語り継がれる物語

結成以来どんな時もチャレンジスピリットを失わず、世界に挑み続けてきたラグビー日本代表。
彼らの左胸に輝く桜のエンブレムには、今でも語り継がれる物語がありました。

「ラグビー日本代表 桜のエンブレム」篇

日本代表選手たちが身にまとう赤白ストライプのユニフォーム、通称「桜のジャージー」。その桜のジャージーの左胸には、3つの「満開」の桜があしらわれていますが、代表が結成された1930年当時、開いた桜は1つだけでした。残りの桜は、1つが半開き、もう1つは「つぼみ」の状態。「いつかラグビー発祥のイングランドと戦えるようになったときに、すべてを満開にする」という思いが込められていたそうです。

3つの桜がすべて花開いたのは、1952年に日本で行われたオックスフォード大学とのテストマッチ。ラグビーの母国イングランドの伝統校との対戦を前に、エンブレムは「3つの満開の桜」となり、快進撃を続ける現在の日本代表の選手たちの胸に、今も受け継がれているのです。

日本代表と東芝のラグビーの歩み

ラグビー日本代表と東芝ブレイブルーパス東京。
時代の変化に対応しながらラグビーに情熱を注ぎ続ける、彼らの活動の歴史を紹介します。

1866年、横浜にYC&ACが設立。日本駐在や寄港した英国人がラグビーを楽しむようになり、その後1899年に慶應大学の英語教師が学生に紹介したことをきっかけに、大学を中心に競技が広まり、学生スポーツとして急速に発展していきました。

日本代表

初めて日本代表が編成されたのは1930年のカナダ遠征。1932年以降、しばらくは国内でテストマッチを重ねるものの、強豪国相手に歯が立たない状態が続きました。

1930年日本代表カナダ遠征
東芝

戦中の競技中断を経て、戦後になると企業がラグビーに力を入れ始め、1948年には全国社会人ラグビーフットボール大会が初開催。その年、東芝ブレイブルーパス東京の前身となる、東芝府中ラグビー部が発足しました。

結成当時の東芝府中ラグビー部

戦争の影響から長く絶たれていた国際交流を再開した日本代表。強豪国の学生選抜や、有名大学チームなどを招いてテストマッチを行い、彼らの胸を借りてチーム力を向上させていきました。

日本代表

今でも語り継がれる、1952年9月の英オックスフォード大学とのテストマッチ。その試合の日本代表の選手たちのジャージー、その胸に輝く桜はすべて「満開」でした。「いつかラグビー発祥のイングランドと戦えるようになったとき、すべてを満開にする」。その思いから、それまで「つぼみ、半開き、満開」だった3つの花びらが、イギリスの名門大学と戦ったそのとき、すべて花開いたのです。

オックスフォード大学来日のポスター
東芝

東芝府中ラグビー部は、発足からしばらくの間は、試合のたびにメンバーを揃えるのも苦労するような状態が続いたものの、1957年には待望の関東1部リーグに昇格。その後の好景気で多くの高校卒新人が入部し、徐々にチーム力を高めていきました。

1968年東芝大会決勝 対タービン戦

70年代後半から80年代前半、大学ラグビーを中心に空前のラグビーブームが到来。強豪大学同士の対決や、大学選手権大会はテレビでも中継され、スタンドは大勢のファンでいつも満員になりました。

日本代表

海外遠征を重ねた日本代表は着実に力をつけはじめ、アジア選手権では7連覇を達成。1989年には強豪スコットランド代表を破り、歴史的大金星を挙げました。

1982年 3国対抗 第4戦
東芝

東芝府中ラグビー部は、1983年に関東社会人リーグで初優勝すると、1987年には悲願だった全国大会を初制覇。強豪チームの仲間入りを果たしました。

1976年 全国社会人大会1回戦 対新日鉄室蘭

70年代から80年代にかけて国民的人気を誇ったラグビーでしたが、90年代半ばになると代表チームの不振、他のスポーツの台頭なども影響し人気が低下。日本のラグビーは低迷期に突入しました。

東芝

その頃の東芝府中ラグビー部は、薫田真広(代表キャップ数:44)ら日本代表選手を数多く擁し戦力が充実。当時最強を誇っていた神戸製鋼とも接戦を演じ、1996年・1997年の全国社会人大会を連覇。日本選手権は1996年から3連覇を達成しました。

2003年にはトップリーグの開幕を機にチーム名を「東芝ブレイブルーパス」に変更。2005年には史上初の3冠(ジャパンラグビートップリーグ優勝、マイクロソフトカップ優勝、日本選手権大会優勝)を達成、2006年には日本選手権優勝(通算6勝目)など、黄金時代を築きました。

東芝府中ラグビー部第43回日本選手権大会優勝

世界の強豪とも互角に渡り合えるまでに成長した日本代表。彼らの躍進により再び加熱したラグビー人気を、かつてのような一過性のブームで終わらせず、文化として定着させるために。日本のラグビー界が新たに動き出しました。

東芝

「JAPAN RUGBY LEAGUE ONE」。2003年から18年間続いたトップリーグに代わり、2022年、新たな国内リーグが誕生しました。この生まれ変わった新リーグにブレイブルーパスも参戦。チーム名を「東芝ブレイブルーパス東京」に改め、初代王者を目指して奮闘しています。

東芝ブレイブルーパス東京

東芝は2014年から男子日本代表のオフィシャルパートナー契約を締結。「JAPAN RUGBY LEAGUE ONE」に参戦している東芝ブレイブルーパス東京と共に、彼らの挑戦と、彼らがつくる新しいラグビーの未来を、私たちは応援しています。

出典:
 日本ラグビーフットボール協会/日本ラグビー デジタルミュージアム https://trc-adeac.trc.co.jp/WJ11C0/WJJS02U/1310375100
 『ラグビーマガジン』 ベースボール・マガジン社
 『東芝府中ラグビー40年史』
 東芝ブレイブルーパス東京公式ホームページ https://www.bravelupus.com/team/history/

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-Sports Graphic Number-

「東芝ラグビーの遺伝子」とは何か?リーチとディアンズが語った、東芝ブレイブルーパス東京のハードワーク、レジェンドの存在。