活動事例

開発秘話

当社開発の製品や技術について、そのきっかけや開発過程のエピソードなどを紹介します。

「顔画像による本人照合技術」
- 人間の感覚に最も近い生体照合技術-

他人によるシステムの悪用を防ぐために、本人であることを確認するセキュリティ技術に関心が集まっています。一方、パスワード入力やカードによる本人確認を導入してセキュリティを高めると、多くの場合でシステムの使い勝手が悪くなるという問題があります。この「セキュリティ」と「使い勝手」を両立させる技術として、「生体照合技術」が私たちの身の回りでも利用されるようになってきました。生体照合技術とは、身体の特徴により人物が誰であるかを識別する技術であり、指紋、虹彩、掌形、指や手の血管など多くの手法が開発されています。その中でも、「顔を用いた本人照合」は、非接触で離れた位置からでも照合できることや、抵抗感の少なさ、照合データに対する目視確認のしやすさなどの利点から注目されています。

顔照合セキュリティシステムFacePass®の開発

東芝では早くからこの顔認識技術に注目し、目や鼻孔を検出する顔検出技術や、郵便処理システムの文字認識で培ったパターンマッチング技術を応用した動画像顔認識技術(図1)を開発していました。動画像を用いる認識としては、登録データとして収集された複数の画像パターンから形成される部分空間と、入力動画像から得られる複数枚の画像パターンから得られる部分空間の類似度を求める「相互部分空間法」を採用し、1枚の画像を用いる場合に比べて高い精度を実現しています(図2)。私たちは、この認識技術をベースとして非接触で本人確認が行える入退室管理システムの実験機を試作し、評価・改良を繰り返してきました。更に、顔向きの変化を抑えるユーザインターフェース画面の工夫や、照合失敗時にユーザの操作により実施される登録データの学習機能といったシステム技術も開発し、2001年に顔照合セキュリティシステムFacePass®(図3)の製品化を実現しました。

しかし、実際に様々なサイトで運用が始まると、想定していなかった照明環境で利用されたり、ユーザによる登録データの学習操作がほとんど実行されないといったケースがあり、期待していた性能を発揮しない場合があることがわかりました。実験室環境の評価で見込んでいた性能と、運用での性能に大きな差が発生したわけです。

図1 顔照合の処理手順
図1 顔照合の処理手順

(a)画像1枚での認識
(a)画像1枚での認識

(a)画像1枚での認識
(部分空間法)

(b)動画像の複数パターンを用いた認識
(相互部分空間法)

図2 相互部分空間法

(b)動画像の複数パターンを用いた認識
図3 顔照合セキュリティシステムFacePass®

運用を意識したシミュレーション実験環境の構築

この問題から、照明条件や人のバリエーションを増やした運用データを集めて評価・改良することが研究開発の重要なポイントと判りました。そこで、製品として想定される様々な設置条件を複数選定し、1,000名規模の利用がある出入口にFacePass®を設置して実際の運用形態に近いデータを収集する環境を複数構築しました(図4)。ここで集められた運用データを利用してシミュレーション実験を行い、効率的に顔照合性能の改良を進めることができました。更に、ユーザの使用感に関するインタビューを参考にしながら、登録データの学習を操作なしで実施する自動学習や、顔領域の画像を最適に撮影するカメラ制御技術などFacePass®の照合性能を改善する周辺技術を追加しました。登録データの自動学習機能では、大量データを用いたシミュレーション実験に基づいて、誤って他人の登録データに学習しないような判定アルゴリズムを新たに開発しています。

このような改良を経てFacePass®は実用的な照合レベルを達成でき、現在は多くのお客様に導入頂くまで完成度が高まりました。また、開発した技術について電子情報通信学会全国大会で発表し学術奨励賞を受賞しました。その後、約1年間に10万試行以上の運用実験を継続し、長期間でも照合性能が維持されることが確認できています。この長期運用の実験結果も研究会で発表し、顔による本人照合の実用性を示す実証報告として大きな反響がありました。

図4 FacePass®の運用実験
図4 FacePass®の運用実験

更なる利便性を目指して

現在はFacePass®での使い勝手の良さをさらに発展させて、立ち止まることなく本人確認ができる「歩行顔照合システムSmartConcierge®」の開発を進めています。歩行中の顔パターンは、顔向きの変化やカメラとの距離の違いなどで変動しやすくなります。私たちは、このように変動が大きい場合でも高い照合精度を実現する認識技術の研究開発に取り組んでいます。この歩きながらの顔認識技術は、入室管理の応用以外にも、不審者の知的監視や施設に来訪される重要なお客様への対応をサポートするシステムなど幅広い応用が期待されています。

参考文献

  • 東芝レビュー Vol.57 No.8(2002). 顔照合セキュリティシステム FacePass®
  • 東芝レビュー Vol.62 No.7(2007). 歩行顔照合システム SmartConcierge®