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Vol.29 システム製造業から価値創造業へ 価値共創を目指すソリューションセンター

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#02 「安心・安全・正確」に続く、新しい価値を 鉄道システムにおけるバイモーダルITへの取り組み 東芝デジタルソリューションズ株式会社 吉田 弘樹

鉄道システムは乗客を安全に運ぶために、信号や列車の監視制御に高い品質が求められる一方、大量の情報を迅速に処理して現業社員に提供する複雑なシステムで構成されています。どちらにも共通して求められるのは「安心・安全・正確」であり、システムの安定性と確実性が重視されてきました。しかし、人口の減少や高齢化など日本の社会環境が変化するにつれて、鉄道会社においても輸送量の拡大や沿線の開発だけに頼らない新たなビジネスモデルを創出する取り組みが始まっています。鉄道会社のシステムを長く支え続けてきた東芝デジタルソリューションズでは、世の中やお客さまのこうした変化に対応。鉄道業界において、安定性や信頼性を重視して業務の効率化を目指す従来のSoR*はもちろん、柔軟性と俊敏性を重視し、新たな価値を創造してビジネスの変革を目指すSoE*にも力を入れた「バイモーダルIT」の実現を目指しています。

*SoR:System of Record,SoE:System of Engagement

外とは距離を置く鉄道システム

時間ぴったりに駅に到着して、目的の駅まで時間どおりに連れていってくれる。「国民の足」と呼ばれ、安全で正確な運行で定評のある日本の鉄道システムを、東芝は長年にわたり支え続けてきました。

当社が主に手掛けているシステムは、当日の列車の運行状況を監視し、ダイヤに基づき信号や列車の進路を自動的に制御する「運行管理システム」、ダイヤを作成するとともに、車両の運用と編成、点検計画、乗務員の運用計画を作成し、それらの情報を駅や車両基地など関係各所に伝達するなど、列車の運行の礎となる「輸送計画システム」、そして車両に電力を供給する送変電設備を監視制御する「電力管理システム」の3種類です(図1)。

図1 東芝デジタルソリューションズが担う鉄道システム

いずれのシステムも社会基盤として重要な鉄道事業を支える使命を担うため、「しっかり作って、きっちり運用する」ことが重要視されています。しっかりとした計画を立てて確実に実行をしていくウォーターフォール型の開発手法により構築される安定性・信頼性を重視した高品質のシステム、いわゆるSoRです。

輸送計画システムは、鉄道会社が所有されている施設内に専用のサーバーを立てて運用されます。ほんのわずかな不具合が列車の運行の停止に直結する運行管理システムや電力管理システムは、数十人規模という多くの技術者が関わり、他の鉄道会社との乗り入れを含めた列車のあらゆる走行パターンを洗い出して設計し、試験を行い、品質第一で開発を行います。

世の中で急速に普及しているパブリックなクラウドサービスは、鉄道システムにはまだ積極的に取り入れられていません。「安心・安全・正確」を鉄道会社が自ら担保する必要があるからです。

例えば、列車の運行や車両の編成、乗務員の運用などの計画を立てる「計画系」の業務に対して、列車の走行状態に合わせた運転の整理や、配車と乗務員の管理をリアルタイムに行う「当日系」と呼ばれる業務があります。当日系の業務では、本社や支社などのオフィスと駅や車両基地などの現場拠点との迅速なデータ連携が必要なため、クラウドを導入する選択肢もあります。しかし、ダイヤや変電所、ICカードなど、取り扱うデータが非常にセンシティブであるため、インターネットから直接アクセスできる場所にあるクラウドにデータを置くこと自体が難しいと判断されています。これは、鉄道システムが社会に与える影響の大きさとのトレードオフになっています。

変化より確実性や安定性が求められている鉄道システム。システムインテグレーターとその技術者には、蓄積した業務ノウハウを基盤に、伝統的な手法による品質の高い統率の取れたプロジェクトマネージメント力が求められてきました。しかし、こうした傾向に昨今、少しずつ変化が現れてきています。

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「大量輸送」の限界。求められる新たなビジネスモデル

吉田 弘樹

鉄道会社はこれまで、人口の増加とともに顧客を増やして売り上げを拡大してきました。線路を複線化し、ダイヤを可能な限り切りつめ、車両の室内空間を広げて定員数を増やすなど、少しでも多くの乗客が快適に移動できること、また駅構内の充実や沿線の地域の発展にも注力してきました。しかし少子高齢化が進み、最大の顧客であるビジネスマンや学生、沿線住民といった列車や施設の定期的な利用客が減少。大量の輸送や沿線の開発だけに頼るビジネスモデルだけでは徐々に限界を迎えています。他の産業と同様に、鉄道会社にも社会情勢の変化を念頭においた新たなビジネスモデルの開発が必要になってきたのです。

そこで各鉄道会社は、乗客や沿線の住民に対して「安心・安全・正確」に加えて、快適で利便性の高い体験価値を提供する新たなサービスの創出に取り組んでいます。この新たな領域においては、各社ともクラウドなどの先進のデジタル技術の活用や、時刻表や乗車率、駅の混雑度合いなどのデータのオープン化を積極的に行おうという意欲も高く、SoEにも取り組み始めています。イノベーションを実現するために自社単独ではなく異なる視点を入れるため、ベンチャー企業との共創やベンチャー企業への支援を通じてオープンイノベーションに取り組んだり、アプリコンテストを開催してビジネスプランの一般公募を積極的に行ったりする動きもあります。例えば、乗車している列車の位置情報と連動してストーリーが展開していくゲームや、列車の発車時刻や到着時刻、乗換路線の発車時刻などが一目でわかるアプリ、スマートフォン版のスタンプラリーなど、乗客に便利さや楽しさといった新しい体験価値を提供するアプリがいくつも寄せられています。これまでSoRの鉄道システムではなかなか出てこない斬新なアイデアも求められます。

また、鉄道を降りた後に目的地まで移動するために利用が見込まれるレンタカーやタクシー、バス、最近利用する人が増えているレンタサイクルなどを提供する企業と連携し、シームレスな移動体験を提供する「MaaS*」への参入も活発化しています。観光や出張、病院に通院されている方もスマートフォンのアプリひとつで、必要性に合わせてタクシーやレンタカー、近くのホテルなどの手配や決済が、簡単あるいは自動的に行えるような、利用者が主体となった最適な移動サービスが、今後提供されるようになるかもしれません。

*MaaS:Mobility as a Service

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鉄道の新たな価値創出を目指す

利用者視点のサービス開発に本腰を入れ始めた各鉄道会社に対して、当社は一体何ができるのか。私たちの強みは長年にわたり培ってきた鉄道事業に関する知見と、ものづくりや幅広い産業分野で鍛えられたIoT*やAI*、クラウドなど先進のデジタル技術だと考えています。これらの知見や技術、さらには信頼関係を最大限に活用して、お客さまと共に価値あるサービスの開発と提案を積極的に進めていこうと考えています。

*IoT:Internet of Things(モノのインターネット),AI:Artificial Intelligence(人工知能)

実際に、東芝インフラシステムズの鉄道システム事業部と共同で、鉄道分野におけるさまざまな自動制御化を検討しています。将来、働き手不足が懸念される中で、これまでは人手に頼らざるを得なかった業務にも自動化の流れがきています。乗務員の乗車勤務の割り当てを行う乗務員運用システムのような、「ひと対ひと」に関する計画や制御はまだまだ課題も多いのですが、「ひと対列車」においては、例えば運行監視や運転整理と呼ばれる機能にデータ収集や統合管理、AIによる分析などを活用できないかといった取り組みを進めています。メンテナンスの領域と異なり、オペレーションの領域では、これまでセンシングした値をその場の制御には利用しても、それらの値や制御内容をデータとして保存する機能がありませんでした。制御性能の向上や自動化に向けて、これらのデータを蓄積し、活用する取り組みを行っています。

また、東芝インフラシステムズのセキュリティ・自動化システム事業部とは、駅業務における運賃計算機能をクラウドに持たせるシステムの研究に着手するなど、先進のデジタル技術を活用して鉄道の快適性と利便性をより高める取り組みを推進しています。

さらに当社のソリューションセンター全体で行われている共創型のSI技術者を育成する研修*にも積極的に参加しているほか、「鉄道にどういった機能やサービスがあったら嬉しいのか」を利用者の視点でディスカッションするアイデアソンを開催するなど、新たな価値を創出することに積極的な風土の醸成にも取り組んでいます。

*共創型のSI技術者育成研修については、#01で詳しくご紹介しています。

大きく変化を始めた鉄道事業。東芝デジタルソリューションズでは変わることと変わらないことの見極めを大切に、「安心・安全・正確」を求めるSoRの開発と、従来とは異なる視点で新しい価値を共創するSoEへの取り組み、さらにはこれらSoRとSoEを共存、連携させたバイモーダルITを推進。常に先のニーズを見据え、先進のデジタル技術と鉄道事業に関する知見を総動員し、お客さまと世の中が鉄道に求めていることの両方をきちんとカタチにしたシステムやサービスを実現していきます。

※この記事に掲載の、社名、部署名、役職名などは、2019年4月現在のものです。

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