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[第31回] “人材”よりも、むしろ“地方中小企業の求人”が不足!? 「地方銀行×人材紹介業」の仕組みが生まれた背景とは
更新日:2018年09月13日
全国的に、そして全産業的に人材不足が深刻化し続けている。特に地方の中小企業では、優秀な人材の確保が経営の成否を分けることも少なくない。こうした状況を受けて金融庁は、2018年1月に「主要行等向け」および「中小・地域金融機関向け」の総合的な監督指針の一部改正案を公表。「銀行の人材紹介業進出」解禁へ踏み出した。
――と、こう書くと、よくある「地方の人材不足を嘆く記事」の出だしになるのかもしれない。しかし、人材紹介業向けのマッチングプラットフォームを運営する株式会社grooves(グルーヴス)の見方は真逆なのだ。
同社は2017年から、地方の優良求人を集めるために地方銀行との協業の道を模索し続けてきた。意外なことに、その背景には「都心ではなく地方で働きたいと考える人の増加」があるという。「人材はどんどん集まってきている。あとは地方の受け入れ先企業をどこまで増やせるかが課題」とも。
地方で働きたい人材が増えていくなら、人材難が叫ばれる地方の様相も変わっていくはずだ。その中で地方銀行は、どのようにして人材紹介業へ進出していくべきなのか。同社に話を聞いた。
「会社を引っ張っていく人材」に集中する企業ニーズ
厚生労働省が7月に発表した最新の有効求人倍率(2018年6月、季節調整値)は1.62倍。「全国のハローワークで仕事を探す人1人に対して企業から何件の求人があるか」を示すこの数字は、依然として企業が採用難に見舞われている状況を示している。この数字は44年ぶりの高水準となる。
全国的に人材確保が難しいことは間違いないが、地方における採用の実情はどうなのか。grooves取締役の大畑貴文氏は「企業のニーズによって難しさは異なる」と指摘する。
「長期タームで見れば地方の人口減少傾向が続き、人材不足はより深刻になっていくでしょう。ただ、いま現在の状況はさまざまです。業種にもよりますが、『現場作業を担うパートスタッフを集めたい』といったニーズであれば、地元の求人媒体に広告を出すことですぐに集まることも多々あります」
一方、地方の企業の多くが課題として捉えているのは、戦略の根幹を担う“経営人材”や、専門性を持つ“ハイレベル人材”の確保なのだという。「地元で採用しようと思っても、経験やスキルを持つ人材がどこにもいない」。そんな地方企業の実情を聞く機会も多い。
「そうした経営人材やハイレベル人材がいなければ事業を伸ばせません。経営者が高齢で後継者がいない場合は、会社をたたむしかないケースもあります」
具体的に地方企業の人材ニーズが高いのはどのような職種なのだろうか。
「多くの場合、『モノを売りたい』というシンプルな目的から、マーケティングやPRを担える人材のニーズは高いです。いかにして自社の商品に魅力を持たせるか、どのようにプロモーションしていくべきなのか。そうした知見が不足しているのでしょう。また、会社を強くしていくためには人のパフォーマンスを引き出していく必要があるため、制度設計や給与設計に長けた人事経験者を求める声も多いですね」
最近ではIPOを目指す際に欠かせないCFO(最高財務責任者)人材や、物流拠点の責任者を招きたいと考える企業も増えているそうだ。
今後、地方における採用トレンドはどのように変化していくのか。大畑氏は「二極化」をキーワードに挙げる。
「企業が欲しがる人材の層が二極化していくと考えています。従来、オペレーション人材が担っていた作業はどんどん機械に任せられるようになり、一方では会社を引っ張っていく人材が不足している。今後、企業が欲しがる人材は圧倒的に後者に偏っていくでしょう」
地方企業の採用がより難しくなることは必然の流れのように思えるが、大畑氏は「働く側のニーズも変わりつつあり、都市部から地方へ働く場を求める人も増えている」と話す。
「現在東京で活躍している人材の中には、地方出身者も大勢います。人の働き方はライフステージに応じて変わりますが、40歳前後になれば、親の介護などを理由に環境を変えなければいけない人も増えてきます。転職エージェントを利用する求職者の中には、そうした理由で働き方だけでなく、IターンやUターンなど、住む場所そのものを見直そうとする人も多いんです」
想像以上に多かった「Iターン転職」「Uターン転職」の希望者
groovesが運営する「Crowd Agent(クラウドエージェント)」は、全国各地の人材紹介会社や個人ヘッドハンターとつながり、企業の求人要件に合った人材を探せるサービスだ。
人材紹介会社やヘッドハンターの多くは、5人以下の小規模事業者が多く、そのため扱うエリアや業種などで専門細分化している。企業が求人を出したいとき、それらのエージェントと個別にやり取りをしていくのには限界がある。そこに「クラウドソーシング型」で一括してやり取りができるプラットフォームをつくったのだ。
当初は東京、神奈川、千葉、埼玉のみを対象に運営していたが、地方に拠点を持つ企業との取り引きが増えるにつれて、求人案件も自然と全国へ拡大していったという。
「最初は正直なところ、『地方案件はなかなか決まらないだろう』と思っていました。例えば山口県の企業から求人案件があっても、当時の私たちは現地の人材紹介会社とのつながりを持っていませんでしたから。しかし実際にふたを開けてみると、東京のエージェントがどんどん地方に人材を紹介していったんです」
都会から地方に移住する「Iターン転職」や、出身地に戻って働く「Uターン転職」を希望している人は想像以上に多い……。この発見は、groovesの事業を一気に全国へ拡大させる契機となった。地方銀行との協業を模索する動きも、時を同じくして始まった。
「私たちのビジネスは『企業の求人案件がある』ことが前提です。つまり、本格的に全国展開していくためには、地方の優良求人情報をより多く集める必要がありました。そこで、地域の企業をよく知り、人的課題もつかんでいるであろう地方銀行へのアプローチを進めました」
大手人材紹介エージェントは全国へ展開しているが、地方企業との接点はまだまだ少ない。地方銀行であれば、この間に入って「地方企業の求人案件」をどんどんエージェントへ紹介できるのではないか。それが、同社が描いた戦略の青写真だ。
さらに追い風となる動きも起きる。冒頭に書いた通り、金融庁が「銀行の人材紹介業進出」解禁へ踏み出す方向性を明らかにしたのだ。
「地方銀行が、本来的なミッションである“地元企業のサポート”に向き合うための施策の一つとして、人材紹介業解禁があるのだと思います。地方銀行が地元企業と関わるときには、お金だけでなく人材の課題も当然出てくるはずですから」
大畑氏は実際に地方銀行関係者と話す中で、地元企業の人材不足に課題感を持つ声を数多く聞いた。そして、Iターン・Uターン転職を希望する都市部の人材はまだまだいるはずだという実感値もあった。
「インフォメーションが足りないのかもしれない、と思いました。名前の知られていない地方の中小企業へ転職するとなると、誰もが不安を抱えるでしょう。そこに『地元銀行が推薦する優良企業』だというお墨付きがあれば、具体的に検討する人が増えるのではないかと考えたんです」
groovesでは2017年から地域銀行との連携を進め、山陰合同銀行、大分銀行などとビジネスマッチング契約を締結。この2月には全国の地域金融系11社との戦略ネットワークを結び、3月には京都銀行、7月には南都銀行とUIターンマッチングについて提携した。9月12日時点では21社との連携を実現している。
一方、転職エージェントは1500人以上、人材紹介会社は500社以上とネットワークを構築。今後も規模を拡大していくという。
「Googleのマーケター」が鹿児島の農業生産法人へ
地方銀行が人材紹介業に参入するにあたって障壁となるのは、求職者を確保することだ。求人ニーズを持つ地元企業をどれだけ知っていても、実際に紹介できる人材がいなければ事業は成り立たない。対個人と対企業、両面での接点を拡大していかなければならないのだ。
groovesは地方銀行の「対企業」における圧倒的な強みに期待している。経営者の考え方や財務状況を知り抜き、潜在的な競争力を見抜いていれば、その企業の将来性を予測できるはず。先々に必要となる人材ピースも特定できるだろう。そうした分析をもとに銀行が「お墨付き」の優良企業を推薦できれば、実際に人材を紹介する全国のエージェントにとっても大きな武器となるのだという。
一方で、地方銀行が「対個人」での強みをすぐに構築するのは難しい。そこで同社は「すでに大量の求職者データを保持しているエージェントの強みを活用する」ことを提案している。地元へ帰りたい、地方へ移住したいという求職者を、「Crowd Agent」で全国から同時多発的に探していくのだ。地方企業にとっては、これまで自社で探しても絶対に出会えなかったような人材を採用するチャンスが一気に広がる。
これはエージェントからも歓迎されるスキームだ。
「地方銀行から紹介された求人を、全国のエージェントに一気に展開し、そこには『○○銀行さんから紹介された求人です』というコメントが入る。人材紹介会社のエージェントはその情報があれば、より求職者へ紹介しやすい案件だと判断できます」
求職者データベースの活用は他社に任せ、地方銀行は優良求人の紹介に徹する。groovesは「地方銀行×人材紹介業」の新たなプラットフォームとしてこの形を提案している。
同社のプラットフォームを通じて実際に人材を採用した企業からは、「都市部からこんな人材が来てくれるなんて」という驚きの反応もあったという。大畑氏は鹿児島県のある農業生産法人の例を紹介してくれた。
このケースで活用されたのは、同じくgroovesが展開するサービス「Skill Shift(スキルシフト)」だ。同社独自の求人媒体で、都市部にいる「副業したい人」を集める。副業なので、地方で働くといっても移住は必要なく、例えば月に2回だけ出勤するといった契約も可能で、経験やスキルを持つ人に応募してもらいやすくなるという。
「販売拡大に向け、マーケターを募集したところ、初日に現在Google社でマーケティングを担当する人材が応募してきました。ちょうど社長の息子さんが東京に来ていたタイミングだったので、すぐ会いに行き、即採用となりました」
この農業生産法人では他の職種も募集し、1カ月で6人の採用に成功した。関西の大手工場に務める会計管理責任者、急成長中のIT企業の人事担当者、大手化粧品メーカーの経営企画経験者など、顔ぶれは多彩だ。いずれも転職ではなく「副業先」としてこの法人と関わっている人たちだが、折を見て現場へ入り、飲み会にも積極的に参加しているという。
こうした事例をさらに広げ、「地方銀行×人材紹介業」のプラットフォームを拡大させていくための準備も進んでいる。
「求人案件に対しては、エージェント側から要求される年収レベルなどの『要件』があります。そうした相場観をデータとしてまとめ、『どの地域で、どんなスキル・経験を持つ人が、どんな条件で採用に至ったか』を地方銀行がいつでも参照できる仕組みを作っているところです」
そう話す大畑氏。当面の目標は、全国約1700市町村すべての求人をプラットフォーム内で紹介することだという。
「地方や地元で働きたい人材は、実はどんどん集まってきています。これからはむしろ、『地方の受け入れ先企業をどこまで増やせるか』が課題となりそうな状況です。働く場所を増やすため、より多くの地方銀行と協業できればと考えています」
ちなみに、金融庁が「銀行の人材紹介業進出」を認める方針を示して以降、groovesには地方銀行からの問い合わせが急増しているそうだ。優秀な人材を呼び込むことが地域活性化につながることは疑いようのない事実。地方銀行は自身の本来のミッションに向き合うためにも、こうした外部の仕組みを活用してみるべきなのかもしれない。
<プロフィール>
大畑貴文
株式会社grooves取締役
2000年4月 大手IT企業入社。本社管理本部にて管理本部長室マネージャー、審査部マネージャー、経理部マネージャー等を歴任。池見幸浩と2004年3月に株式会社groovesを共同創業。
国内初となるクラウドソーシング型人材採用モデルの立ち上げ(現Crowd Agent)、ITエンジニア向け支援サービス「Forkwell」の立ち上げなどHR×Technology領域での事業を展開。
ライタープロフィール
ライター:多田 慎介
求人広告代理店での法人営業やマネジメントを経て編集プロダクション勤務。2015年からフリーランスとして活動。個人の働き方やキャリア形成、教育などをテーマに取材・執筆を重ねている。