統括サブリーダーの視点

前編 プロトタイプ思考の効果と課題

統括サブリーダーを務めた東芝CPS x デザイン部 共創推進担当の安達と申します。エンジニアでありながらデザイン部に所属する私の視点から、チームT芝の「魔改造の夜」への挑戦を振り返ります。

チームT芝は「魔改造の夜」に出場してきたこれまでのチームとは大きく異なる点がありました。それは、発起人兼統括リーダーがデザイナーであったという点です。社内の様々な部署から多様なメンバーが集まり、ひとつの目標に向かって取り組む『共創プロジェクト』ともいえる「魔改造の夜」への挑戦。このプロジェクトの運営、そして開発にデザイナーが入ることによって、どんな化学変化が起きたのか。

前編では、デザイナーである統括リーダーがプロジェクトの企画・設計をするにあたりどのような工夫をしたのか。それによって得られた効果と課題について、参加者の事後アンケートを基に考察します。皆さんの仕事に役立つヒントがあるかもしれません。お付き合いいただければ幸いです。


01. プロトタイプ思考の適用

これまで「魔改造の夜」の主宰が挑戦者に与えてきた課題は、通常の業務において過去に経験したことがなく、そしておそらくは、今後も取り組むことはないであろう特殊なものです。今回私たちに与えられたお題も例外ではなく、『ホームベーカリーでパン食い競争をする』『カメレオンちゃんで7.5m先の的をめがけてダーツをする』という前代未聞のものでした。そんな難題を、このプロジェクトのために公募で集まった即席のメンバーで、クリアしなければなりません。しかも開発期間は1か月半。なかなか厳しい条件です。

デザイナーである統括リーダーは、このプロジェクトの成功には、プロトタイプ思考の適用が効果的ではないかと考えました。プロトタイプ思考とは、『共創の場においてアジャイル開発を行う際に、コミュニケーションおよびアイデア発想の手段としてプロトタイプを活用する』という考え方です。

プロトタイプ思考のポイントは、簡易的なものや機能の一部でも構わないので素早く作ること、そして実際に動作し、チームメンバーがそのアイデアを体感できるようなものを作ることです。チーム内でのアイデア共有を、早い段階で効率的に行うことによって、メンバーがアイデアを理解するために使っていた時間やエネルギーを、次のステップへ移行するために使えます。結果として、より発展的な議論ができるようになります。また、仮にアイデアの修正が必要になった場合には、既にあるプロトタイプを起点に考えることができます。加えて、手を動かしてプロトタイプを作製している過程で、新たな着想が生まれることもあり、ブラッシュアップが高速に進みます。

プロトタイプ思考を「魔改造の夜」に適用すべく、統括リーダーは開発スケジュールにプロトタイプ発表会を設定しました。日程は課題発表から1週間後です。未完成なものでも、機能の一部でも構わないので、とにかく形にし、それをメンバー全員に発表することを求めました。準備期間が1週間しかないため、メンバーは議論を重ねている余裕はありません。つまり、半ば強制的にプロトタイプ思考を実践することになります。かなりハードな1週間でしたが、これによって『仮説を素早くカタチにして確かめる』という考え方が、プロジェクト全体の暗黙のルールになった様に感じています。

お題発表では「何言ってるの?」と思いました
「魔改造の夜」においては東芝版デザイン思考「カスタマーバリューデザイン🄬」の マインドセットとリテラシーをグランドルールとしました

02. プロトタイプ思考の効果

家電チーム、玩具チームともプロトタイプを繰り返しながら夜会本番まで走りきったことは共通しています。しかし振り返ってみると、その開発プロセスは大きく異なるものになりました。それぞれのチームの開発過程と、その中で作られたプロトタイプについては、各チームの開発の歴史を参照いただくとして、ここでは開発に参加したメンバーの事後アンケートの結果をみつつ、それぞれのチームにおけるプロトタイプ思考の効果を考察します。

02-1. 家電チーム

家電チームのアンケート結果を見てみます。

 

「スタートダッシュがあったからベーカリーを持ち上げるという困難にチャレンジできた」

「形にしてみることで、いいところやダメなところがすぐに判明した。モノがあるので、ダメなところの対策や改善策、そこから関連して新しい発想が生まれた」

「様々なアイデアが自由に出されたため、色々な可能性を追いかけることができた」

 

家電チームはプロトタイプ発表会までに、課題を満たすための各要素を分割し、バランスよくプロトタイプを製作していました。結果として、開発開始1週間の時点で「メカナムホイールで動き回り、Y字型のさすまたでパンを取り、大きく口を開いた網でパンを受けて、漏斗状の筒の中を通り、下に置かれたベーカリーでそれを受ける」という、ひとつの解のイメージにたどり着いていました。未完成ではあったものの、序盤で最終形態のイメージがチームで共有されたことで、チームは『ホームベーカリーがパンを食べているように見えない』という課題と向き合い、釜を上に持ち上げるという困難な方式にトライする時間がありました。また、1つの道筋が見えたからこそ、より視聴者を驚かせることを目指した別コンセプトを検討する『覇道チーム』が活動でき、様々なチャレンジができたと考えられます。覇道チームで試された様々なアイデアは一部、べいかりあすの最終形態に適用されています。そのひとつが『くるりん機構』です。元々『アーム方式』のために用意していたバネを使って展開させるという機構のアイデアの転用であったため、くるりん機構は一晩という短時間で実装されました。

プロトタイプ発表会で披露された初号機

02-2. 玩具チーム

儀メレオン★のキーとなった3つのプロトタイプ

玩具チームのアンケート結果を見てみます。 

 

 

「プロトタイプがあると多くの人を巻き込み、議論を活性化させ、プロジェクトを推進させることができると思いました。」

「脳内で考えて議論するよりも、モノが目の前にあって議論するとイメージが共有しやすく、思っていることが伝わらないなどの煩わしさがなかった。」

「頭の中だけだと『無理なのでは』と思っていたものでも、実際に作ってみると「意外といけるかもしれない」に変わることが多かった。」

 

玩具チームでプロトタイプが大きく寄与した例のひとつが、ロープウェイ方式です。アイデア出しの段階では候補として挙がっていたロープウェイ。しかし、「2,3投目を支える1投目のダーツが抜けてしまうのではないか」と考える人が多く、プロトタイプ発表会に向けて、試作をする人はいませんでした。そこで、統括リーダー・サブリーダーの2人が結託し、発表会前々日にプロトタイプを作り、発表会で実演しました。手で糸を手繰り寄せながら的を目指した2,3投目は、見事に1投目付近に刺さりました。これを目の当たりにした開発メンバー間では議論がうまれました。その後改良を重ねて、最終的に『ジップライン』へとつながります。

儀メレオン★は、初期からプロジェクトルームに鎮座していた『パンタグラフ型延伸機構』と、こつこつとアップデートを重ねた『カタパルト方式の射出機構』、1投目付近に確実に2,3投目を運ぶ『ジップライン』、そして、これらをつなぎ合わせる様々な機構が組み合わさって、カラクリ妖怪となりました。おそらくこの最終形態は机上の検討だけではたどり着けなかったものだと考えられます。また、仮に誰かが序盤で思い付き、このコンセプトを提示したとしても、メンバー全員が納得して開発を開始できたとは考えられません。プロトタイプを繰り返し、実績を積み上げ、そのなかから使えそうなアイデアを選択して組み合わせたからこそ、到達できた形です。儀メレオン★は『プロトタイプ思考が生んだ妖怪』かもしれません。

儀メレオン★のキーとなった3つのプロトタイプ

【プロトタイプ思考の効果】

● 未知な課題に対し高速な開発を可能にする

● アイデアの良否判断の助けとなる

● アイデアを他者に伝えることを容易にする

● 通常では思いつかないようなアイデアに行きつく可能性がある


03. プロトタイプ思考の課題

次にアンケート結果から、プロトタイプ思考の課題についても考察します。課題については両チームとも同様な傾向が見られ、大きく4つに分類することができました。

03-1. プロトタイプ開発の休止

1点目の課題はプロトタイプ開発を休止するのが難しいという点です。開発初期におけるプロトタイプ製作は、アイデアを発散させる段階にあり、多くの案を試すことになります。プロトタイプの製作は個人のモチベーションに依存する傾向があり、開発効率は高い一方、プロトタイプに愛着が湧く場合が多く見られます。チームとして、自分の作っていたプロトタイプの開発を休止することになったとしても、開発を諦めきれず、引きずる場合があります。

この課題の解決方法のひとつは『全体のスケジュールから逆算し、収束のタイミングを時間で区切ること』です。今回のプロジェクトでも、各リーダーは時限を設け、移行を促しました。しかし、開発休止によるモチベーションの低下を懸念し、強制はしませんでした。その結果、アンダーグラウンドで自分の開発を継続したメンバーもいました。この行動が良い方に働く場合もあるので、是非の判断は難しいところではありますが、チームとしての開発効率は落ちてしまいます。

電磁誘導でダーツを飛ばす案

03-2. リソースの分担

状況整理、分担ができた好例もありました

2点目の課題はリソースの偏りが発生するという点です。前述のようにプロトタイプの製作は個人に依存しますが、その案を試したいと思うメンバーが、必ずしも開発に必要なスキルセットを持っているとは限りません。そのため進捗に偏りが出る、もしくはスキルを持つ一部の人にタスクが集中するという事態が一部で発生していました。

今回のような短期間の開発においては、チーム全体でリソースの調整をする以外に、この課題の解決方法はありません。チームとしてはサポートを依頼できる心理的安定性を常に担保し、個人としてはメンバーそれぞれのスキルセットとタスクを把握したうえで、自分を含めどうしたら全体最適に近づけるか、という視野の広さが必要になります。

今回のチームはメンバーそれぞれがチームに貢献したいという強い思いがあったので、いわゆるティール組織のように、各人が自主的に自らの役割を見つけて動く場面が随所に見られ、チームとして理想的な状態にあったと思われます。しかし開発後半に差し掛かり、それぞれに余裕がなくなっている場面では、うまく機能しないこともありました。自発的な意思には限界があるので、リーダーもしくはそれに相当する役割を設定する必要がありそうです。

状況整理、分担ができた好例もありました

03-3. 費用発生の見通し

3点目の課題はプロトタイプに必要な費用を許容する必要があるという点です。プロトタイプを活用しながら、都度方針を修正しながら開発を進めることは、早い段階で小さな失敗を積み上げていくことを意味します。よって、開発後半になって致命的な欠陥が見つかるといったリスクは大きく減少し、長い目で見ると、プロジェクト全体の損失リスクは小さくなると考えられます。しかし一方で、多様な試作が随時行われるため、費用が発生するタイミングやその大きさの見込が立てにくいという課題がありました。

今回は特に序盤において、ヒントになりそうなものをホームセンターや雑貨店などで調達して改造したり、3Dプリンタやレーザーカッターといったデジタル工作機器で簡易モデルを製作したりといった方法で開発を進めました。そのため、個々の費用は小さく抑えられる傾向にありましたが、数が多くなってしまい、総じてそれなりの費用が必要となりました。しかもこれらの多くは本番機に直接適用できなかったため、捨てざるを得ず、無駄が多くなったという見方もできます。どの案を試すか、どのような方法で製作するかの判断については、ある程度のトレーニングが必要と考えられます。

プロジェクトルームにあった掃除用具を流用

03-4. プロトタイプはプロトタイプ

ベテラン陣の手仕事にはとても助けられました

4点目の課題はプロトタイプ思考で生まれたものはあくまでもプロトタイプであるという点です。アンケートの中にプロトタイプ思考を『ブレインストーミングの試作版』と表現した方がおり、言い得て妙だと感じました。プロトタイプはコンセプトを固めるところまでは、その効果をいかんなく発揮します。しかし、要素によっては、本番機に採用するために製作のやり直しが必要となりました。

プロトタイプ思考で作りだしたアウトプットはあくまでもコンセプト段階です。仮に量産が必要となる製品の開発に適用する際には、アウトプットをベースに仕様を新たに作り、作製しなければなりません。当然、そのための専門的スキルが必要になります。

ベテラン陣の手仕事にはとても助けられました

【プロトタイプ思考4つの課題】

● アイデアを絞る段階におけるチームマネジメントが必要

● プロトタイプを作る際のリソースのマネジメントが必要

● プロトタイプする部分およびその方法を選択するスキル

● プロトタイプ思考のアウトプットを本番機(製品)にする場合は専門スキルが別途必要


04. まとめ

簡易的なものや機能の一部でも構わないので素早くカタチにし、実際に動作させてメンバーと一緒にそのアイデアを体験しながら開発を進める手法、プロトタイプ思考。その効果と課題を「魔改造の夜」を通して考察しました。プロトタイプ思考の効果を最大化するためには、プロトタイプ思考の利点と欠点をメンバー間で共有し、その特性の理解したうえで取り組む必要がありそうです。

今回「魔改造の夜」主宰から与えられた未知の課題に対し、1か月半という短期間にも関わらず、チームT芝は、他にはないユニークなマシンを作り上げることができたと自負しています。この結果にたどり着いた要因は参加したメンバーのスキルやモチベーション、様々な形でサポート頂いた方々の尽力など、多々あったと思います。ただ、プロトタイプ思考も大きな役割を果たしたと私は考えています。さらには東芝に昔からある『自分の時間の一割を割いて好きなことを研究できる【アンダー・ザ・テーブル】』という文化がプロトタイプ思考と相乗効果を生んだとも考えています。

  • 1
  • 2
  • 1
  • 2