AI技術により社会課題を解決
~東芝独自のAI画像認識技術と現場への導入・運用を支えるサービスで、社会インフラの業務高度化を推進~

イノベーション、経営

2024年3月11日

2023年11月28日と29日にオンライン開催された「TOSHIBA OPEN SESSIONS 」。「AI技術の社会実装に挑む~AI画像認識による社会インフラの業務高度化の取り組み~」と題したセッションでは、東芝のAIプランニング、AI研究開発、AIシステム開発に携わる3人のメンバーが登壇。NEXCO中日本様の高速道路の点検業務の高度化に向けたAI画像認識技術の実証例を通して、東芝がAIの社会実装に向けてどのように取り組んでいるかを紹介した。

高速道路にできた穴の有無を学習するだけで、穴の位置まで検知する画像認識AIの仕組み

和氣:
本日はAI技術の社会実装についてのセッションをご視聴いただき有難うございます。私は東芝デジタルソリューションズで社会インフラ向けのソリューション事業を担当しております。はじめにAI技術の社会実装の実証事例として、我々がNEXCO中日本様と共に行っている、画像認識AIを使った業務高度化の取り組みについてご紹介します。

東芝デジタルソリューションズ株式会社 ICTソリューション事業部
社会インフラソリューション技術部 シニアマネジャー 和氣 正秀

NEXCO中日本様は、高速道路の安全確保のために日々道路の点検を行っています。舗装には「ポットホール」と呼ばれる穴ができることがあり、車の通行や安全に影響してしまうため、パトロールカーで道路を巡回し、ポットホールを見つけると目視で確認し、降車して写真を撮り、事務所に連絡して緊急判定会議を実施してから、緊急対応を行うという流れで業務を行っています。

この業務を高度化するため、パトロールカーに搭載したカメラで撮影した路面画像から画像認識AIで緊急補修が必要な変状箇所を自動検知し、リアルタイムに道路管制センターに発報する仕組みを開発しました。これにより、緊急補修までの時間を短縮するとともに、パトロールカーから高速道路に降りずに点検が行えるようになるため、点検員の安全確保にもつながります。

とはいえ、AIを用いると課題も出てきます。NEXCO中日本様は、ポットホールだけでなくさまざまなものを点検しており、点検項目数が非常に多いため、それらに合ったAIモデルを作るにはAIの学習に非常に手間がかかってしまいます。そこで、東芝が開発した独自のAIを提案しています。

具体的には画像中の変状の有無のみを学習するだけで、変状位置までを検知する「弱教師あり学習」という方式です。これにより、運用中に見つけた変状画像を手間なく学習させることができます。このAI技術を開発した東芝 研究開発センターの野田さんに、開発のきっかけや技術的なポイントなどについて話を聞きたいと思います。


手間なく学習してどんどん賢くなっていく「弱教師型AIモデル」や、学習が不要な新しい画像認識AIを開発

野田:
日常点検で検知したい項目は多様で、それぞれに対するAIモデルを学習させるには大変な手間がかかります。日常点検では、画像の中に異常が有るか無いかだけでなく、どこに変状があるかを検知することが重要となっていました。例えば「どの車線の」「何km地点の」「どの位置に」変状があるという教示作業が求められ、画像内の該当箇所に色塗りをする作業を、膨大な学習画像に対して行うことは非常に大変でした。

株式会社 東芝 研究開発センター 知能化システム研究所
メディアAIラボラトリー エキスパート 野田 玲子

そこで我々は、学習の手間をなるべく削減し、簡単にAIモデルを作ることができる技術を開発しました。変状位置を教示する必要がなく、画像中の変状の有無をより分けるだけで変状位置まで可視化できる「弱教師型AIモデル」を開発したのです。画像に変状が有るか無いかだけをより分ければよいので、作業時間を約100分の1に短縮できるようになります。また、簡単に学習データを作成でき、追加学習できるようになるため、手間なく学習してどんどん賢くなっていくAIモデルを作ることも可能になります。

AIモデルを作成して実際に現場に適用しようとすると、例えば、異なる天気や季節、補修後の路面や新しい路線など、学習したモデルと異なる環境では精度が落ちてしまうという問題があります。しかし、我々の開発した手法を使うことで、天気や環境、現場が変わった場合でも簡単に追加学習を行うことができ、それに適応した精度の良いAIモデルを作ることが可能となります。現場で運用しながら、負担なくAIを賢くし続ける仕組みを提供できると考えています。

我々は、AIモデルを学習する際に現場で運用されるお客様に簡単に手間なく使っていただくことを念頭に技術開発を行っています。ほかにも、さまざまな現場に簡単に適用いただける画像認識AI技術を開発しています。「Few-shot物体検出」は、例えばヘルメットを検出したい場合に、1枚のヘルメットの画像を登録するだけで、学習することなく、画像中からヘルメットを検知できる技術です。

また、今回ご紹介した路面変状検知と同様に、画像中から異常を検知する「差分検知型画像異変検知」もあります。これは学習が全く必要ない技術です。あらかじめ正常画像を登録しておき、そちらと点検画像を深層学習の特徴空間で差分を取ることで、異なる部分を変状として検知できます。特に、滅多に起こらずデータ収集が難しい異常や変状の検知に適しており、正常時の画像との差分だけで簡単に検知することができます。

和氣:
先ほどの弱教師型AIモデルを私も使ってみたのですが、非常に簡単に画像をより分けて、学習の手間もかからずに実施でき、モデルの効果も実感できました。NEXCO中日本様にもその点を評価いただいていると考えており、現在、保有されている多くの点検画像で活用を進めていただいています。今回の実証では路面のポットホールに着目していますが、ほかにどのような用途で使えるでしょうか。

野田:
弱教師型AIモデルは学習を行う必要がありますので、一般的には画像が集めやすい現場での活用に適しています。例えばコンクリートのヒビや、鉄筋の錆などのデータは現場で多く集められるため、ヒビや錆の有無で画像をより分けると、現場に適したモデルで検出できるようになります。インフラの現場で使っていただける技術だと考えています。


AI環境や導入ステップを包括的にサポートするSATLYSのサービスで実装を容易に

和氣:
続いて、今回開発した画像認識AIをNEXCO中日本様との実証の中でどのように実装していったかを紹介いたします。システム構築の第一ステップとして、推論学習環境を構築しました。東芝のアナリティクスAI「SATLYS(サトリス)」を利用し、AIモデルの学習と評価を容易に実行できる環境を整備しました。第二ステップでは、リアルタイム検出の仕組みを構築しました。第一ステップで構築した環境で動画を推論、分析し、その結果から生成したAIモデルを車両に搭載してリアルタイム推論をかけるというものです。第三ステップでは、リアルタイムで検知結果を通知する仕組みを構築しました。現場から道路管制センターに連絡をすると、コミュニケーションAI「RECAIUS(リカイアス)」の技術により発話内容をテキスト化するとともに、発話場所の位置情報と時間を記録します。そして、SATLYSにより、検出した路面の変状をクラウド経由で即座に通知し、数秒以内に道路管制センターで結果をモニタリングできます。

SATLYSの共通基盤に載せることで、非常にスピーディに構築できたのではないかと考えています。弱教師型AIモデルをより使いやすくできるSATLYSの特徴や、実装のポイントについて、この仕組みの構築を行った、東芝デジタルソリューションズでAI・自動化技術サービスを担当する芦川さんから紹介いただけますか。

芦川:
今回の仕組みでは、野田さんらが開発したAIの要素技術をSATLYSの共通基盤に搭載して提供しています。少量の教師データで学習でき、精度が高い画像検出が可能な技術ですが、実際にお客様に使っていただく仕組みとして提供する際には、推論や学習の環境をどうするかについて検討が必要です。さらに、少量とはいえ教師データも作らなければなりません。そこで今回実装したSATLYSのサービスでは、そういったAIに必要な環境や導入のステップを包括的にサポートしています。

東芝デジタルソリューションズ株式会社 デジタルエンジニアリングセンター
AI・自動化技術サービス部 サトリスAI技術開発担当 エキスパート 芦川 将之

AIの導入から実運用に至るまでのフローを説明します。まず、ポットホールの検出という課題をどう解決するか、どのようにAIモデルを構築すべきかを検討するデジタルコンサルテーションのフェーズを、研究開発センターが対応しました。次に、実際にSATLYS上で実データを学習させてモデルを設計し、パトロールカーに搭載して道路を走らせるとどうなるか、といったAI導入の準備を東芝デジタルソリューションズが対応しました。ここで要件を満たす精度が出るか、AI要素技術が実用に足るものかを、繰り返し検証しました。

その後は、お客様に使っていただく導入フェーズです。PoC環境で正しく動作するか、お客様の環境でAIの精度が出るかだけでなく、運用開始後は継続的に運用保守を行うことになるため、運用性についても検証を行いました。今回のNEXCO中日本様のケースで特徴的な点は、再学習が必要になることです。対象データが変わってくると繰り返し学習を実施して精度を上げ、状況に応じてAIを育てていくことが必要になります。それらをクラウドでサポートするのがSATLYSのサービスの特徴です。

今回は、各車両にオンプレミスで搭載する推論環境と、実際の学習を行うクラウド環境の両方をサポートする手法を取りました。このようにお客様のご要望に沿ってオーダーメイドでAIサービス提供環境を構築して対応させていただくケースも多く、SATLYS AI共通基盤関連サービスのプロフェッショナルサービスとして提供しています。

SATLYSについて少し触れると、特定のお客様向けのサービスだけでなく、ニーズの高いAI技術の適用領域に対してレディメイドサービスもご用意しています。例えば顔認識や骨格推定、物体検出などは、最初の検証期間は短くてもよいので、すぐに実証したいケースもあるでしょう。そこで我々は10種類のモデルを用意し、すぐにお使いいただけるAIサービスとして提供しています。

10種類のモデルのレディメイドサービスと、NEXCO中日本様で実装したようなオーダーメイドサービスを用いて、ビジネス、生活、社会インフラといった多様な分野でAIサービスをお届けしています。


AIによる業務高度化と社会実装を、オール東芝でサポート

和氣:
こういったAIサービスはクラウドがほとんどで、オンプレミスでのサービスはあまり見かけない気がします。どのような観点で、クラウドとオンプレミスの両方をサポートできるサービス提供を行っているのですか。

芦川:
オンプレミスが選択される理由の多くは、セキュリティ面によるものです。AIで画像認識を行う際に画像に人の顔や社屋の中が映ってしまう場合もあるため、パブリッククラウドには上げたくないというお客様には、オンプレミスをお勧めしています。一方で、クラウドが適しているのは、いろいろな場所で推論を行いたい場合で、例えば交通量の測定や踏み切りの人数カウントなどがあります。個々の踏み切りにマシンを設置することは現実的でないため、クラウドをお勧めしています。このように各シーンで使い分けています。

和氣:
今回のNEXCO中日本様での実証では弱教師型AIモデルをクラウドにアップしましたが、他のAIモデルの実装も可能ですか?

芦川:
オーダーメイドサービスでは、お客様のご希望のAIモデルをクラウドに載せ、Web APIで画像のアップロード、分析結果のダウンロードが行えるようにする形もありますし、クラウド側でデータ管理を行う形にすることも可能です。

和氣:
まずクラウドで手軽に学習させ、推論結果が良ければ、オンプレミスで実装を進めるということもでき、お客様に合った形で社会実装を段階的に進められるのは良いですね。実際には、どのような使い方をされるお客様が多いのでしょうか。

芦川:
クラウドでトライアルを行ってから、オンプレミスの方が良いとなった時はSDK(Software Development Kit:ソフトウェア開発キット)を貸し出してお試しいただくケースもあります。

和氣:
AIを実装するには、いろいろなアプローチがあると思います。今回の実証でも、野田さん、芦川さん、研究開発チームとシステム開発チームの皆さんでいろいろ議論しているのですか。

芦川:
全体で密に連携しています。お客様がどのような問題意識を持っているかを共有し、それを我々のAI要素技術でどのように解決できるのかを研究開発センターのメンバーに相談しながら進めています。

和氣:
お客様のニーズを我々事業部門が汲み取り、しっかりブリッジすることが大事ですね。本セッションでは、AIプランニングチーム、AI研究開発チーム、AIシステム開発チームの3人が登壇して説明しましたが、そのほかにAIシステム運用チームや品質保証チームもあり、オール東芝でAIの社会実装を支える体制ができています。AIによる業務高度化に取り組まれる際には、ぜひお声かけいただければと思います。本日は有難うございました。引き続き東芝をよろしくお願いします。

  • この記事に掲載の、社名、部署名、役職名などは、2023年11月現在のものです。

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