活動事例

開発秘話

当社開発の製品や技術について、そのきっかけや開発過程のエピソードなどを紹介します。

「生物脱硫装置の開発」
- 環境配慮型の排水処理システムを目指して ―

脱硫の必要性と課題

環境に対する意識の高まりから、工場排水にも排水基準の順守はもとより排出先の環境に配慮した水質が求められるようになっています。東芝ではこのような世界の動きに応じた排水処理システムの開発を行っています。当然のことながら、排水処理自体も環境に配慮したものであることは重要です。これは使用する薬品や処分しなければならない廃棄物の量を減らすことで、結果として低コストでの運用が可能となるメリットが生じるためです。

排水処理プロセスの1つにメタン発酵があります。メタン発酵とは、排水の有機物が微生物により分解されてガス化されることで排水を浄化する処理法ですが、このバイオガス中にはエネルギーとして利用可能なメタンが多く含まれているため、排水からエネルギーを回収するシステムとしても注目されています。しかし、排水に硫黄分が含まれていると腐卵臭および機器の腐食の原因となる硫化水素が発生します。したがって、バイオガス中のメタンをエネルギーとして有効活用するためには、硫化水素を取り除く脱硫という工程が必要となります。一般的な脱硫方法としては化学的手法である乾式脱硫が使われていますが、この方法は脱硫性能に優れているものの、脱硫剤が使い捨てになるという問題がありました。そこで運用コスト増大の主要因である脱硫剤を使用しない微生物を応用した生物脱硫の開発に取り組みました。

生物脱硫の原理と特長

生物脱硫は硫黄酸化細菌という微生物の働きによって硫化水素をガス中から除去する脱硫方法です。図1に生物脱硫と乾式脱硫の原理を示します。乾式脱硫では、硫化水素は脱硫剤である酸化鉄と反応して硫化鉄(固体)となって固定化されることでガス中から除去されます。この方法では、硫化水素の除去量に応じて利用可能な酸化鉄の量が減少するため、定期的に脱硫剤を交換および補充する必要があります。一方、生物脱硫では、微生物の作用によって硫化水素が酸化され、最終的には硫酸(液体)となることでガス中から除去されます。この場合、必要なものは微生物の生育に必要な水分とミネラル、さらには酸化に必要な酸素(空気)のみであるため、安価に脱硫を継続することが可能です。ただし、微生物は生き物なので、よい環境を整えなければ期待したように働きません。そのため、微生物に適した環境条件を維持することが重要となります。

図1 生物脱硫と乾式脱硫
図1 生物脱硫と乾式脱硫

生物脱硫装置の開発は、食品工場の排水処理設備での脱硫をターゲットとして行ってきました。図2に処理フローを示します。生物脱硫塔に供給する水分には排水処理設備で処理された水を使用しています。これは重要なポイントで、処理水は微生物にとって非常によい環境を提供してくれます。まず、処理水は温水なので生物脱硫塔を微生物の活性が維持される20℃以上に保温することができます。また、ミネラルが豊富に含まれているため、微生物へ栄養源を供給することができます。さらにpHは中性で緩衝作用も高いため、生成した硫酸によるpHの低下を防止して塔内のpHを中性に維持することができます。これによりpH調整のためのアルカリ剤などが不要になります。このように全体のプロセスをよく理解して、装置開発を行うことが低ランニングコストとなるプロセス構築には重要です。

図2 生物脱硫装置の処理フロー
図2 生物脱硫装置の処理フロー

生物脱硫装置を軌道に乗せるまで

生物脱硫塔を設置しただけではまだ必要な微生物はいません。充填層を構成する担体(微生物を固定化する土台となる物質)に微生物を根付かせ、増殖させる「立ち上げ」作業が必要です。一般的には、同様の設備から微生物を含んだ汚泥をもらって(これを種菌といいます)短期間で立ち上げるのですが、近隣にそのような施設はないため排水を溜めていた開放型の貯留池の汚泥を使用することにしました。これは、排水には硫黄と微生物増殖に必要な栄養源が含まれ、それが大気中の酸素に触れる環境に置かれており、硫黄酸化細菌の生育条件を備えていることから、わずかながらでも硫黄酸化細菌が存在していることが見込まれたためです。しかし、この段階では装置の立ち上げにどの程度の時間を要するのか全く分かりませんでした。

立ち上げのため、持ち帰った汚泥を脱硫塔の充填層に循環させて汚泥を担体に付着させながら、バイオガスと空気を入れました。そして、硫黄酸化細菌の増加を把握するため、処理ガスの硫化水素濃度と循環水のpHを測定しながらそれらの低下を待ちました。その結果、測定を開始してからわずか数日という予想外の早さで処理ガスの硫化水素濃度は目標の500ppm以下となり、またpHも低下したことから硫黄酸化細菌は十分に存在していることが分かり、処理水の散水を開始し定常運転へ移行することができました。

立ち上げ完了後は、装置の性能把握のため脱硫塔の入口と出口の硫黄量の測定を行いました。ガスの硫化水素濃度が重要なのはもちろんですが、その他に散水と排水中の硫黄濃度も得ることで、硫黄の物質収支を把握して硫黄の除去プロセスを検証する必要があります。測定の結果、原ガスの硫化水素の約95%が除去されており良好な処理性能を示しましたが、硫酸化した量はその半分以下しかありませんでした。この原因として、酸化剤である空気や供給する水分量の不足、立ち上げ時における微生物の増殖が十分でない、あるいは逆に過剰な微生物の増殖や、脱硫の中間物質の蓄積による充填層の閉塞などが疑われました。議論を重ねた結果、比較的簡単に行うことのできる空気量や散水量の調整から行いましたが、これらによる効果は得られませんでした。

試行錯誤を繰り返している間に1ヶ月が経ち、突然、流入ガス配管に振動が発生しました。これは充填層の閉塞による圧力上昇によるものと考えられたため、運転を停止して内部を観察したところ、担体が単体硫黄(S0)にびっしりと覆われていました。この状況から、硫酸量が少ない原因は、脱硫の中間物質である単体硫黄の蓄積が有力となり、それを確認するため担体に付着した単体硫黄量の測定を行いました。担体は1千万個以上が使用されているため硫黄量の全量測定はできません。したがって、充填層の複数地点からバランスよく20L程度の担体を取り出し、均一にかき混ぜてそこから約500mLのサンプルを採取しました。脱硫塔の奥深くから取り出す必要もありますし、残りはまた同じ場所に戻さなければならない大変な作業で、作業着を硫黄で真っ白にしながらの作業となりました。測定の結果、単体硫黄の生成量は除去硫黄量の約55~75%であることが分かり、脱硫プロセスは単体硫黄の生成が支配的であることが分かりました。

単体硫黄のこれほどの蓄積は想定外でしたが、充填層の閉塞は想定していたため、洗浄機構を利用して、担体に付着した単体硫黄を洗い落としました。しかし、洗浄後の脱硫性能は大きく低下してしまいました。これは洗浄によって単体硫黄のみならず、せっかく増殖させた微生物まで剥離させてしまったためでした。これにより、脱硫性能を安定させるための洗浄方法の適正化が課題となりました。それから数ヶ月の間、洗浄のタイミングと洗浄の強度について検討を行いました。その結果、注入空気圧の増加で洗浄のタイミングを検知して、ごく短時間の洗浄を行うことで安定運転が継続できることが分かり、洗浄方法を確立することができました。

今回の事例では、生物脱硫装置における実際の脱硫プロセスを把握し、充填層の洗浄方法を適正化することで、硫化水素の除去率を95%まで達成することが可能となりました。図2に示すように、生物脱硫を既存の乾式脱硫の前段階で行うことで、乾式脱硫塔での脱硫剤の使用量を年間で87.5%削減することができました。

このように微生物を活用する装置は、低コスト化につながる反面、その実用化に多くの知見やノウハウが必要で、それらを蓄積することが開発力の強化につながります。今後もこのような環境配慮型システムの開発を進めていきます。

参考文献

  • 1)永森泰彦、田村博、足利伸行: 第44回下水道研究発表会講演集, P.97-99 (2007)
  • 2)永森泰彦、田村博、足利伸行: 第45回下水道研究発表会講演集, P.115-117 (2008)
  • 3)東芝レビュー, Vol.63, No.5, 2008, P.15-18