リスク管理態勢の強化と顧客満足度の向上 2つに共通する課題を同時に解決
現在国内の金融機関は、新しい自己資本比率に関する国際統一基準であるバーゼルⅡによりリスク管理能力の向上が求められている。京都銀行ではこうした状況の変化に対応するために「事務品質アラーム®」を導入。オペレーショナル・リスク管理の高度化を実現する情報インフラを整備し、リスク事象と損失金額を網羅的に収集するだけでなく、収集した情報を事故の再発防止に役立てている。また同時に、苦情やお客様の声の収集にも活用。顧客・利用者が同行に求める価値を分析し、顧客満足度の向上に活かしている。
Before
事務ミスや苦情の報告はペーパーによる自由記述が中心であったため、網羅的かつ体系的な把握や集計・分析が難しく、対策は個別の事後対応になりがちだった。またペーパーでの報告は伝達に時間がかかっていた。
After
事務ミスやお客様の声を電子ワークフローによって容易に報告できる環境が整い、件数や報告の質とスピードが向上した。リスク事象の要因分析や顧客の声の傾向分析など、業務や商品・サービスの改善につなげる集計・分析も可能になり、リスクに対する鉄壁の守りと顧客満足度の向上を実践している。
バーゼルⅡへの対応に向け オペレーショナル・リスク管理を高度化
京都銀行は平成20年4月、第3次中期経営計画「し・ん・か」を発表した。この名称には、経営ビジョンの「進化」、経営戦略の「深化」、「新たな価値」の提供という意味があるが、これらを実現するため打ち出されたのが、経営管理態勢の強化と顧客満足度の向上というインフラ戦略だ。
経営管理態勢の強化としては、統合的リスク管理態勢の強化やコンプライアンスの徹底、顧客保護等の管理態勢の強化といった戦略を掲げているが、特に同行が注力するのがリスク管理におけるオペレーショナル・リスク管理の高度化だ。その背景にあるのが、新しい自己資本比率規制であるバーゼルⅡ。執行役員リスク統轄部長の斎藤一雄氏は次のように解説する。
「バーゼルⅡでは、金融機関が直面するリスクをより精緻に評価すると同時に、リスク管理能力の向上が求められています。当行では、平成18年10月にリスク統轄部を設置して、統合的なリスク管理に努めていますが、中でもオペレーショナル・リスク管理の高度化を実現するためには、まず正確な情報を集めなくてはなりません。このため行内の情報ネットワークを活用し、リスク事象と損失データを網羅的に収集するツールが必要不可欠でした」
執行役員 リスク統轄部長
斎藤 一雄 氏
お客様サービス部長
仲 雅彦 氏
もう1つの柱である顧客満足度の向上はどうか。同行は「顧客満足」、「従業員満足」、「経営としての収益向上」の循環構造を創造するため、平成17年にお客様サービス部を設置。「顧客満足度日本一の銀行」をスローガンとして掲げ、お客様の目線と立場に立った取り組みを推進している。お客様サービス部長の仲雅彦氏はこう語る。
「お客様からのご意見に対しては、個別に対応するだけでなく、本部・営業店に還元して業務改善につなげなくてはいけません。そのためにはお客様の声を幅広く収集して分析する必要がありました」
経営管理態勢の強化では、オペレーショナル・リスク事象の網羅的な把握。顧客満足度の向上では、顧客の声を幅広く収集する仕組み。この2つのニーズを満たすために、同行は東芝ソリューションの「事務品質アラーム」を導入して、「事故・苦情・お客様の声報告」システムと名付けた情報インフラを構築。2008年4月から稼働させている。
従来の報告内容と報告基準では 情報の網羅的な収集や分析に限界が
経営管理態勢の強化では、バーゼルⅡに準拠したオペレーショナル・リスク管理の高度化を図るため、顕在化リスクの網羅的な把握と、潜在化リスクの洗い出しが必要だった。
潜在化リスクについては、CSA(コントロール・セルフ・アセスメント)により、各事務プロセスに内在したリスク評価を実施。これは日常の銀行業務全般を洗い出し、業務のプロセスを分解。それぞれの工程で検印などの牽制が有効となっているかをチェックする。これにより現時点で事故として表面化していなくても、放置しておけば大きな損失を招きかねない潜在的なリスクを浮かび上らせることで、業務プロセスの見直し・改善に役立てている。
一方、顕在化リスクに対しては従来、事務事故などの報告は、営業店からペーパーの報告書を本部の各リスク所管部に送る形で把握に努めていた。ただ、ペーパーでは、それらを集計して事故の原因や傾向を分析するのに多大な人的パワーを要する。斎藤氏は、当時の様子を次のように明かす。
「報告された情報の集計・分析は本部の各担当がワードやエクセルで処理していたのですが、自由記述が中心のため、読んで内容を把握するだけでも手間と時間を要し、物足りない分析に終わっていたのが実情でした」
また当時の報告基準も重大な事故に関する報告だけを営業店に求めていたことから、報告件数にも課題があった。リスク統轄部リスク管理室室長代理の片上孝清氏はこう解説する。
「オペレーショナル・リスクには事務リスク以外にも情報セキュリティ・リスク、有形資産リスクおよび人的リスクがありますが、各リスクの報告基準の足並みは揃っていませんでした。しかし、それでは当行全体のオペレーショナル・リスクを把握できません。バーゼルⅡに準拠したリスク管理の高度化を実現するには、体系立てたフォーマットにより銀行全体で統一した基準でもって顕在化リスクを網羅的に収集しその原因を分析するとともに、リスクのコントロールと削減につなげる、といったPDCAサイクルを展開することが大切。これらは従来のペーパーによる報告内容と報告基準では実現が困難でした」
こうした課題を解決するには、軽微な事務ミスからも網羅的に収集し、正確かつ迅速に分析できる情報インフラが必要だった。
リスク統轄部 リスク管理室 室長代理
片上 孝清 氏
お客様サービス部 次長
奥野 美奈子 氏
一方、同じような悩みを抱えていたのが、顧客満足度の向上を推進するお客様サービス部だった。従来、同行では店頭で行員がお客様から苦情を受けた場合、苦情報告書をペーパーで本部に上げていた。ただ、これも事務ミスと同様に、自由記述の様式であるために集計や分析が困難。そのため個別の対応が中心になり、再発防止のための根本的な業務改善にまでつなげることも難しかった。また、報告は苦情に限定されていたため、それが余計に分析を妨げることになったという。お客様サービス部次長の奥野美奈子氏は次のように指摘する。
「お客様サービス部として苦情の定義を行い全行に周知徹底しているのですが、それでもやはり苦情の受け止め方には個人差があります。例えばお客様から優しく諭すように苦情を頂戴したために、行員が苦情と認識せず、報告書を書かないというケースも起こりえます。これではお客様の貴重なご意見を見落とすことになります」
さらに、報告を苦情に限定すると、意見や感想や賞賛などその他の声が把握できず、意思決定を誤る恐れもある。そこでお客様サービス部では、苦情に限定せずにお客様の声を収集するために、年1回、アンケートを郵送し、お客様満足度調査を実施。CSレポートなどの形で還元するなど一定の成果を上げていた。だが、タイムリーな対応を企業文化として定着させるには、期間を限定せず、いつでもお客様の声を吸い上げられる仕組みが必要だった。
リスク管理とCS向上の2つのニーズを満たすシステム
同行では、リスク統轄部発足時からプロジェクトチームを設置し、オペレーショナル・リスクを網羅的に収集するシステムと機能や画面構成の検討に着手した。候補に上がった3つの中から選ばれたのが、東芝ソリューションが提供する「事務品質アラーム」だった。選定の理由を片上氏がこう明かす。
「他の金融機関には『事務品質アラーム』を採用しているところが多く、その評価も漏れ伝わっていました。オペレーショナル・リスク管理の体制整備を進めていくうえで、当初から有力な選択肢でありました」
決め手になったのは、オペレーショナル・リスクだけでなく、お客様の声の分析にも応用できることだった。
「ところが他の2つはオペレーショナル・リスク管理に特化していたため、お客様の声を収集・分析したければ、別のシステムを導入して連携させなければいけません。そうなると導入コストや運用の負担、ユーザビリティといった点で課題が残ります。その中で東芝ソリューションだけが、トータルで管理・分析ができる提案をしてくださった。リスク管理強化と顧客満足度の向上という2つの課題を一気に解決できる点が、大きな魅力でした」
一方、お客様サービス部から見た「事務品質アラーム」はどうだったのか。「オプションのクラスタリングとテキストマイニングが魅力でした」というのは前出の奥野氏だ。
「私たちが目指しているのは、お客様の声を単に蓄積するだけでなく、それを分析して業務改善につなげていくこと。そのためには、クラスタリングとテキストマイニングで、より深い分析をすることが必要と考えました」(奥野氏)
これらの点を評価して、2007年7月に正式に導入を決定。2008年4月の稼働に向けて、開発を進めることになる。
効果的な画面レイアウトと平均を大きく上回る辞書精度に納得
開発にあたっての、2つの大きな課題の1つがユーザビリティだ。
「事務品質アラーム」を選定した理由の1つが、事務ミスなどのさまざまなオペレーショナル・リスク事象と苦情やお客様の声を同じシステムに登録できることだった。ただ、それらを効率よく効果的に入力できなければ、ユーザの操作性を損ない期待通りに情報を収集できない恐れもある。
「検討当時、現状の報告様式を揃えていたら、事務事故用と苦情用のフォーマットがとても似ている点に気付きました。事務ミスが原因で苦情が発生したり、逆に苦情の発生ではじめて事務ミスが顕在化することもありますが、そうした場合、2枚の報告書をあげなくてはなりませんでした。業務要件の充足とユーザ負担の軽減が両立できないかと考え、1つの画面で関連性の高い事務事故と苦情にお客様の声の3つを同時に入力し分析できるよう画面を作りました。他のリスク事象の画面も1つに収め、出来上がり2画面のシンプルな構成としつつ、必要な分析がしっかりできる入力項目を配置しています。ただかなり欲張ったので東芝ソリューションは大変だったと思います」(片上氏)
もう1つ、時間を要したのが、テキストマイニングの辞書の作成だ。新システムでは項目の選択で入力を容易にしているが、個別の状況や背景などを把握するため自由記述欄もある。その内容を集計するには、分類項目に合わせてキーワードや文脈を解析して抽出する必要がある。その条件を辞書に盛り込むが、辞書の中身を固めるのに約5カ月を要したという。
「東芝ソリューションにアドバイスをもらいながら煮詰めていったのですが、最初は不安もありました。銀行の業務は特殊なので、正直なところ、なかなかご理解いただけない部分もあるかと思っていたのです。ところが、実際に始めてみると、さすがプロという印象。逆にこちらが教えてもらうことも多くて驚きました」(奥野氏)
一般的に、辞書の精度は60%前後といわれるが、今回のシステムでは約80%の精度で抽出。数字の上でも満足のいく結果を得られたという。
事務ミスや苦情の報告がリアルタイムで経営層へ
新しいシステムは「事故・苦情・お客様の声報告」システムとして、今年4月に稼働。特にオペレーショナル・リスクについてはシステム稼働にあわせ報告基準を大幅に見直し、全店に展開することになった。
「画面はカスタマイズしたものの、もともと直感的でユーザビリティの高いシステムですから、ユーザから入力方法が分からないという問い合わせは心配していたほどありませんでした。操作性の高さも相俟ってシステムの利用による新しい報告基準が浸透してきており、当初の目的の1つである網羅的で体系的なデータが集まっています」(片上氏)
新システムでの報告の流れは次の通りだ。各営業店で事務ミスや苦情が発生すると、LANパソコンから入力。入力された情報はオペレーショナル・リスクDBに登録され、リスク分析やモニタリングが可能になる。また、お客様の声や苦情は、オペレーショナル・リスクDBと連携したナレッジDBでクラスタリングとテキストマイニングを行い、顧客の声の傾向や価値分析が可能になる。
大きく変わったのは、報告のスピードだ。ワークフローが電子化されたため本部だけでなく担当役員も即日に報告書を閲覧し、個別の案件を把握することができる。仲氏は次のように語る。
「報告のスピードが迅速化されれば、原因もそれだけ早く把握でき、再発防止策もより早く指示することができます。指示については行内LANで全店141カ店の全行員で情報共有し、浸透を図っています」
蓄積データを活用しいよいよ本格的な分析へ
前出の斎藤氏は、オペレーショナル・リスク管理の今後の展望について次のように語る。
「導入6カ月で相当のデータが蓄積されてきた。これから本格的に分析を始め、間もなく帳票ベースで営業店にフィードバックする予定です。各営業店には、事務事故の傾向・要因分析はもちろん、その店舗の地域内での位置付けや、事務量ベースで見た規模別の情報も還元していきます。引き続きより多くの内部損失データを蓄積し、当行の業務の健全性・適切性につなげていきたいですね」
またオペレーショナル・リスク管理では、CSAとの連携も視野に入れている。CSAで潜在的リスクが浮かび上がっていないのに、「事故・苦情・お客様の声報告」システムでリスク事象が報告されていれば、CSAのやり方に問題があるだけでなく、事務規程などに定めるコントロールも有効でなかったということ。2つを連携させることで、CSAの実施方法や行内ルールの見直しなどより的確かつ効果的な対応ができるはずだ。
一方、顧客の声の本格的な分析について仲氏はこう語る。
「辞書はこれまでのところ80%近い精度を維持。これなら本格的に分析を始めて、お客様とのリレーション強化、ひいては『顧客満足度日本一の銀行』の実現に活かすことができそうです。もっとも、お客様が銀行に求めるものは時代とともに変化するもの。それに合わせて辞書の強化も必要。そのときはまた東芝ソリューションのお力をお借りすることになるでしょう」
幅広く蓄積されたデータをもとに、これから同行がどのような施策を打ち出していくのか。今後もぜひ注目していきたい。
SOLUTION FOCUS
事務品質アラーム®は、オペレーショナル・リスク計量化のためのデータ収集からモニタリングまで、銀行事務の先進的改善のための戦略的フレームワークを実現するソリューション。銀行内で過去に起きたミスやクレームを内部データ化し、関係者への通知を確実に行う。また真の悪化要因を抽出して、先進的な改善計画の策定を支援するのと同時に、損失に結び付く可能性を警告する早期警戒指標を浮かび上がらせリスクの最小化に貢献する。
この記事の内容は2008年9月に取材した内容を元に構成しています。
記事内における数値データ、社名、組織名、役職などは取材時のものです。
COMPANY PROFILE
会社名
株式会社京都銀行
設立
1941年10月1日
代表者
取締役頭取 柏原康夫
本社所在地
京都市下京区烏丸通松原上る薬師前町700番地
事業内容
預金業務、貸出業務、商品有価証券売買業務、有価証券投資業務、内国為替業務、外国為替業務、公社債受託業務など