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コラム

[第19回] 日本の金融改革が目指す方向性とは? 経産省「FinTechビジョン」を読み解く

更新日:2017年6月22日

AIやIoTなど、最新のテクノロジーを駆使して革新的な金融サービスを提供する「FinTech(フィンテック)」。世界中でその流れが加速する中、経済産業省は2016年7月より「FinTechの課題と今後に関する検討会合」を開催し、FinTechに関わる実務者や有識者なども交えて活発な議論を行ってきた。そして2017年5月8日、検討会合での議論を踏まえながら、FinTechが経済に与えるインパクトや課題、今後の政策指標についてまとめた報告書「FinTechビジョン」を公表した。本コラムでは同報告書の中から、特に銀行の未来に関わるポイントを抜粋して紹介。政府が見据える金融イノベーションの方向性を考察する。

海外の成長速度に遅れをとる日本。日本の金融機関ならではの課題を指摘

「FinTechビジョン」の冒頭では、FinTechによってもたらされるものを「あらゆる経済活動の裏にある“お金”のかたちが変わり、その流れが変わり、信用やリスクの捉え方が変わり、それらを支える担い手が変わる」と表現している。これはつまり、お金のかたちが現金からクレジットカードや電子マネーに変化し、インターネットやスマートフォンを介して新しいお金の流れが生まれ、それに伴って新たな信用のあり方やリスクの考え方が求められるようになったということ。 そして、「それらを支える担い手」とは、「ビッグデータ解析や、AI、ブロックチェーンといた技術を駆使して、既存の金融サービスのユーザーが抱える課題を解決し、新たな価値を提供しようとする新興企業」=ベンチャー企業のことを指している。

同報告書によれば、「世界のベンチャーキャピタルによるFinTech企業への投資額(件数)は、2011年に14億ドル(300件)だったものが、2016年には136億ドル(840件)にまで増加」。中には「調達額10億ドルを超える企業も相当数存在」し、「それら企業の多くは2000年以降に登場した振興企業である」という。さらに、単なるFinTechサービスの提供にとどまらず、「新たな金融のプラットフォーム、あるいは社会インフラを提供するに至る企業も現れている」と分析するなど、FinTech分野におけるベンチャー企業のインパクトの大きさを評価している。

一方で、こうしたベンチャー企業の隆盛が、「これまでの金融機関のビジネスモデルを大きく揺さぶっている」点についても指摘。既存の金融機関の事業のうち、33%がFinTechに代替され、2025年までに銀行の主要業務で収益が10〜40%喪失するリスクがあるとの予測が示されている。

経済産業省主催の検討会合においても、今後の金融機関の経営戦略のあり方について活発な議論が行われた。具体的な課題としては、「超低金利(マイナス金利)の環境下で、これまで構築してきた店舗網やITシステム等の固定費用が収益を圧迫し、FinTechの新たな動きへの適応を難しくしている」という指摘が、金融機関の経営者などから相次いだという。

この問題には、日本の金融機関ならではの事情も関係しているようだ。同報告書によると、「日本の金融機関のIT関連費用は欧米の金融機関とそれほど変わらない一方、その内訳としてシステムの保守に充てる割合が非常に大きく、新規投資の割合が欧米の金融機関に比して小さい」点、さらに日本は「金融機関システムの信頼性や安全性に対する利用者の期待水準が高い」点、「金融機関のITシステムが信頼性を重視した密結合のシステムになっているため維持管理の比率が高い」点などから、欧米に比べて「変化への対応が遅れがちである」と分析している。

それに対する解決策としては、「これまで積み上げてきた安全かつ安定的な金融システムやブランドの維持・活用を図る方策も必要」「APIやブロックチェーン技術を応用した新たなシステムへの転換を図っていくべき」「自社のみならず外部の様々な資源を視野に入れて自らの持つ機能を最大限に発揮する方策を常に考えることが必要」「ベンチャー企業との連携にあたっては、金融機関のブランドによって信用補完を行うことができる面もあるのではないか」などの意見が挙がったと報告している。

同報告書に通底しているのは、世界的にはFinTechが単なるサービスの提供のみならず、新たな社会インフラを構築するなど社会全体にイノベーションをもたらすような大きな潮流が生まれているのに対し、日本ではまだそれほど大きな変革が起きておらず、模索段階にあるという認識だ。「世界の動きに遅れることなく、日本においても、FinTechを原動力としたイノベーションが次々に生まれ、経済・社会の課題を解決し、新たな社会価値を生み出していくための方策を見いだしていく必要がある」と明記しているとおり、今後は世界水準かつ日本特有の課題に即した形で、国を挙げてFinTech分野の発展を推し進めていくことが予想される。

中小企業の収益向上に、FinTechが大きく貢献する可能性

「FinTechビジョン」では、目指すべきFinTech社会の姿を、個人と企業、それぞれの立場から描いている。個人の生活においては、キャッシュレス決済の普及により、「消費活動に係る時間や費用が様々な形で効率化し、利便性が向上する」とともに、「現金を持ち運ぶことなく、セキュリティが確保された決済方法を利用できるようになることで安全性も高まる」点が期待されている。さらに、「自らの消費情報を自動的に収集、管理」することで資産状況が「見える化」できるようになれば、「家計管理や貯蓄、個人ローンなどをより合理的に選べるようになる」と、消費生活の高度化や活性化をもたらすと分析している。

一方、企業、とりわけ中小企業においては、人手不足・人材不足の問題解決にFinTechが力を発揮することが期待されている。そのひとつとして、「クラウド会計・経理サービス等のクラウドITツールは、中小企業における財務・経理等のバックオフィス業務を自動化、効率化、リアルタイム管理を実現する」と述べ、希少な人的資源の活用に貢献すると提言している。
実際、さまざまな産業でクラウドITツールの導入は増えつつある。例えば、株式会社マネーフォワードは自治体や商工会議所と連携して、クラウドサービスを中小企業に導入促進するプロジェクトを開始。同プロジェクトには銀行が加わるケースもあり、産官金が手を取り合いながら、地方中小企業の生産性向上に取り組んでいる。

中小企業の生産性を高める施策のひとつとして、クラウドサービスを活用したキャッシュフローの「見える化」も重要な点に挙げている。従来、企業が融資を受けるには決算書や財務諸表が審査の対象になるため、設立してまもない企業や成長過程にある中小企業が資金練りに苦労するケースが多く、審査に要する時間も障壁となっていた。それに対し、取引実績や在庫量といったリアルタイムの商流を融資審査の対象とすることで、資金調達の方法は多様化し、かつ迅速に融資を受けたい企業のニーズに応えることができる。

先行事例としては、住信SBIネット銀行による中小企業向けトランザクションレンディング「レンディング・ワン」を紹介したい。これは、SBI AXES株式会社およびその子会社である決済サービスプロバイダの株式会社ゼウスと連携してスタートしたサービス。住信SBIネット銀行に法人口座を持ち、かつゼウスとの所定の契約プランに基づき、1年以上取引のある法人が利用可能で、ゼウスの取引データを審査対象にすることで、決算書などの書類提出や代表者保証は一切不要。さらに無担保・無保証で最短即日融資を実現している。同行は、今後ゼウス以外にも提携先の拡大を検討しており、将来的には提携先サービスの利用がない事業者にも融資可能なシステムを構築することを目指している。

経済産業省は、このようなFinTechサービスを活性化していくことで、「日々変動する所要運転資金を含む債権債務もリアルタイムで把握できるようになり、企業間取引と信用の効率化が実現できる」と述べている。

FinTech社会の実現に向けて。注目すべきは「オープンAPI」

FinTech社会を実現するため、経済産業省は「キャッシュレス決済比率」「バックオフィス業務のクラウド化率」「サプライチェーンの資金循環速度(SCCC)」という3つの政策指標を設定。「現状維持の延長線上にあるシナリオではない。FinTechイノベーションを起こす起業家精神を持った人々が力を存分に発揮し、官民のあらゆる資源を効果的・効率的に活用することでようやく実現を目指すことができるシナリオである」と述べているように、ベンチャー企業をはじめとする新興勢力、政府や自治体、金融機関を含む民間企業の協働によるシナジーを期待していることがうかがえる。

具体的な政策対応(FinTechビジョン)としては、「(1)FinTechの前提条件となるデータ環境を整えキャッシュレス社会を実現すること」、「(2)“お金”の流れに関わるすべての取引をデジタルで完結すること」、「(3)そのような基盤の上でFinTechによる企業の経営力・生産性改革を促進すること」、「(4)FinTechによるイノベーションを次々に生み出す環境づくりをすること」を掲げている。

中でも、(2)は銀行にとって特に注視すべき項目だ。政府は大きく分けて「本人確認」「行政手続」「金融サービス」の3つについて、それぞれデジタル完結の実現に向けた基本的な方向性を示している。

「本人確認」および「行政手続」デジタル完結の方法としては、マイナンバーカードの活用、スマートフォンへの公的個人認証機能の格納、行政データのオープン化などが検討された。
「金融サービス」デジタル完結の方法としては、オープンAPIとブロックチェーン技術の促進を目指している。オープンAPIは、ユーザー利便性の向上はもちろん、APIを開放する金融機関などにとっても、「新規サービスの創出や自らのサービスへの誘導、セキュリティの向上、自社以外のデータの活用、コスト削減等、大きなメリットをもたらす可能性がある」という。

すでに銀行のオープンAPIの促進に関しては、電子決済等代行業社(FinTech企業)の取り扱いルール(登録制の導入・利用者保護のための体制整備・情報の安全管理など)について、銀行法などの一部を改正する法律案が2017年5月26に成立。

さらに、同報告書では「銀行によるオープンAPIにおけるセキュリティ、利用者保護、APIの仕様の標準化、今後の取組等について討議」、「クレジットカード業界におけるAPI連携によって創出されうるビジネス、それに伴うセキュリティ、利用者保護、APIの仕様、政策的対応等のあり方を検討」、「ブロックチェーン実験用のプラットフォームの運用を開始し、これを核として、FinTech企業や金融機関等が連携・協働して、電子記録・債権取引の高度化や本人確認の効率化、決済・物流情報の管理等の実証実験に着手」などの方向性を掲げており、国を挙げて金融サービスのデジタル完結に力を入れていくことは間違いない。

FinTechの現在地を伝え、政府として目指すべき方向性を示した「FinTechビジョン」。世界的な規模で進む金融革命に対し、日本の金融業界も消費者や企業の側に立って、最新技術を取り入れながら新しいサービスを提供することが求められている。個人の消費生活や資産形成の充実、企業の生産性向上や資金調達の円滑化のために、金融機関にできることはきっと多いはずだ。

参考文献:経済産業省(2017)『FinTech ビジョン(FinTechの課題と今後の方向性に関する検討会合 報告)』

ライタープロフィール

ライター:松山 響
大手広告代理店や電気通信事業者のオウンドメディアにて、取材・ライティングを担当する。若者の実態調査、地方創生プロジェクトに関する記事を継続して執筆。また、生協の週刊情報誌の編集に創刊から携わり、食と安全にも明るい。


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