統括サブリーダーの視点

後編 エンジニアとデザイナーによる共創

統括サブリーダーの視点前編では、発起人兼統括リーダーがデザイナーであったということを述べました。それにあわせて統括リーダーが提唱する『プロトタイプ思考』を、『共創プロジェクト』ともいえる「魔改造の夜」への挑戦に適用したことの効果と課題について紹介しました。

後編では、各チームに入った4人のデザイナーに焦点を当てます。彼らが自身のスキルを活かしながら、どのように考え、チームに対してどのような取り組みを行ったのか。実例を紹介しながら、得られた効果について考察していきます。


01. 東芝におけるデザイナーの仕事

デザイナーでもあるチームT芝の統括リーダーは、これまでの業務やハッカソン出場の経験から、エンジニアのみのチームよりも、デザイナーが入ったチームの方が、アウトプットのクオリティーが高まることを知っていました。そこで今回、公募で集まった人材の中から、4人のデザイナーを家電、玩具の各チームにアサインすることにしました。彼らがチームにおよぼした影響についてこれから語っていきますが、その前に、まずは東芝におけるデザイナーの仕事について少し触れたいと思います。

皆さんはデザイナーの仕事と聞くと、どのようなイメージを抱くでしょうか。ひょっとしたら、きれいな色やかっこいい形などをデザインしていると想像する方が多いかもしれません。もちろんそれは間違いではありませんし、実際それらもデザイナーの仕事の一部と言えますが、東芝のデザイナーはもっと広い範囲で活躍しています。例えば東芝グループの事業ビジョンの可視化や、商品コンセプトの作成といった部分について、ワークショップ設計やファシリテーションなどのスキルも用いて強力にサポートしています。また、出来上がった製品に対して、Webやカタログの製作、展示会などの企画や製作など、お客様とのコミュニケーションをデザインするという仕事も行っています。つまり、彼らはただ最後の見た目の部分をデザインするだけではなく、人と人が交わる界面に対して、様々な取り組みを行っているのです。


02. デザイナーがプロジェクトに対して行ったこと

「魔改造の夜」に参加し、ともに開発を行ったメンバーの中には、デザイナーと一緒に仕事をすることが初めてだったエンジニアも多くいました。ひょっとしたら彼らの中には、デザイナーのことを『最後の仕上げをする人』と認識していた人もいたかもしれません。しかし一緒になって活動してみると、その他にも随所にデザイナーたちの工夫を感じて、驚いた様子でした。事後に行ったアンケートを見てもそれが窺えます。

ここからはそのアンケートを引用しながら、デザイナーがチームに対して行った事例とその狙い、生まれた効果を紹介します。

02-1. ファシリテーション

「顧客(観客)が求めるもの、顧客の印象に強く残るものを作るためには、単純な性能だけではなく、デザインも重要な要素となることを再認識しました。」

「非常に心強かったです。デザイナーは、一般の人から見た印象を的確に捉えた発言をしているなと思いました。」

 

日本ファシリテーション協会の定義によると、ファシリテーションとは『人々の活動が容易にできるよう支援し、うまくことが運ぶように舵取りすること』。そして、この舵取りをする人のことをファシリテーターといいます。ファシリテーターは、例えば複数人でアイデアの創出を行う場では、『今はたくさんのアイデアを出す時間』、『今はまとめていく時間』といったように、議論の粒度の調整を行います。逆に議論が1つの話題に集中している場合には、頃合いを見て別の視点に誘導し、アイデアのコンセプトを増やします。これは一例ですが、このように場を運営することで、より良いアイデアが創出されるような取り組みを行います。

その様子が見られたのは家電チームにおけるアイデア創出の場でした。ファシリテーションを行ったデザイナーはこれまでの業務の経験から、『エンジニアは実現性に重きを置いて考える傾向がある』ということを知っていました。それ自体は悪いことではないのですが、このタイミングでは、視聴者に『より面白い』と思ってもらうアイデアを検討すべきではないかと考えました。そこで、プロトタイプを作るアイデアの投票方法にちょっとした工夫をしました。それは 『クレイジー、おもしろい、イカしてる!』、『技術的実現性がある』の2段階で投票を行うということでした。こうすることで、『アイデアの実現性をいったん考慮しない議論』ができるようになりました。

この議論から生まれたアイデアのひとつが『パンを取るときにチョコを塗って落とし、よりおいしく食べる』というものでした。最終的には採用にはなりませんでしたが、おもしろいという感覚的な評価軸はエンジニアのメンバーにとって斬新だったのかもしれません。

放送でも紹介された選定基準 クレイジー、おもしろい、イカしてる!

02-2. グラフィックファシリテーション

べいかりあすが空を飛ぶ構造の初期検討

「みんなで議論している時に、ホワイトボードに描く絵が上手だなと感心しました。自分の画力では考えたアイデアが伝わらない部分もあったので、ホワイトボードを使った議論の際には本当に助かりました。」

 

デザイナーの特性のひとつは右脳的な思考です。様々な事象をとらえる際に、視覚的に理解、考察する傾向があります。左の図は家電チームのデザイナーがホームベーカリーを『釜と外筐体』と『本体』に分けて、釜と外筐体だけ上にあげるというアイデアのディスカッション中に、ホワイトボードに描き上げた絵です。

この時、家電チームは「ホームベーカリーがパンを食べているように見せるために、いかにしてベーカリーを持ち上げるか」という開発方針を決める重要な局面でした。デザイナーはメンバーの話を聞き、イメージがわかないところがあれば聴きなおし、解釈が間違っていれば図を直す、という作業を繰り返しながら、アイデアを詳細な図にしていきました。アイデアを出したメンバーも、デザイナーが描く図がイメージと違ったら指摘します。その過程で本人が盲点に気付かされることもあり、さらに考えを練ることで、アイデアを段々と詳細にしていきました。また周りにいたメンバーもリアルタイムにイメージを共有できるので、よくわからないところを質問したり、自分のアイデアをそこに足したりすることができ、効率的にディスカッションが進んでいきました。

 このようにそこにいるメンバーの話を聞きながら、論点を整理しつつ、視覚情報に変換して、ディスカッションを円滑に進める手法は、グラフィックファシリテーションともいわれます。

べいかりあすが空を飛ぶ構造の初期検討

02-3. 可視化

右の図はおもちゃチームのデザイナーが書いた儀メレオン★のシーケンス図です。この時の玩具チームの開発状況は、『舌を伸ばして1投目を投げ、ジップラインで2、3投目を1投目付近に届ける』という最終のコンセプトが決まったタイミングでした。ジップラインの開発を行っていたメンバーは、この方式のキーとなる『カーゴ』の検討を繰り返していました。しかし、カーゴの完成だけではジップラインは成り立ちません。ロープの選択から、それを張る方法、取り回し方など、他に考えなければいけないことがたくさんあるからです。メンバーで作業を分担する必要がありましたが、その全貌を知っているメンバーは少なく、サポートをしたくとも何をすればいいかわからないという状態でした。

そこでデザイナーが、それまでテキストでのみ共有されていた儀メレオン★のシーケンスを視覚化し、壁に貼って、目に付くようにしました。最終的にはこの後、2、3投目の射出機構は変更となりましたが、この図によってメンバー全員でイメージの共有がなされ、開発項目が明確になりました。

人間の想像力は我々が思っているより解像度が鮮明ではありません。アイデアを考えた本人でさえ、詳細まで考えがおよんでいない場合もありますし、それをうまく伝えられないこともあります。このように情報を可視化したものはコミュニケーションの助けになります。

スケッチを印刷して壁に貼りだしました

02-4. UXデザイン

べいかりあすの初期スケッチ

「今まで自身の製品で人への視覚的な印象を考えたことがなかったので新鮮だった。番組を見られたお客さんもそうだと思うが、何より作っている私たちが、いつの間にかべいかりあすに非常に愛着を持っていたのが印象的だった」

 

普段デザイナーはアウトプットをするとき「誰がどうなって欲しいのか。どう感じて欲しいのか」を自問自答するところから思考をスタートさせます。家電チームのデザイナーはお題に対して「視聴者の方に、ホームベーカリーがパンをイキイキと食べているように感じ、わくわくして欲しい」と考え、それを達成する世界観を最初から考えていました。この考え方は『視聴者が放送を見てどのように感じるかをデザインする』という点でUXデザインそのものであるといえます。(UX:User Experience)開発開始1週間の時点で完成した初号機を見た社長は「ホームベーカリーがパンを食べなくていいんだ。なんかズルい。」と感想を述べました。家電チームのデザイナーはこの言葉を『視聴者の意見』としてとらえ、背中を押される形で、それまで密かに温めていた『ホームベーカリーをモンスター化する。そしてそのモンスターを上に持ち上げる。周りの機構は真っ黒に塗装して見えにくくする。』というアイデアをメンバーに提案することにしました。周囲を人形浄瑠璃の黒衣役にすることで、モンスターがジャンプしてパンに食らいつく様子を表現しようとしたのです。その世界観へのこだわりは、ナビゲーターに黒衣の衣装を着せようとするほどでした。この様な深い考察があったからこそ、視聴者だけではなく、開発メンバーもべいかりあすに人格を感じ、愛着を持って開発を進めたのではないかと考えられます。

べいかりあすの初期スケッチ

02-5. ビジョニング

「デザイナーがデザインしたことで、それまでばらばらに完成イメージを持っていたエンジニアが、一つのゴールを見つけて作業をできた点が非常に大きかったと思います。」

 

チームが進むべき方向性を示すことをビジョニングといいます。『ホームベーカリーをモンスター化する。そして、そのモンスターを上に持ち上げる。周りの機構は真っ黒に塗装して見えにくくする。』というコンセプトを思いついたデザイナーでしたが、当然一人ではこの世界観は達成できません。メンバーとともに作っていくためには、深く共感してもらうことが重要となります。そのために資料を使った説明だけではなく、イメージポスター(キービジュアル)を作成して、プロジェクトルームに大きく貼り出しました。
 
このキービジュアルのクオリティーの高さと、デザイナーの説得力のある世界観の説明に納得、共感したチームメンバーは、これを実現する方法を模索し始めることになりました。前述のとおり、エンジニアは実現可能性に重きを置いて考える傾向にあります。それに対してデザイナーが、できるかどうかはいったん横に置き、目指すべき世界観をチーム全体の共通認識としてわかりやすく掲げたというこの行動は、最終的なアウトプットのクオリティー向上につながったのではないかと考えられます。

キービジュアルはなんと3タイプ

02-6. モチベーションの向上

実はホワイトボードマーカーでした

「すばらしい仕上げに感激しました。骨格構造が変更を繰り返し、映える電飾などに余力が回らない中で仕上がり、番組サイドの『魔』という有り得ない要望に応えられていたと思います、感動しました。」

 

前述のキービジュアルのそのひとつかもしれませんが、かっこいいもの、きれいなものは時に人の心を強く刺激します。玩具チームがダーツの矢を装填するときに使った棒状の器具。あれの正体は、実はプロジェクトルームにたまたまあったホワイトボードマーカーでした。タイミングを見計らって適当なものに変更しようとはしていましたが、他に丁度いいものも見つからないまま、終盤を迎えました。

玩具チームのデザイナーは「せめてホワイトボードマーカーに書かれている商品名を隠そう」という考えから、儀メレオン★のロゴをシールにして貼りつけました。それを見たメンバーは「かっこいい!」と明らかにモチベーションが上がり、ただのホワイトボードマーカーがお気に入りツールへと昇華しました。本番の準備開始前には、このロゴをメンバーで撫でるという願掛けを行ったほどです。これはデザイナーが意図したものではなかったかもしれませんが、デザインの力がチームに貢献した一例として挙げられると思います。 

実はホワイトボードマーカーでした

エンジニアである筆者は高校時代、恩師から『工学は天界が決めた真理と、人間界をつなぐ学問である』と【工】の文字の成り立ちを教えられました。仮にこの言葉が正しいとして、工学が真理と人間界を繋ぐものであるとするならば、デザインは、『真理が人間界と繋がって生まれた【モノ】を【人】とつなぐ』ことなのではないかと思っています。おそらく「魔改造の夜」に参加したデザイナーたちは、開発メンバーの想いが他のメンバーに、そして番組視聴者の皆さんに、どうやったら伝わるかということを考え続けたのではないかと想像しています。


デザイナーがチームにもたらした効果

● チーム内コミュニケーションを円滑にする

● 視聴者目線で考える

● 開発のゴールイメージを明確にし、共通認識を得る

● チームのモチベーションを向上させる


03. エンジニアとデザイナー

筆者が1か月半に渡ったプロジェクトについて振り返り、前後編でまとめてみました。何か感じるもの、得られたものがあれば幸いです。最後に1つだけ補足があります。それは前編で紹介した『共創』についてです。もしかしたらここまで読み進めてくださった方のなかには『共創はデザイナーがいないと難しい』あるいは、『共創はデザイナーがいれば上手くいく』という感想を抱いた方がいらっしゃるかもしれません。私は、そのような考えは少し違うのではないかと思います。

私は「魔改造の夜」以前にもエンジニアとデザイナーが共創するプロジェクトを経験しています。しかし自身の失敗も含め、その中でちょっと上手くいっていない場面も、時折目にしています。これらの事象が起こる原因のひとつは、『エンジニアとデザイナーの思考の傾向には、無視できない差があること。そして、それに当人たちが気づいていないこと』なのではないかと考えています。ではこの違いとは何なのか。ここで、ある書籍の一節を紹介します。私が感じていたことが端的にまとめられています。

 

“エンジニアリング(中略)の思考の傾向は「理論的」です。きちんと筋道のある説明をされないと納得ができません。納得できるまでは手も動かないので、いつまでも議論を続ける傾向があります。(中略)面白いアイデアについて議論するのも好きですが、心のどこかで(中略)常に「実現可能性」を心配しています。デザイン(中略)の思考の傾向は「直感的」です。アイデア(中略)を早い段階で見極めます。ただし、その結論をうまく筋道立てて説明することができないので、相手からは(中略)不審がられます。アイデアはとにかく面白くて「独自性」があることを重視しており、実現できるかどうかは後で考えればいいと思っています。”


(齊藤 滋規/坂本 啓/竹田 陽子/角 征典著「エンジニアのためのデザイン思考入門」より)

 

例えば、何もルールがない状態でアイデア発想会を行うと、デザイナーが出した自由なアイデアに対し、エンジニアはそれをどう実現するのかを考えるために具体的な詳細を問いがちです。その答えがデザイナーの中にはないことを知ると、エンジニアは不信感を募らせてしまいます。一方のデザイナーはその状況に委縮し、自由な発言ができなくなっていきます。

このような事象が起きるので、共創はデザイナーがいるだけではできません。お互いの思考の癖を理解し、受け入れる必要がありますが、それには少し時間を要すると思います。なのでまず手始めに『今は自由な発想でアイデアを出す時間』『今は実現性を検討する時間』というように場のルールを都度設ける工夫をするだけでも、状況は好転していくと思います。

ところで、私がここで紹介した事例にあるようなことを、デザイナーでなくとも既に仕事で行っている方がいらっしゃるかもしれません。例えば「魔改造の夜」プロジェクトにおいても、エンジニアの方が『ポンチ絵』と呼ばれるスケッチを描きながら、メンバーと議論している場面にしばしば遭遇しました。これも『可視化』の一例です。既にそれを行っている方であれば、使い方を工夫することでさらに有効活用できるようになるかもしれません。つまり仮にチームにデザイナーがいなくても共創を円滑に進めるために、できることはあると思います。  


04. 最後に

ここまではわかりやすさに重点を置くため、あえて『デザイナー』と『エンジニア』を分けて述べてきました。しかし実際のところ、人によって性格やバックグラウンドは様々なので、割合はどうあれ、多くの人が両方の特性を持っていると思います。チームで開発を行う時、上手くコミュニケーションがとれるようにちょっとした工夫をしたり、ディスカッションの前にメンバーの意識付け確認するだけでも、チームの創造性を高めることはできると思います。今回紹介した内容の中に、何か取り入れられそうな部分があったとしたら、まずは試してみることをお勧めします。プロトタイプ思考のように探索的に進めて、その結果、仕事が前よりちょっと良いものになれば、それは成功といえるでしょう。そうなることを願っています。

最後までお読みいただき、ありがとうございました。

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