活動事例

開発秘話

当社開発の製品や技術について、そのきっかけや開発過程のエピソードなどを紹介します。

「ポリマーナノコンポジット絶縁材料の開発」
- 縁の下の力持ちから、表舞台に立つ材料へ -

ナノテクで変わる絶縁材料

私たちの生活を支える電気を、作る・送る・使う機器には、電流を流すべき部分(導体や導線など)の電圧を維持し、それ以外の部分に電流が流れるのを防ぐための絶縁材料が必ず必要になります。これらの機器の代表格である発電機・変圧器⁄スイッチギヤ・モーターなどにおいて、絶縁材料の性能は機器全体の性能を決める要因の一つでもあります。例えば、絶縁材料の電圧に対する耐性が高ければ、機器を小型化することができます。また、絶縁材料の寿命が、機器の寿命に大きく影響します。しかし、絶縁材料は地味で、縁の下の力持ちのような存在として捉えられる場合が多いのではないでしょうか?

21世紀初頭にナノテクノロジー(ナノテク)が注目されたことは、記憶に新しいかと思います。絶縁材料もナノテクにより、縁の下の力持ちから、表舞台に立つ材料へ変わりつつあります。ここでは、ナノテクにより電気絶縁性能を飛躍的に向上させたポリマーナノコンポジットとスイッチギヤへの適用検討について紹介します。

スイッチギヤの環境調和を実現するナノコンポジット絶縁材料

二酸化炭素(CO2)が地球温暖化を進める温室効果ガスの代名詞のように取り沙汰されていますが、スイッチギヤの絶縁に使用される六フッ化硫黄(SF6)ガスもその例外ではありません。既存のスイッチギヤでは、CO2の約23,000倍の温室効果をもつSF6ガスは密閉管理されていますが、SF6ガスそのものを使用しない環境調和型のスイッチギヤが注目されています。

SF6ガスを使わない絶縁方式として、固体絶縁方式があります。例えば、図1に示すように、固体絶縁方式を用いた場合、高電圧で使用される真空バルブや金属導体などの外周に固体材料による絶縁層を設けるため、SF6ガスをまったく使わず環境調和性が高くなります。しかし、固体絶縁材料では内部に欠陥が存在すると、高電圧で発生する劣化現象により、電気絶縁性能や耐用寿命が著しく低下する欠点があります。このため、高電圧下で使用可能な劣化耐性の高い絶縁材料の開発が必要になります。以下に述べるナノコンポジットはその有望な候補材料の一つです。

図1 固体絶縁方式によるスイッチギヤの脱SF6ガス化
図1 固体絶縁方式によるスイッチギヤの脱SF6ガス化

ナノ粒子分散によるエポキシ樹脂の電気絶縁性能向上

二つ以上の異なる材料を組み合わせることで、材料単体よりも優れた特性、あるいは特徴的な性質を得ることができるのが複合材料(コンポジット)になります。ポリマーナノコンポジットは、エポキシ樹脂などの高分子材料とナノサイズの無機粒子(ナノ粒子)を組み合わせた材料です。

私たちは、まず、シリカ、酸化チタン、クレイなどのナノ粒子を、エポキシ樹脂に数重量%(以下、%と表記します)分散し、その電気絶縁性能を評価しました。しかし、期待したような性能向上を確認することができませんでした。そこで、電子顕微鏡などによる観察から、ナノ粒子はエポキシ樹脂中で均一に分散しておらず、多数個のナノ粒子が集まった状態で存在していることを突き止めました。さらに、ナノ粒子の分散量や表面の修飾剤、混合装置や混合時間・温度などの詳細な検討により均一に分散することに成功しました。その中でも特に、他の粒子とは異なる平板形状をもつクレイを均一分散したナノコンポジットが最も優れた電気絶縁性能を示すことを確認しました。

例えば、図2に示すように、高電圧下で発生する樹枝状の絶縁劣化(電気トリー)に対し、ナノ粒子を分散していないエポキシ樹脂では、約29分で絶縁破壊しますが、ナノコンポジットでは、63分後も絶縁破壊せず、2倍以上の絶縁性能を示します。これは、数%ののマイクロサイズの無機粒子(マイクロ粒子)を、エポキシ樹脂に均一分散しても得られない性能です。

図2 樹枝状の絶縁劣化(電気トリー)に対するナノコンポジットの優れた耐性
図2 樹枝状の絶縁劣化(電気トリー)に対するナノコンポジットの優れた耐性

「新」・「旧」技術の組み合わせによる実用的な絶縁材料

わずか数%のナノ粒子分散により、絶縁材料の性能を向上することに成功しましたが、機器に適用ができなければ表舞台に立つ材料にはなれません。スイッチギヤ用絶縁材料では、アルミニウムなどの金属導体とこれを絶縁する材料の熱膨張率が異なると界面剥離が生じ、電気絶縁性能が著しく低下する可能性があります。このため、従来絶縁材料では、アルミニウムと同程度の熱膨張率とするために、エポキシ樹脂にマイクロ粒子(シリカ)を約65%充填しています。しかし、ナノコンポジットでは、最適量である数%を超えてナノ粒子を充填すると多数個が集まってしまい電気絶縁性能を向上することができません。数%のナノ粒子分散で電気絶縁性能を向上できても、熱膨張率を低くすることができないというジレンマに直面しました。

そこで、私たちは、ナノ粒子の分散により電気絶縁性能を向上する「新」技術と、マイクロ粒子の分散により熱膨張率を低減する「旧」技術を組み合わせることで、このジレンマの解決を目指しました。ナノコンポジットの発展型となる、ナノ粒子(数%)とマイクロ粒子(約65%)を組み合わせたナノ・マイクロコンポジットでは、図3(a)に示す電子顕微鏡写真から、それぞれの粒子がエポキシ中で均一に分散していることを確認できます。また、図3(b)に示すように、アルミニウムと同程度の熱膨張率をもつだけでなく、電気トリーに対する耐性が、エポキシ樹脂(粒子なし)と比較して、800倍以上になることを確認しました。

電気絶縁性能の向上と低熱膨張率化を両立したナノ・マイクロコンポジットの開発では、実用的な新しい技術は、何もないところから突如生まれるものではなく、「旧」を基盤にした「新」の積み重ねから生まれるものだということを実感しました。また、このナノ・マイクロコンポジットは、国内外で注目を集めています。

図3 ナノ粒子とマイクロ粒子の組み合わせによる電気絶縁性能の向上と低熱膨張率化
図3 ナノ粒子とマイクロ粒子の組み合わせによる電気絶縁性能の向上と低熱膨張率化

環境調和型スイッチギヤへの適用を目指したアプローチ

固体絶縁方式を適用したスイッチギヤ用部品を工業的に製造するためには、金型の下部から液状のナノ・マイクロコンポジットを注入し、加圧しながら短時間で加熱・硬化する加圧ゲル化法によるプロセスが必要となります。しかし、この新しい材料を、工業的な製造プロセスで直ぐに使用することはできません。金型に注入可能な材料粘度であるか、金型内で所定の時間内に硬化が完了するかなど、いくつもの項目を事前に検証する必要がありました。

このため、図4(a)に示すように、ナノ・マイクロコンポジットにおける注入および硬化プロセスへの適合性を解析により評価し、加圧ゲル化法による工業プロセスに適した材料であることを確認しました。さらに、加圧ゲル化法では、樹脂の注入速度、加熱温度・時間などさまざまな条件を適正化する必要がありますが、解析結果を基に選択した条件により、図4(b)に示すような環境調和型スイッチギヤの主要部品である接続導体、真空バルブ、可動機構をナノ・マイクロコンポジットで絶縁したモデルの作製に成功しました。

図4 ナノ・マイクロコンポジットによる環境調和型スイッチギヤ用部品の試作
図4 ナノ・マイクロコンポジットによる環境調和型スイッチギヤ用部品の試作

ナノコンポジット絶縁材料が貢献できることは?

21世紀における課題として、「経済Economy」、「エネルギーEnergy」、「環境Environment」の「3つのE」があるといわれています。これら3つのEは、相互に影響し、「こちらを立てれば、あちらが立たない」という矛盾した関係であるため、「3Eのトリレンマtrilemma」と呼ばれています。3Eの調和の中で、ナノコンポジットをキー技術とする、電気エネルギーの供給を担うスイッチギヤの脱SF6ガス化は、2つのE(エネルギーと環境)の解決に繋がるものと確信しています。

また、電気を作る・送る・使う機器の絶縁材料として、ナノコンポジッットが広範に利用されることを目指し、今後も開発を継続していきます。製品開発をリードできる表舞台に立つ材料の実現が目標です。