インダストリー4.0の今後を見据えた製造業の動向と産業構造の変化(後編)
~サステナブル、サーキュラーエコノミーへと向かう世界的潮流において日本の強みを発揮する~

テクノロジー、イノベーション

2023年5月24日

三菱UFJリサーチ&コンサルティングの尾木蔵人氏へのインタビューの後編。前編では、米中分断に伴うグローバルでの地政学的なブロック化やロシア・ウクライナ紛争によるエネルギー危機などさまざまな環境変化に対峙しながら、欧州がインダストリー4.0の実現に向けて粘り強く着実に取り組みを進めると同時にエネルギー問題も解決しようとしていることを紹介した。
後編では、欧州委員会がインダストリー5.0を提唱した背景や日本のSociety 5.0の類似性、インダストリー4.0によってもたらされる産業・構造の変化、さらに日本の勝ち筋などについて伺った内容を紹介する。

三菱UFJリサーチ&コンサルティング株式会社 国際アドバイザリー事業部 副部長 尾木 蔵人氏

欧州委員会が提唱したインダストリー5.0と4.0との違い、Society 5.0との類似性

福本:
2021年にEUの欧州委員会がインダストリー5.0のコンセプトを発表し、「ヒューマンセントリック」「サステナビリティ」「レジリエンス」の3つが重要であると主張しています。一方、ドイツは2019年にインダストリー4.0の新しいビジョンとして「オートノミー」「インターオペラビリティ」「サステナビリティ」が重要になるというVison2030を発表しています。このインダストリー5.0のコンセプトの背景、インダストリー4.0との違いをどう捉えているのか、お話しいただけますか?

尾木:
本音の部分では、インダストリー4.0と5.0は本質的には大きく異なるものはないでしょう。縦軸のデジタル化の推進を、どう表現するかという違いの話だと思います。ドイツ以外のEU各国としては、インダストリー4.0をそのまま受け入れるのではなく、足りない部分を補完する形で、さらにレベルアップすることがEUの予算を使う大義になると考えているわけです。

福本:
しかしインダストリー5.0については、まだそれほど関係者にも浸透しているようには見えませんが。

尾木:
欧州企業の関係者などにヒアリングしたところ、やはり5.0については汎用的なコンセプトになっていませんでしたし、コンセンサスも得られていないようですね。でも皆さんに理解して欲しいのは、目指す姿は類似しているということ。ドイツから見てもインダストリー4.0の中に、5.0の項目が十分に含まれているのです。

福本:
確かにインダストリー4.0にも、エネルギーをはじめとする資源供給に関わる問題などが書かれていますよね。

尾木:
先ほども少し触れましたが、インダストリー4.0を産業分野における製造業の話だと単純に捉えてはいけません。もちろんドイツは製造業が強いので、最初はそこが中心になりますが、この中にはエネルギーも当然あるし、ロジスティクスなども含まれます。デジタルツインやDXやAIの世界では、これらも市場として捉えてよいわけです。いま製造業にフォーカスされていますが、この先には大きな市場があるわけです。ここは絶対に誤認したらいけない大事なポイントになります。

福本:
インダストリー4.0の目的は社会問題の解決ですからね。インダストリー5.0のレポートでは、日本のSociety 5.0が関連する先行コンセプトとして触れられていますが、日本のSociety 5.0についてはどう見られているのですか。

尾木:
あまり知られていないでしょうね。おそらくEU内でのヒューマンセントリックの議論と似ているため、「人間中心の社会」を目指す日本のSociety 5.0の類似性に気付いたのだと思います。政策的にもインダストリー4.0や5.0の進展により、逆に失業者が増えたらいけないということもあるでしょう。日本にとっては高齢化対策になりますが、AIや製造現場のノウハウがシミュレーションできるデジタルツインが進化し、ロボット化が進むと、従来の大変な仕事から解放され、労働時間も短くなる。ここがデジタル化による製造に関するプラス部分の話です。
これがさらに進むと、いまほど働かなくてもハイレベルな製品をカスタマイズして作れるようになり、製造プロセスも生産される製品もサステナブルになっていきます。日本的な表現なら「もったいないをなくす」という文化であり、企業もノウハウを多く持っています。それをデジタルで進めるのが、まさしくSociety 5.0であり、インダストリー4.0の次の姿なのです。日本企業はこの分野のノウハウを活かして、EUをベンチマークしつつ、グローバルを目指しながらしたたかに推進していくべきではないかと思います。


日本が自分で気付いていないサステナビリティとサーキュラーエコノミーの強み

福本:
ただ少し気になる点は、日本がグローバル・エコシステムを作ることがあまり上手くないという点です。

尾木:
グローバル・エコシステムを作る上では、分断化された世界でのバリューチェーンの問題があります。デジタル化が進むことによって、バリューチェーンをいかに強く、崩さずにキープしつつ、その中で最適化を進めていけるのかという点が重要になります。ただし、そのときバリューチェーンとして、すべてを繋ぐ必要はないと思うのです。
例えば、自動車メーカーが限定されたバリューチェーンでDXを進めていくのは有り得ることですし、現実的にはそうなっていると思います。自動車産業のサプライチェーンでデータを交換・共有する「Catena-X」も同様で、政策としては幅広く企業をカバーする仕組みとして打ち出していても、企業の立場から見ると本当に勝負すべきは個々のバリューチェーンであり、自分たちの仲間内でいかにデジタルツインを推進していくかということになります。

福本:
去年のハノーバーメッセ2022でIndustrial Digital Twin Association(IDTA)も、ドイツのアセット管理シェル(AAS: Asset Administration Shell)がデジタルツインを実現するためのグローバルスタンダードになると言っていました。

尾木:
こういった動きは間違いなく今後も加速するでしょう。ただし、それをさらに複雑に見せるのは、先ほどのエネルギーやカーボンニュートラルといった長期的な話です。日本もIVI(インダストリアル・バリューチェーン・イニシアティブ)でカーボンフットプリントの取り組みを進めていますよね。このバリューチェーンの中では、セットメーカーやTire1が、自分たちの最終製品にカーボンフットプリントを付けたいと考えています。
もう1つ大事な点は、インダストリー4.0が始まった頃は、原料を作る、組み立てる、供給するまでのサプライチェーンの話でしたが、カーボンニュートラルの世界になってから、製品を上手く使い回しましょうということで、製品供給後も含めてサステナビリティ、サーキュラーエコノミーという話に広がりました。
このサーキュラーエコノミーという観点を、実は日本人はあまり意識していません。というのも、もともと日本の得意分野なので当たり前すぎて、それがストライクゾーンだと認識できないのです。ペットボトルの収集やゴミの分別を一生懸命やるような国民性は、まず日本人以外にいないでしょう(笑)。だからチャンスなのです。ある意味では自分たちが気付かないほど強い部分なので、世界的な潮流に仲間として乗り、彼らと上手く合流していくことがポイントになるでしょう。むしろ日本が積極的に迫力を持って進めていくべきだし、インダストリー4.0、5.0やSociety 5.0も含めて目指す正しい軸を明確に整理して、ビジネス戦略を作って欲しいと思っています。


デジタル化の進展による産業や成功企業の寡占化が進む中で、日本に必要なこと

福本:
今後インダストリー4.0、5.0やSociety 5.0の世界が本格的に到来したとき、産業や社会の構造はどう変化すると思われますか。テクノロジーとビジネスモデルや、企業や国の中核プレイヤーの力関係は変わっていくのでしょうか。

尾木:
まずデジタル化の進展と社会課題の解決が、これまで以上に表裏一体の関係になってくるでしょう。ただしデジタル社会の1つの特徴は、勝ち組がより強くなるということです。そこでコストが下がり、最終的にゼロコストになり、さらに寡占が進んでいきます。個人情報を搾取されないことを前提に考えれば、デジタルのノウハウを持つ強い企業と付き合うほうが、ユーザーにとって一番メリットがあるはずです。
従ってモノを所有しない社会として、サービスとサブスクリプションの寡占が一層進み、産業にも大きく影響してくるでしょう。そこで成功した企業が、これまで以上に際立ってくるはずです。同時に社会的な課題をきちんと解決していることをビジョンとして説得力を持って伝えられたら、さらに力を得ていくだろうと思います。Society 5.0も方向性は間違っていないので、日本は自信を持って進めていくべきだと思います。

福本:
日本はクローズ戦略が主体の企業が多く、スマートファクトリーのような領域でデータをオープンにするのはハードルが高いと感じていますが、カーボンニュートラルやサーキュラーエコノミーについては全ての企業がやるべきことなので、ハードルを下げられるのではないかと考えています。特にサステナブル社会になると、隠さなければいけないデータは思うほど多くないはずです。その部分で協力して、これをキーポイントに日本企業の考え方がオープンに変わると嬉しいですね。

尾木:
すごく良いポイントですね。日本企業の強みをサステナブルの領域に向けて、グローバルに対しても上手にアプローチできるようにすることが重要です。その一方で、サプライチェーンのほうは、したたかな動きに拍車がかかってくるでしょう。実際に世界でも進行中ですし、ここは日本全体としても譲れないところですね。

福本:
最後のまとめになりますが、日本の製造業が世界において再び存在感を発揮し、競争力を持てるようになるためには何が必要だと思われますか?

尾木:
まず日本人が自分たちの良さを知るべきでしょう。いまの日本人は自虐的です(笑)。半導体にしても液晶にしても家電にしても、あっという間に海外に持っていかれたので、自信を喪失してしまったのかもしれません。しかし、その瞬間は負けても、本当に完敗したかというと、私はそうは思いません。アメリカも欧州もドイツも、日本が本気を出したら怖いと思っているはずです。1980年半ばに「Japan as Number One」と言われ、アメリカを追い抜くところまで近づいた国は他にありません。だから、もう一度自信を取り戻して欲しいです。

福本:
確かにモノ作り立国として、そこまでできた国は世界中でどこにもなかったですよね。

尾木:
しかも時代がサステナブルやサーキュラーエコノミーといった、日本が得意とする分野に寄ってきているのです。したたかにファイティングポーズをとっていくべきではないでしょうか。日本にはイノベーションの種になる宝の山がたくさん残っていると考えている海外勢も多いです。我々は、そのような宝の山に気付いて、それらを安売りせずに攻め込まなければいけないと思います。いま日本は少しへこたれて、なかなか動けない状況ですが、日本企業が世界に打って出なければいけない局面になっています。
人材がいないという話もありますが、凄いチャレンジをしている研究者が日本の大学に多くいます。ただし「大学の先生、頑張って下さい」というのは少しおかしな話で、やはり企業側がアカデミアのノウハウを引っ張り出し、それをグローバルで展開するために自ら、あるいはパートナーと上手にブリッジングする必要があるでしょう。優れた先端テクノロジーを活かし切れていないという現状を打破するべきです。そこをよく理解した上で、作戦を立て直していくとよいのではないでしょうか。


尾木 蔵人
三菱UFJリサーチ&コンサルティング株式会社 国際アドバイザリー事業部 副部長

1985年東京銀行(現・三菱UFJ銀行)入行。ドイツ、オーストリア、ポーランド、UAE、英国に合わせて14年駐在。日系企業の海外進出支援に取り組み、2005年ポーランド日本経済委員会より表彰。日本輸出入銀行(現・国際協力銀行)出向。2014年4月より現職。
企業活力研究所ものづくり競争力研究会委員、日本経済調査協議会カーボンニュートラル委員会主査。経済産業省ものづくり分野における人工知能技術の活用に関する研究会副主査(2017~18年)。元ドイツ連邦共和国ザクセン州経済振興公社日本代表部代表。
著書に「決定版 インダストリー4.0」、「2030年の第4次産業革命」、「「超スマート社会」への挑戦」(いずれも東洋経済新報社)がある。


執筆:井上 猛雄


  • この記事に掲載の、社名、部署名、役職名などは、2023年5月現在のものです。

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