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AI画像認識で深刻化する社会インフラの課題を解決

社会インフラの急速な老朽化が懸念されています。道路や橋、トンネルといった日本のインフラ設備は、高度経済成長期に集中的に整備されたものが多く、今後20年で、建設後50年以上を経過する設備の割合が加速度的に高まる見込みです。私たちの安心で安全な社会生活を維持するためにも、インフラの更新を進めると同時に、日常の点検業務に基づく戦略的な維持管理が求められています。その一方で、少子高齢化による労働力人口の減少が影響し、インフラを支える人材の不足が深刻化しています。そこで、限られた人材でインフラの点検や維持管理の業務を適切かつ効率的に実施する手法として、AIによる画像認識技術の活用に期待が寄せられています。
ここでは、東芝の長年にわたるAI技術の研究・開発のノウハウを応用し、高速道路における点検業務の高度化を目指す取り組みについてご紹介します。


社会インフラの老朽化、点検業務の人材不足は深刻な社会課題


社会インフラと一口に言っても、その中には、一般道路や高速道路、トンネル、橋、ダム、上下水道、送電網、空港など、私たちの暮らしを支えるさまざまなインフラ設備があります。従来は、点検業務に熟練した作業員を中心に、設備のひび割れや壁面のはがれ、損傷などを「人」が目視で確認して報告し、補修を行うことで、大きな事故を未然に防いできました。ところが近年は、インフラの老朽化が加速している一方で、その維持や管理に肝心な点検業務を担当する人材の確保が困難となり、設備の保全を行う現場は逼迫(ひっぱく)しています。

例えば、高速道路の場合、一般道路に比べて車両がスピードを出して走行します。特に二輪車は、路面にあるわずかな穴や段差でも、そこにハンドルを取られてしまうと重大な事故につながる恐れがあります。車両の安全な走行を確保するためには、少しでも早く路面の変状を発見し、補修することが重要です。

現在、緊急性の高い路面の変状の発見とそれを補修する機会が多いのは、交通状況の把握や、落下物や事故の対応などのために、日々、パトロールカーで高速道路を巡回している交通管理隊です。さらに、点検を専門とする点検員も定期的に点検車両で巡回し、道路や構造物の点検を行っています。いずれも、車両の中から目視で確認し、変状を発見した際には、変状のあった近辺まで戻り、安全に停車できる場所を探して降車し、実際に確認したり写真を撮影したりした上で、緊急性の高い変状については、道路管制センターへの通報と緊急補修を行います。

この方法では、変状を実際に確認するまでに時間を要する、また点検結果が各点検員の経験やノウハウに大きく依存する課題がありますが、点検を担う現場では、限られた人材を工夫して配置し、点検業務を遂行することで精いっぱいな状況です。こうした実情から、後継者の育成や新しいサービスの立案・実現といった、先を見据えた取り組みへと人材を充当することが難しくなっています。

ほかの社会インフラと同様に、高速道路の現場でも、設備の維持管理や更新による業務の増加や、人材不足が深刻化しており、これらの解決が強く求められています。


NEXCO中日本と点検業務の高度化に挑戦


中日本高速道路株式会社(以下、NEXCO中日本)では、関東・東海・関西の三大都市圏を結ぶ東名高速道路、新東名高速道路、名神高速道路、そして新名神高速道路など、総延長が約2200キロメートルに及ぶ高速道路を管理されています。その管理対象には、約6000本の橋や約440本のトンネル、約25万灯の照明、約3800面の道路情報板といった膨大な種類や数の設備も含まれます。管理する高速道路の約6割が、開通してから30年を超え、またその中には50年を超えるものがあるなど、道路の老朽化も進んでいます。

200万台近い車両が高速道路を日々利用する中において、2019年度には、ポットホール(路面に空いた穴)の発生が3200件にのぼりました。

このような状況において、24時間365日、安全で安心・快適な高速道路を支えるために、NEXCO中日本は、次世代技術を活用した革新的な高速道路保全マネジメント「i-MOVEMENT(アイムーブメント)」を推進しています。これは、デジタル技術をはじめとする先進の技術を活用し、さまざまな社会課題や環境の変化に対応しながら高速道路モビリティを進化させる取り組みです。さまざまな技術実証に積極的に取り組み、業務への導入も行われています。

その一環として、NEXCO中日本と東芝とで現在取り組んでいるのが、AIの活用による日常点検の高度化です。東芝の画像認識技術を使って、高速道路の異変を発見する精度を高め、点検業務の効率化や早期の修繕を目指しています。

具体的には、NEXCO中日本が日々の交通管理で使用する車両の前後左右にカメラを取り付け、走行しながら路面の状態を撮影します。撮影した映像は、車両に搭載したAI分析システムに自動的に送られ、その場で路面の変状を検出します。もし補修の緊急度が高いポットホールなどが見つかったときには、道路管制センターに変状の検出画像と位置情報を通知して、速やかに交通規制や補修作業を行えるようにするというものです(図1)。

このようにして、蓄積した画像と位置情報のデータは、保全・サービスセンターにおいて、AIによる変状の検出結果の評価(AIモデルの評価)や、検出精度のさらなる向上に向けたAIモデルの再学習のための教師データとして利用します。

このシステムの活用により、車両にカメラなどを搭載するだけで、点検員の経験やノウハウに依存することなく、路面の変状を発見できるようになります。また、これまで人の目が行き届きにくかった箇所にある変状を発見できたり、変状を発見した際に高速道路上に降車して実施していた現場の撮影が不要となって交通管理隊や点検員の安全性を高めたりすることにも効果的です。しかも、これまで点検員が定期的に行っていた、専門性が高くないと、変状と捉えるのか、緊急性はどうかなどの判断が難しい変状の確認も含めて、車両で点検できる体制が整えば、限られた人材による効率のよい点検となり、従来よりも点検の頻度を上げられるようにもなります。

これらの結果、人でしか判断できない高度な点検業務や、点検業務ではない別のサービスや業務に人材を配置できるようになることにも期待が高まっています。


東芝が誇る独自のAI画像認識技術


ここからは、AIを活用した当社の画像認識技術の特長を紹介します。

路面の変状を検出する画像認識には、東芝独自の「弱教師学習を用いた路面変状検知AI」を採用し、教師データの作成を省力化している点が特長です。通常、AIに学習させる教師データの作成には、画素単位で色を塗って道路の損傷箇所などを教示する必要があるため、画像1枚あたり1分40秒ほどの作業時間がかかります。また、AIの精度を高めるためには多くの教師データを使って学習させる必要があることから、大量な教師データの準備に膨大な時間を要します。

これに対して、東芝の路面変状検知AIにおける学習方式では、道路の損傷などの有無を画像単位で教示(ラベル付け)するだけで異変の位置を含めて学習できるため、教師データの作成にかかる画像1枚あたりの作業時間を1秒ほどに短縮できます。この方式は、「弱教師あり学習」という、教師データが少なかったりラベル付けが不十分だったりしても機械学習ができる手法をベースに開発したものです。これにより、教師データの作成にAIに関する専門的な知識が不要となるため、例えば、業務知識を持つ点検員などが運用中に見つけた変状の画像を使って自ら教師データを作成できるなど、効率的なAIの開発が期待できます(図2)。

NEXCO中日本にも、この教師データを簡便に短時間で準備できることで、AIの高精度化、それによる日常点検の効率化と高度化に期待が持てる点を評価いただき、実業務への採用となりました。


導入に向けて当社の技術やノウハウを集結


日常点検の高度化を目指した活動は、導入検証の段階まできました。高速道路の保全管理業務へのAIシステムの導入に向けて、当社は、これまでに培ってきたAI技術やノウハウはもちろん、実績のある当社のサービスを最大限に活用し、検証環境を構築しました。

検証環境の構成は次のとおりで、STEP1からSTEP3まで段階的に検証システムの開発を進めました(図3)。

まずSTEP1では、推論と学習を行う環境を整備しました。車両で撮影された路面の映像をAIで分析し、その結果が正しいのかどうかを知識とノウハウを持つ点検員が確認することで、AIモデルを評価します。AI分析により変状が検出された画像はツールを活用して効率的に仕分け、教師データとして蓄積してAIモデルの再学習に使用します。再学習済みのAIモデルで、新しく撮影された路面の映像を分析し、その結果の検証、教師データの蓄積、再学習という一連の流れを繰り返し、AIの精度を高めていきます。教師データの切り出しや学習処理は、AIに精通していない人でも操作ができるように、東芝アナリティクスAI「SATLYS」が提供するサービスなどを活用しています。

次のSTEP2は、路面の映像を撮影している車両の中で、AI分析を行う取り組みです。STEP1で開発した学習済みのAIモデルを使ってその場で路面の変状を検出し、最優先で補修するべき変状を瞬時に判定する仕組みを構築しました。

そして最後のSTEP3は、STEP2で得た情報を即座に道路管制センターに通知する仕組みの構築です。通知にあたっては、実績のある当社の「RECAIUSフィールドボイスインカム」を採用しました。これは、スマートフォンをインカムやトランシーバーのように利用するためのアプリケーションで、音声認識や音声合成の機能により、音声と同時にテキストでも通知したりセンサーなどの情報を合成音声で伝えたりできるものです。今回は、路面変状検知AIが検出したアラームを道路管制センターに通知する役割を担います。通知した情報が音声とテキストで保存されることから、聞き逃しがあった際や振り返りたい場合にも確認ができるため、伝達の抜けや漏れを減少させることが可能となります。

AIの精度を高めるためには、良質な教師データが重要になります。そこでNEXCO中日本がこれまでに行ってきた点検記録を基に、実際に点検した場所と車両で撮影した最新の車載映像およびその位置情報を照合することで、映像内にある変状箇所を特定し、教師データとして切り出すことも行っています。路面の変状を一つひとつ見ると、大きさや形、深さなどさまざまなパターンがあり、また修繕する緊急度も異なるため、それらの判断には点検員のスキルが欠かせません。そこで点検員に確認しながら変状箇所を特定しつつ、良質な教師データを作成してきました。こうして得られた教師データを活用し、変状の検出精度をより高めたAIモデルにアップデートしています。

更新された最新の学習済みAIモデルは、路面変状検知AIに実装され、車両における変状の検出精度も高まっていきます(図4)。車両で検出された結果もSATLYSによって一元的に管理されるため、点検員による確認や教師データとしての活用も可能です。

現在は、ポットホールの検知に特化して検証を進めていますが、今後は、AIのさらなる精度向上や、車載にマッチした実装形態の検討、検出した変状への的確な対応に貢献するAIシステムの設計、点検業務のさらなる効率化や高度化を目指した技術や機能の検討などを進めていきます。

そしてもちろん、路面の穴やひび割れだけでなく、法面(のりめん)の亀裂や標識の損傷、転石、樹木の倒れ込みなどについてもAIで検出できるように、その対象を広げていきたいと考えています。

私たちはこれからも、東芝の技術力を生かし、安心・安全な社会に欠かせない重要な社会インフラの質の向上や業務課題の解決に貢献していきます。

社会インフラ向けAI画像認識の提案・商品化を推進している東芝デジタルソリューションズ社員。(左から)高野 歩芳,和氣 正秀,田中 葉月
  • この記事に掲載の、社名、部署名、役職名などは、2023年9月現在のものです。
  • 本文章に記載されている社名および商品名は、それぞれ各社が商標または登録商標として使用している場合があります。

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