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コラム

[第23回] 地銀発のフィンテック企業。銀行にしかない“強み”をフル活用!

更新日:2017年9月28日

ふくおかフィナンシャルグループ(FFG)は、2016年にデジタルマーケティングを行う子会社としてiBankマーケティングを設立した。同社がリリースしたお金管理アプリ「Wallet+」(ウォレットプラス)は、2017年9月現在ですでに22万ダウンロードを突破。うち7割がアクティブユーザーで、アカウント登録数は17万人と大ヒットしている。

本アプリは「使う」「貯める」「借りる」「増やす」といったマネーサービスを一通り備えた上で、銀行が従来測定できなかった「預金の目的」など、非金融領域を含めたユーザー情報を取得し、マーケティング活用できるのが大きな特徴だ。

銀行自らがフィンテック企業を作り、デジタルマーケティングのプラットフォームを構築するに至った狙いとは? 福岡銀行営業戦略部iBank事業室の室長で、iBankマーケティング代表取締役の永吉健一氏にうかがった。

iBankマーケティング株式会社 代表取締役社長 永吉健一氏

iBankマーケティング株式会社 代表取締役社長 永吉健一氏

金利低下・少子高齢化などの逆風が吹く地銀。規模拡大の鍵は「デジタル」にあり

銀行がスマホアプリを作った原点を、永吉氏はこのように語る。

「企画が動き始めた5年前は、まだ日本で“フィンテック”という言葉すら聞かない時代。しかし、当時すでに金利の低下や地方の人口減といった地銀にとって厳しい状況がありました。銀行は“規模(=営業基盤)のビジネス”なので、常にシェアを拡大しなくてはなりませんが、このままでは頭打ちになる。
そこで“銀行をあまり利用しないデジタルネイティブな若い世代の獲得”、“九州という地域にとどまらない規模の拡大”といった課題に本格的に取り組むことにしたのです。そして、時代がPCからスマホに急激にシフトする中、最終的に“スマホアプリ”という結論に至りました」

従来の地銀が行ってきたような営業努力や地域の顧客の奪い合いによる規模拡大には限度があったが、デジタルの世界では面白いサービスさえ作れば地域にとらわれず広がる可能性がある。永吉氏らは生き残りのため、スマホアプリによる新たな「規模の拡大」を目指して戦略を練った。

まず準備段階として、「お客さま起点」でのサービス設計をするために、「若年層」「家計の財布を握る主婦」といったターゲットユーザーへのインタビューを通じて潜在的な課題とニーズを探った。そんな中、「封筒を使ったアナログな家計管理術」で苦労している主婦の話をヒントに、現在のサービスの原型となる構想が生まれたという。

「その方は月々の生活費を用途に応じて封筒に仕分ける家計管理をしていたのですが、何かのお金が足りなくなった際に行う“封筒間のお金の移動”を管理するのが大変だというんですね。でも封筒の代わりにアプリ上でバーチャルな“子口座”を複数作れば解決できる。このバーチャルな子口座をスマホ上で増やせることが『Wallet+』の基本コンセプトとなりました」(永吉氏)

子口座のポイントは、あくまでもバーチャルな口座だということ。現実にいくつもの口座を開設する必要はなく、あたかも封筒を増やす感覚で「食費」「水光熱費」「被服費」といった用途別に子口座を使えるわけだ。

ユーザーは何もしなくても、お金の流れが手に取るようにわかる

収支管理のストレス軽減という意味ではもうひとつ、「デビット決済」の機能が搭載された。福岡銀行のデビットカードをスマホアプリに登録して決済することで、日々の収支がスマホでわかるようになる。この場合、ユーザーは何もしなくても「いつどこでいくら使ったか」というデータが口座情報として残るため、手入力やレシート撮影などで収支を記録する必要はない。

「家計簿系アプリをインストールしてもなかなか長く続けるのが難しいのは、ユーザーが買い物のたびにアプリを立ち上げて、自分で収支を記録するのが手間だからです。『Wallet+』は今のところ家計簿のように細かい部分までは見られませんが、その代わり“何もしなくてもアプリに収支のデータが残っていく”のがポイントです」(永吉氏)

「お金の見える化」を実現し、煩雑な家計管理からユーザーを解放するアプリのコンセプトはこうして生まれた。この収支管理と合わせて「ちょこっと貯金」というシステムも導入。1カ月の「生活設計期間」を設定すると、月に1回「この口座の収支結果」が通知される。このとき、プラスの分の資金をワンタップで貯蓄用の口座に動かせるのだ。

既存の家計簿系アプリでは、月の収支までは表示できても、資金の移動はそれぞれの銀行のインターネットバンキングから手動で行う必要があるため、「Wallet+」の簡便さが際立つ。銀行公式アプリならではのサービスと言えるだろう。

「Wallet+」の画面イメージ

「Wallet+」の画面イメージ

夢への距離が見える「目的預金」と、コンテンツマーケティングの相乗効果

ユーザーは様々な目的に応じてお金を貯めているが、これまで銀行がその目的を知ることはほとんどなかった。それに対し、本アプリの目玉とも言える機能が、ユーザーが設定した夢や目標に向けて貯金ができる「目的預金」だ。
目的預金は、ユーザーが「旅行」「プレゼント」「子育て」など全9つのカテゴリから選び、目標金額と期間を設定することで、専用の子口座が開設される。常に目標までの進捗が可視化され、貯蓄のモチベーションが高まるというもので、同時にいくつも開設できる。

永吉氏は目的預金でユーザーの「貯める目的」が可視化されたことについてこう述べる。

「銀行はお金を預かるというのが本質的な業務。いろんなフィンテックベンチャーが出てきていますが、預金を扱えるのは銀行しかいません。このサービスを始めたことで、お客様それぞれにお金に対する思いやストーリーがあることを再認識できました」(永吉氏)

この目的預金は、従来銀行が持つことができなかった「顧客がなんのためにいくら貯めようとしているのか」という情報を銀行側にもたらしてくれる。それゆえに、ユーザーの貯金進捗に応じて、個々のニーズやタイミングに適したプロモーションを実施できるのだ。お金の背景にある目的やストーリーまで可視化できる点は、iBankマーケティングの大きな強みと言える。

また、目標金額にある程度近づいた段階で、目的に近い業種の提携企業からユーザーにメッセージやお役立ち記事が届いたり、さらにはメッセージを読んだユーザーにその企業が発行するお得なクーポンがプレゼントされたりする。例えば「車」カテゴリで目的預金の口座を開設して貯金していくと、自動車関連の企業からクーポンが贈られるといった形だ。

「『mymo』による情報コンテンツの配信も、そのユーザーがどんな記事を好むのかという関心領域を測定するのに役立ちます。加えて『mymo』はライフイベントに関係するような比較的金額の大きい非日常消費を“喚起”する役割も担っています。各記事コンテンツの最下部には『目的預金を開設する』というボタンがあり、これを押すだけで目的預金の口座を開設できます」(永吉氏)

永吉氏は「Wallet+」のビジネスの本質として、当初の目的だった銀行のシェア獲得やデジタルネイティブ層にチャンネルを持つことと並んで、「提携するパートナー企業への送客やデジタルマーケティングのサポート」を挙げた。

「銀行は多くの顧客を抱えていても、資産額や収支しかわからない。つまり、“なんのために、いつまでに、いくら貯めるのか”、“何に興味関心があるのか”といった“非金融”のデータは手に入りませんでした。その点、『Wallet+』は、コンテンツ配信や目的預金で“非金融要素”にコンタクトできます。貯蓄や消費と紐付いた形でこうしたデータを取得できるのは銀行だけですから、広告プラットフォームとしても価値のあるものになってきていると思います」(永吉氏)

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銀行とお金を中心にデジタルが結ぶエコシステムに期待

「Wallet+」では、デビット決済による「使う」、子口座や目的預金を利用した「貯める」に加え、今年に入ってからは「借りる」「増やす」といった金融サービスの機能を追加した。永吉氏は語る。

「例えばクレジットカードの引き落とし日が近く、口座残高が足りないユーザーには『残高が不足しそうです』という通知を事前に送り、ユーザーはワンタップでお金を借りることができます。また、何かが欲しいのに予算不足で購入できない場合、ユーザーごとの与信枠に応じて『今すぐかなえる』というボタンが出現し、差額分を借りることができます。利息も表示されるので返済の計画も立てやすく、返せる額が口座にあればボタン一つで返済可能です」

これまでも様々なフィンテックベンチャーから金融系のアプリはリリースされたが、ここまで「お金にまつわる全て」を網羅したサービスは他にないと言ってもいいだろう。

「銀行は預金から運用、ローンまでワンストップで提供できるのが良いところですね。銀行の持つ価値を改めてまとめ直し、提供していこうということです」(永吉氏)

また、「非金融」の領域をカバーするために、銀行以外のパートナー企業や業界との連携も不可欠だ。

「『Wallet+』はもはや単なるマネーサービスではなく、お金を中心とした人基盤のプラットフォームです。そのため、金融系以外のサービスもますます必要になります。幸い、銀行には法人のお取引先がたくさんいますし、あらゆる業種をカバーしています。『Wallet+』というプラットフォームを利用していただくことで、より完成度の高いサービスにすると同時に、お互いの顧客基盤を相互に活用し、送客し合うローカルエコシステムを実現したいと考えています」(永吉氏)

そして最後に「他の地銀へのサービスの横展開」について触れた。

「もともとの構想としてあったのが、このモデルを各地域の銀行に提供して使っていただくこと。福岡の方なら福岡銀行の口座を登録してご利用いただけるように、各地のユーザーが自分の住む地域の銀行口座でこのモデルを利用できるようにしたいんです。まずは同じFFGの熊本銀行(熊本)と親和銀行(長崎、佐賀)でこのモデルの横展開を10月から始めます。今後さらに多くの銀行に参加していただき、みなさんと力を合わせながら、このデジタルマーケティングを加速させていきたいですね」

<プロフィール>
永吉健一:株式会社ふくおかフィナンシャルグループ 福岡銀行営業戦略部 iBank事業室 室長、iBankマーケティング株式会社代表取締役。最初は福岡銀行の支店勤務に始まり、主に福岡銀行本部の企画部門で数多くの企画に携わる。2007年のふくおかフィナンシャルグループ設立時は、熊本ファミリー銀行(現在の熊本銀行)、親和銀行との経営統合の検討からPMIまでを担った。その後、自ら企画したiBank構想を事業化するにあたって設立した新会社の代表取締役に就任。

ライタープロフィール

ライター:上野 俊一
ゲーム雑誌編集者、音楽制作雑誌編集者、VR雑誌編集者、フリーライターを経験。特にデジタルエンタテインメント分野に詳しい。最近はFinTech関連の記事を多く執筆している。


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