介氏


DXスキル標準の実装を目的とし、横断的なコミュニティ活動を展開するDSMパートナーズ

田中:
デジタルスキルが標準化され、DXを推進する環境が出来つつあると思いますが、各企業や団体がすぐに導入、運用して定着させるのは難しく、それも課題になるでしょう。そこで日本パブリックアフェアーズ協会と東芝デジタルソリューションズでは、デジタルスキルマップ(DSM)を活用し、デジタルスキル標準の社会実装を目指すコミュニティ「DSMパートナーズ」を立ち上げました。その概要について、担当の松木からご説明いたします。

松木:
デジタルスキル標準の策定により、スキルベースでの人材管理や、企業でのスキル標準の実装がしやすくなったものの、実際に企業や自治体の方がこれを適用していくにはまだハードルが高いと考えています。これらを、各企業、団体の独自の取り組みにせず、横断的なコミュニティとして活動していく必要があると考え、DSMパートナーズを立ち上げました。当社は人事給与や人材育成のソリューション(Generalist)を提供してきたのですが、従来と違う形で企業や社会の人材育成にお役に立てないかということで活動を始めました。2023年4月から本格的な活動を開始し、当面のゴールとして、スキル標準適用手引や、スキル標準活用の知見や事例集を作成し、皆様がデジタルスキル標準を利用しやすくなるようにしていく予定です。

このコミュニティのポイントは、幅広く民間企業や自治体にご参加いただき、実際にDXの推進や人材育成に携わる方々が議論できる場を用意し、先進的な取り組みを主導する経済産業省や東京都と連携しながら、デジタル人材のスキル標準の社会実装を目指すことです。

東芝デジタルソリューションズ株式会社 ICTソリューション事業部
データ事業推進部 データプラットフォーム推進担当 部長 松木 健


「4Dサイクル」でデジタルマーケティング/IT人材の育成やスキルを高めた資生堂インタラクティブビューティー

田中:
本日はDSMパートナーズの活動に参加していただいている企業の皆様にご登壇いただいていますので、各企業で「どのようにDXスキルを定義してきたか」「今後の計画」などについて、お話を伺いたいと思います。まずは資生堂インタラクティブビューティーの坪根様からお願いします。

坪根:
当社は2021年にアクセンチュアとのジョイントベンチャーで設立された会社です。この2年間、主にデジタルマーケティングとITに特化した活動を行い、ビューティーについての理解を深めながら専門スキルとしてデジタルマーケティングやITのスキルを高め、ビジネスに生かす取り組みを行ってきました。この実現にあたり、アクセンチュアの知見も借りつつ、「4Dサイクル」というフレームワークに基づいてデジタルマーケティング/IT人材の育成やスキルの向上を図ってきました。

4Dサイクルは、会社にとって必要なジョブや各ジョブで必要とされるスキルを定義する「Define(人材定義)」、期待されるスキルを社員がどれくらい持っているかを診断するスキルアセスメントによりギャップを見える化する「Discover(選抜・評価・採用)」、研修などを通してスキルギャップを埋める「Develop(人材育成)」、さらにタレントマネジメントプログラムを通じてジョブローテーションを計画的に加速化させる「Deploy(適正配置・モニタ)」の頭文字を取ったものです。このサイクルを年に1、2度、高速に回して早期にスキルを高めています。

中でもスキルアセスメントを重視しており、当社では年2回、全社員が実施しています。それにより社員は、会社にはどのようなスキルを持った人材がいるのか、ジョブや自分にどのようなスキルが必要とされているかを理解し、会社が期待するスキルとのギャップを把握し、自身や組織の開発に生かすことができます。我々は、この見える化により、デジタルマーケティング/IT人材を育成する研修企画などのサポートができると考えています。

資生堂インタラクティブビューティー株式会社 企画管理部
人事・総務グループ グループマネージャー 坪根 雅史氏

田中:
御社ではアセスメントを年2回実施するなど、かなり本格的に取り組みを進められていますが、スキル標準のアップデートや運用・定着化への工夫などお考えになっていることがあればお聞かせ下さい。

坪根:
2年ほど前に4Dサイクルを導入した時に、経済産業省のITSSも参考にして設計しました。その後DSS-L/DSS-Pが公表され、2年間4Dサイクルを回す中でいくつか課題も確認できたので、これらも踏まえながら将来に向けて4Dサイクルに反映していきたいと考えています。マーケットトレンドを追うには当社だけでは難しいため、いろいろな企業、団体のベストプラクティスを活用していく予定です。


ITSSからDSSベースにシフトしてDX人材を育成中のDNPの取り組み

田中:
大日本印刷(DNP)の前田様からも、DXの取り組みについて伺いたいと思います。

前田:
DNPは「未来のあたりまえをつくる。」というブランドステートメントのもと、「スマートコミュニケーション」「ライフ&へルスケア」「エレクトロニクス」という3つの分野でさまざまな事業を展開しています。印刷で培ったDNPのコアバリューであるPrintingとInformationを組み合わせ、P&Iイノベーションによって新たな価値を創造してきました。

人材育成については、以前からICT開発の人材に関してはITSSベースで進めてきましたが、DSSが登場したので、DNPグループのDX人材を再定義しているところです。全社員をDX基礎人材とみなしDSS-Lでスキルアップを行うとともに、DSS-Pに則ったDX推進人材の候補を選定し、育成していきます。

大日本印刷株式会社 人財開発部 前田 強氏

田中:
リテラシー標準を組み合わせながら、上手く人材育成を進めようとされていることが分かりました。計画を進めていく中で、今後に向けた課題や留意点などはありますか。

前田:
DSSを導入するメリットとして、やはりDXに必要な役割を「同一の物差し」で測れることがあります。ICT開発者については以前からITSSでスキルの可視化と育成を行ってきましたが、データサイエンティストやAI技術者については独自の基準で評価し、ビジネスアーキテクトについては明確な基準がありませんでした。それがDSSにより全体を統一した基準で可視化できるようになり、育成計画を立てられるようになりました。加えて複数ロールにまたがったキャリアパスを描けるのではないかと思います。例えば、これまでICT人材のキャリアパスは描けても、そこからプロダクトマネージャーになるためのアプローチは明確ではありませんでした。また、社内外で同一の物差しでスキルを測れることは、雇用がよりジョブ型になる中でも重要になると思います。

その一方で、課題も見えてきました。ITSSとDSSのソフトウェアエンジニアでは粒度が異なり、一貫性をどうすべきかという課題があります。もうひとつは、DNPには多くの事業があり、それぞれの事業部門で考え方も異なるため、ビジネスアーキテクトなどをどう定義すべきか、DSSのロールをそのまま使えるのかという課題で、現在、各事業部門と議論しているところです。


DXスキル定義の知見共有と企業ごとのカスタマイズで自社のDX人材育成を進める

田中:
本日ご登壇いただいた各企業の皆様から、貴重なお話を伺うことができました。DSSを策定された経済産業省の立場から、感想やアドバイスなどはございますか。島田様お願いいたします。

島田:
お話しいただいた2社のように、DSSを活用し、自社に合ったDX人材の定義を行い、その先の人材育成までつなげていただければと思っております。人材定義を進めると、過去の経緯などから新しいものに合わせていく課題も出てきますが、企業間でナレッジをシェアすることで解決できるかもしれません。同様の課題を持つ企業も多いと思いますので、DSMパートナーズが取り組まれているような活動で企業同士が議論しながら、より良いものを作っていただけることを期待しています。

田中:
ぜひ皆様のノウハウをシェアしていければと思います。最後にDSMパートナーズへの要望などについてもお聞かせください。

坪根:
まずは本日のテーマになったDXスキルの定義について、いかに各企業でカスタマイズし、実践してDX人材育成につなげていくかを、DSMパートナーズの参加企業と情報共有し、お互いのナレッジを活用したいと思います。この活動を継続することで、さらにDX人材育成が加速できると考えています。

前田:
DSMパートナーズに参加されている企業や自治体の取り組み事例の話を伺うことで、同じ人材育成担当として、いろいろな気付きや共感があり、励ましになりました。DSSを運用していくと曖昧な部分も出てきます。独自で検討するだけでなく、業界全体で共通認識を持ったほうが良いこともあるため、DSMパートナーズの活動に期待しています。

田中:
本日いただいたご意見を、今後のDSMパートナーズの活動指針に反映させていきたいと思います。最後に本活動を共に進めていただいている岩本先生から、視聴者に向けてのメッセージをお願いします。

岩本:
スキル標準の活用は、デジタルに限らず、あらゆる職種で今後かなり重要になってきますが、特にDXは日本全体の課題であり、緊急度も重要度も高いため、まずデジタル人材に特化して「標準の実装のための標準化」を進めているところです。経済産業省のDSSからズレない形で進めていくことに意味があると思いますが、実装する上では、このスキル標準をベースに足し算や引き算をしたり、優先順位をつけたり、レベル感を考えたりするところが若干難しいので、DSMパートナーズと検討を進め、業界や企業ごとに共通のもの、違うものを踏まえて整理していきたいと思います。本団体に参加して議論に加わっていただければ幸いです。

田中:
このDSMパートナーズの活動がDX人材の育成、それから日本のDXの推進に微力ながらでもお役に立てるように、我々も頑張っていきたいと思います。本日は大変ありがとうございました。

東芝デジタルソリューションズ株式会社 ICTソリューション事業部
エキスパート 田中 尚

  • この記事に掲載の、社名、部署名、役職名などは、2023年11月現在のものです。

執筆:井上 猛雄


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