東芝グループは、東芝の製品群やデジタル技術と、社外の技術・ビジネスアイデアを掛け合わせ、幅広いパートナー企業と新たな価値の創出を⽬指すプログラム「Toshiba OPEN INNOVATION PROGRAM(TOIP)」を2020年から展開。そこで行われた取り組みの一つが、量子コンピュータの研究から生まれた「量子インスパイアード最適化ソリューション(SQBM+)」を活用した創薬ソリューションの検討だ。これまで治療が困難とされていた疾患に対する医薬品開発の可能性を広げる同プロジェクト概要や意義、将来展望について各社のキーパーソンに話を聞いた。

量子技術に可能性を感じてプロジェクトがスタート

――――TOIPに応募した経緯について教えてください。

株式会社Revorf
代表取締役 医師

末田 伸一 氏

末田
 当社は2019年に理化学研究所から生まれたバイオベンチャーで、遺伝子診断や創薬支援を手掛けています。当社は計算科学も行っていますが、量子技術の専門家ではありません。ただ、組合せ最適化問題を解くイジングの考え方は理解していましたし、創薬に使えるのではないかというイメージを持っていたことが応募のきっかけでした。

 

アヘッド・バイオコンピューティング株式会社
取締役CTO 工学博士
秋山 泰 氏

秋山
 当社は東京工業大学発のベンチャーで、生命情報科学のソフトウェアの社会実装を目的に2018年に創業し、今ではAI(人工知能)創薬や細胞工学のAIシステムなどがメインの事業になっています。私自身はスパコン開発に携わるなど大規模計算を得意とする研究者で、量子技術を生命情報科学に適用したいと応募しました。

 

――――TOIPとして同プロジェクトを採用した理由について教えていただけますか。

岡田
 TOIPは外部の知恵と当社グループの持つ製品や技術によって新しい価値を創造していくオープンイノベーションの取り組みです。東芝では、量子技術による革新を業務のデジタル化(DE:デジタルエボリューション)、プラットフォーム化(DX:デジタルトランスフォーメーション)の次に来るものと位置付け、新たな価値を生み出すものとして注力しています。昨年から量子コンピュータの研究から生まれた量子インスパイアード最適化ソリューション「SQBM+」というソリューションを提供しています。

 SQBM+は既存のコンピュータを使って組合せ最適化問題を解く疑似量子計算技術ですが、社会実装を進めていくためにはユースケースを増やさなければなりません。当社としては金融と創薬の分野への適用を主に想定していますが、今回のプロジェクトは創薬分野で量子技術の活用の可能性を検証するものです。

東芝デジタルソリューションズ株式会社
取締役社長
岡田 俊輔 氏

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お互いが補い合うことで手応えが感じられる結果に

――――プロジェクトはどのように進められたのでしょうか。

秋山
 まずTOIPの運営側から提案があって3社でチームを結成しました。それができたのはRevorfと当社がそれぞれいくつもの強い領域を持つバイリンガルな企業だったからです。生命情報科学という分野では重なる部分もありながら、創薬標的探索と量子計算というお互いに持っていない得意分野があったことで奇跡的な組み合わせが実現しました。

 

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末田
 当社が担当したのは計算式の生物学的妥当性と創薬応用への有効性の評価のところです。アヘッド・バイオコンピューティングが問題に特化した数式を組み込んだプログラムを開発し、SQBM+が出力してきた計算結果を生物学的に評価するところを担当しました。

――――プロジェクトでは何を目指したのでしょうか。

末田
 創薬に使うタンパク質を見つけ出すために「量子技術の活用」を検証することです。治療薬をデザインするためには標的となるタンパク質が必要ですが、従来の創薬方法で使えるタンパク質には限りがあります。しかし、解決をまたれる病気はまだ非常に多く、新薬のニーズは高まっています。

 この課題を解決するものとして注目されているのが、アロステリック制御という作用を利用した創薬ですが、どのタンパク質が標的に使えるのかを見いだすためには複雑な組合せ最適化問題を解かなければなりません。それを量子技術で行えないかと考えたのです。

秋山
 今回のような複雑な組合せ最適化問題に対して、従来からあるモンテカルロ法で高い精度を求めようとすると多大な労力と時間がかかります。しかし、組合せ最適化問題を得意とするSQBM+であれば短時間で解を得ることができます。そこでアロステリック制御を予測する関数を開発してSQBM+が得意とする問題形式に変換しました。

末田
 SQBM+が導き出した解はもともと持っていたイメージに近いもので、実用化に向けた手応えを得ることができました。

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寄り添って一緒に議論するオープンイノベーション

――――東芝グループは今回のプロジェクトをどのように評価しているのでしょうか。

岡田
 当社としてはTOIPという場を用意してチームをつくり、そこにSQBM+という現実に利用できる量子関連技術を提供することができました。組合せ最適化問題はこれまでも金融や工場の人員シフト計画作成などでの実例がありましたが、今回は創薬の分野でも有効な技術であることが検証できました。

――――ベンチャー企業としてTOIPについてどのように評価していますか。

末田
 研究開発型のベンチャーが高度な発明をしても、横のつながりがないと意味のあるものにはなりません。その点、TOIPは金銭面だけでなく共通言語を持ったうえで時間をとって寄り添ってくれました。こうした取り組みはこれまで経験がなく、大変ありがたいと思っています。

秋山
 もともと2つの離れた分野をつなぐことにモチベーションを持っていてTOIPに応募したのですが、創薬と量子技術の間のつなぎ役を務めることができたのは大変うれしく思っています。自分たちだけではできないことを行うことができ、大きな満足感を得ています。3社でディスカッションをすることで多くの知見を得ることができました。

岡田
 3カ月半という期間で最終的な結果まで行き着くことを求めているわけではありません。今ある技術を使って価値を生み出すための軌道修正、ピボットを行いながら、可能性を見いだすところまでいければ十分に成果があったといえるのではないでしょうか。

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利用技術と人材の蓄積で可能性が広がっていく

――――量子技術の可能性についてはどのように感じていますか。

末田
 今回の成果を生かし、今後もタンパク質構造解析を創薬に活用し事業として大きく育てていきたいと考えています。遺伝子情報も扱っていますので、そのネットワークの解明のところにも応用できると考えています。

秋山
 量子コンピュータは今後実用化されると思っていますが、特にイジングには強い興味を持っています。ただし、新しいコンピュータが使いこなせるようになるには長い時間がかかり、技術の蓄積と人材育成が必要です。SQBM+も同様に利用技術の厚みが必要です。その部分で貢献していきたいと考えています。

「得意、不得意を補い合いながらユースケースを増やしていくことに注力していきます」(岡田氏)

岡田
 世の中の物理現象はエネルギーがベースになっています。イチゼロの世界ではない量子技術を使うことで、好ましい結果に早くたどり着くことができます。その実装のためには今回の研究のようにオープンイノベーションの取り組みを可能にするエコシステムの考え方が必要です。このエコシステムが技術革新を起こすと確信しています。

「SQBM+のユースケースを広げるために次のTOIPにも応募しています」(秋山氏)

――――今後の展開について教えてください。

秋山
 今回開発したアロステリック制御を予測するシステムをさらにブラッシュアップするとともに、SQBM+のユースケースを広げるために次のTOIPにも応募しています。化合物のスクリーニングなど、ほかにも解くべき魅力的な課題はたくさんあります。

「創薬のニーズは高い。変革のトリガーをこの3社でつくっていきたい」(末田氏)

末田
 治らない病気はまだまだあり、創薬のニーズは高いのが現状です。しかし、日本は薬については大幅な輸入超過で、このままいくと破綻するかもしれません。そうならないための変革のトリガーをこの3社でつくっていきたいですね。

岡田
 量子技術は今立ち上がったばかりです。量子技術を駆使できる人材を増やし、身近な技術として使っていくことが大切です。今後もオープンな世界で、得意、不得意を補い合いながらユースケースを増やしていくことに注力したい。

「人と、地球の、明日のために。」東芝だけでは取り組めない事業領域での展開を進めていきます。

2023年2月に日経xTECH  Specialにて掲載。掲載の記事・写真・イラストなど、すべてのコンテンツの無断複写・転載・公衆送信等を禁じます。
記事内における数値データ、社名、組織名、役職などは取材時のものです(2022年12月)。