シェアードサービスを展開してグループの労務人事コストを大幅に削減

競争力強化のために業務効率化を推進している東京電力は、今年2月から、グループ共通の労務人事業務を集 約するシェアードサービスを本格展開している。これによってグループ全体の労務人事業務を最適化するとともに、 大幅なコスト削減を実現したという。そこで同社が展開しているシェアードサービスの取り組みに迫った。


Before

グループ各社の労務人事部門が独自にシステム構築したり、業務パッケージを導入していたため、業務の標準化ができていなかった。また各社のシステムの保守管理費用も、グループ全体で見れば大きな負担になっていた。

After

労務人事業務の一部をシェアードサービスセンターで集中処理することで、迅速かつ専門性の高い業務処理を実現。グループ各社の負担が軽減され、労務管理部門のコストダウンや、付加価値の高い事業への資源の再配分ができた。

電力自由化時代を迎えて、 シェアードサービスでグループの競争力を強化


 いま電気事業は、大きな転機を迎えようとしている。経済が安定成長に移行して、今後は電力の大幅な需要増は見込めない。さらに規制緩和で電力自由化が進展して、長期的には電気料金を下げていかざるを得ない状況だ。

本格的な競争時代に突入したことを受けて、東京電力は2004年に中期経営方針「経営ビジョン2010」を策定して、グループのさらなる発展と成長を目指している。その中で打ち出された方針の一つが、共通サービスの集約化である。これはグループ各社に共通する一般管理業務を集約・統合して、シェアードサービスとして各社に提供するもので、グループの競争力を高める手法として大きな効果が期待されている。

現在、同社がシェアードサービスを実施しているのは、システム、経理、労務人事の3部門だ。このうちシステム部門はセキュリティ対策、経理部門は連結決算対策としての色合いが濃いが、労務人事のシェアードサービスは業務効率化が主な目的になる。労務人事部シェアードサービスセンター所長の三田雅裕氏は、「各社に共通する労務人事業務を集中処理することで、グループとして大きなコスト削減効果が得られるし、これまで各社が労務人事部門に投下していた経営資源を経営課題の解決や新規事業に振り分けることも可能になります」と、シェアードサービスへの期待を語る。

労務人事のシェアードサービスをグループ全体に展開するためには、各社共通の基盤となるシステムが必要になる。そこで同社は、東京電力グループのシステム開発を担うテプコシステムズとともに、東芝ソリューションが提供する人事給与パッケージ「Generalist®」をベースにして、ASPの申請・人事・給与システム「パワー人事」を開発した。これをグループ共通の標準システムとして活用することで、グループ内へのシェアードサービスの普及を図っている。

東京電力株式会社

何度も承認が必要で非効率だった 申請から給与計算までの業務フローを刷新


労務人事部 シェアードサービスセンター 所長
三田 雅裕 氏

 東京電力は従来から労務人事業務の効率化を目指してシステム化を行なってきた。1997年には自前で労務人事アプリケーションを開発して、オフィスサービスセンターを設立。労務人事に連なる申請でもペーパーレス化を促進して、業務フローの大幅な見直しを実施した。労務人事部シェアードサービスセンター所長代理の石橋久氏は、それ以前の審査・承認業務をこう振り返る。

「それまでは、給与振込口座を変更したり、子供が生まれて扶養家族が増えると、社員が紙で申請を行い、いくつもの審査・承認を経てようやく給与計算システムに反映されるという流れになっていました。しかし、口座の変更や出産は、本来、会社の承認が必要な事象ではないはず。そこで従来の考え方を変えるとともに、申請から給与計算までの流れを電子化して、大幅な効率化を実現しました」

この時点で、東京電力本体における労務人事業務の効率化は大きく進んだといえる。ただ、グループ各社は依然として紙ベースの申請が中心であり、給与計算までに複雑な承認プロセスを必要としている会社が多かった。特に子会社は東京電力本体からの出向者などが多く、「東京電力本体の10年前の考え方や業務の進め方で現場が動いている部分もあった」(石橋氏)というのが実態だった。

もちろんグループ各社も自社開発でシステムを構築したり、業務パッケージを導入するなどして、独自に業務効率化に向けて動き出してはいた。ただ、子会社でいくらシステム化を図っても、その効果には限界がある。グループとして効果を最大化するためには、組織の壁を越えて共通業務を集約し、もっとも効率的なシステムで標準化する必要があった。

また各社がそれぞれ違うシステムを利用すると、グループ全体で見たときに保守管理のコストも大きく膨らんでしまう。グループ経営のメリットを活かすには、やはりが統一されたシステムで業務を集約することが望ましい。

そこで2001年、同社のシステム企画部の主導でシェアードサービスの事業化を立案。内容を煮詰めた上で、同年11月、社内のIT活用業務革新委員会の了承を得て、プロジェクトをスタートさせた。

汎用性の高いパッケージでグループ各社の給与体系に対応


 労務人事シェアードサービスの基盤となるシステムとしては、1997年に自前で作ったシステムを横展開する選択肢もあった。ただ、約4万人の社員を抱える東京電力本体用に作りこんだために、それをそのまま小規模のグループ会社に導入してもらうのは難しい。新たにグループ用に開発するにしても、新規に汎用性の高いシステムを開発することは難しく、人事給与パッケージをベースに検討しなければならなかった。

ベースになるパッケージには、企業規模の大小だけでなく、グループ各社の多彩な給与体系にも対応できる汎用性が求められた。というのも、電気事業は一般の事業に比べて職種が多岐に渡り、給与制度が多様化しているからだ。

ひとくちに電気事業といっても、家庭や企業に電気を届けるまでには、燃料の輸入から発電、送電、変電、配電、販売というプロセスがあり、それぞれの現場で多岐にわたる作業が発生するので、それらを一つの給与体系の中にまとめるのは難しい。各社個別の事情に対応するには、労務人事業務を標準化しつつも、グループ内のどのような職種や制度にも適用できる高い汎用性を持つパッケージが必要だった。

そこで同社が選んだのが、東芝ソリューションの人事給与パッケージ「Generalist」だ。「他にもいくつかのパッケージを比較検討しましたが、価格と汎用性という点で『Generalist』がもっとも優れていました」と、石橋氏は選定の経緯を語る。

パッケージの選定には、価格や汎用性だけでなく、東芝ソリューションの実績も大きく影響したという。「東芝グループさんは、すでにグループ内でシェアードサービスを実施していました。しかも、東京電力グループと同じく、東芝グループさんは企業規模が大きい。数万人規模で安定して動かしているという実績は、同じことをやろうとしている弊社にとって大きな魅力。当然、そのシステムを構築した東芝ソリューションさんにも信頼感がありました」

東芝ソリューションの「Generalist」が選ばれたのは、パッケージそのものの良さに加えて、グループ内での運用実績が高く評価されたからだった。

労務人事部 シェアードサービスセンター 所長代理
石橋 久 氏

電気事業で積み重ねてきた信頼関係でコミュニケーションもスムーズに


 東京電力グループの申請・人事・給与システム「パワー人事」の開発は、2001年9月に始まった。「Generalist」は人事給与パッケージだが、それにテプコシステムズ社製の申請システム「ハイパーオフィス」を連係させて、Webベースで利用できるASPサービスとして開発を行った。

開発工程で苦労したのは、東京電力グループの独特の業務を、システムに整然と流すためにルーチン化させることだった。「その部分は『Generalist』の標準ではなかったため、多少の作りこみが必要だったと聞いています」と、労務人事部シェアードサービスセンター副長の若林達矢氏は語る。

もっとも、開発は全般的にスムーズにいったようだ。前出の三田氏は、その理由を次のように分析する。「もともと東芝グループさんには、電気事業でかなりの部分をご協力いただいていました。これまでのお付き合いを通して人と人とのインターフェイスが良い具合にできていたので、コミュニケーションもスムーズで、こちらの要望にも迅速に対応していただけたと考えています」

開発が終わったのは、2002年9月。翌月にはさっそく子会社の東電物流が「パワー人事」を導入している。

利益を追求しない安い委託料でグループ各社の労務人事コストを削減


 労務人事シェアードサービスは、1991年10月から試験実施を開始している。1993年7月までにグループ5社が導入して、円滑な業務運営と効率化の効果を確認。対象会社からも高い評価を得ることができたため、今年2月から本格展開に踏み切った。今年10月時点では、グループ内導入企業数は16社まで増えている。

シェアードサービスを導入したグループ会社は、勤務表データ集計や各種届出の審査・承認といった定型事務処理と、社会保険やマスタ管理などの専門性の高い業務をシェアードサービスセンターに委託して、人事異動や服務管理といった企画業務・職場密着型業務は、従来どおり自社で担うことになる。前出の若林氏は、導入企業のメリットを次のように強調する。

「業務フローの標準化とシステムの活用により、的確かつスピーディな業務処理を実現できます。またシステムの機能を活用すれば、経営管理的な諸表の出力も簡単に可能。さらに専門性の高い業務に、シェアードサービスセンター内に蓄積された高度なノウハウを活用できる点も大きなメリットになるはずです」

さらに見逃せないのがコスト削減効果だ。従業員約270人のグループ会社では、シェアードサービスの導入により年間約640万円の人件費を削減できて、委託料約470万円を差し引いても、年間約170万円のコストダウンが見込まれる。

コスト削減は、規模の大きな企業ほど効果も大きい。すでに導入した従業員800人のグループ会社では年間約2110万円、従業員1400人のグループ会社では年間2720万円の削減を見込んでいる。これをグループ全体に広げていけば、非常に大きなコスト削減効果を得られることになる。グループ全体での試算は出していないが、経営管理サイクルに関わってくるグループ主要会社20社に導入が完了すれば、コスト削減額は年間2億7000万円に達する見込みだ。

ただ、グループ各社の労務人事コストが削減できても、そのしわよせが東京電力本体にきてコストが膨らんでしまうようでは意味がない。その点について、三田氏は次のように解説する。

「シェアードサービスで利益を追求するつもりはありませんが、グループ全体としてコスト削減していくには、シェアードサービスを事業として成り立たせる必要があります。そのため導入企業に支払っていただく委託料も、この事業の収支が赤字にならないようにギリギリのところで設定しています。このまま順調にいけば平成21年度には収支の均衡が取れるはずです」

東京電力シェアードサービスは、親会社も子会社もメリットを享受できる、まさにオールウィンの状態を作りだす事業だといえるだろう。

労務人事部 シェアードサービスセンター 副長
若林 達矢 氏

ユーザーのニーズをシステムに反映グループ全体への普及を図る


 シェアードサービスは、今年度末に累計20社、2008年度末には累計32社への導入を目標にしている。その後の展開はまだ決まっていないが、市場競争力がついてくればグループ外に向かって提供することも視野に入れている。すでに「パワー人事」は北海道電力グループなどに導入されており、シェアードサービスへと発展していく可能性もある。

ただ、「当面は、子会社を中心に導入の働きかけをしていきたいですね。外部への展開に至る前に、まずはグループ内での足場を固めることが先決ですから」と三田氏。

現在は、足場固めのためにグループ各社のニーズを吸い上げて、システムに反映させている段階だ。例えば最近では、ユーザーから要望が多かった年末調整の申請を「パワー人事」で処理できるように機能を追加。今後も引き続き、現場の声をシステムにフィードバックしていく予定だ。

「開発当初はシステム先行で、東京電力グループのカラーをシステムに反映できていない部分もありました。現場で使いながら見えてくるところもあったので、さらに開発を重ねて、グループ各社が使いやすいシステムに進化させていくつもりです。『パワー人事』のベースになる『Generalist』についても、Generalistユーザー会を通して随時、東芝ソリューションさんに要望を伝えていきたいですね。東芝ソリューションさんは法改正時などの対応も非常に早いので、今後の対応にも大いに期待をしています」(三田氏)

同社のシェアードサービスの本格展開は、まだ始まったばかりである。グループ内に順調に浸透しつつあるが、この流れをさらに加速させるために、東芝ソリューションが貢献できる余地は大きい。これからシェアードサービスがどのように発展していくのか、ぜひとも注目しておきたい。

SOLUTION FOCUS

人財管理ソリューション「Generalist®

重要な経営資源である人材を一元管理する人事給与パッケージ。複数法人対応可能で制限のないデータベース構造と高いオープン性を誇り、グループ企業の情報一元化や、ASP事業のプラットフォームとして導入可能。履歴情報・検索条件等に制限がなく、データベース構造の公開によって情報をより戦略的に有効に活用できる。またパラメータを用いての各種設定によって制度改定にも柔軟に対応。また導入後のバージョンアップや法改正にも迅速に対応して、つねに時代の最新トレンドに追随している。タイムリーな情報提供により戦略的な人材活用を実現できる人材情報システムとして、また複雑な給与体系を易しくサポートして、給与業務の効率化と省力化を支援する給与情報システムとして、東芝グループをはじめとした大規模企業を中心に、800社以上の導入実績を持つ。

この記事の内容は2006年10月に取材した内容を元に構成しています。
記事内における数値データ、社名、組織名、役職などは取材時のものです。

COMPANY PROFILE

会社名
東京電力株式会社

設立
昭和26年5月

代表者
取締役社長 勝俣 恒久

本社所在地
東京都千代田区内幸町1丁目1番3号

事業内容
電気事業、情報通信事業、エネルギー・環境事業、住環境・生活関連事業

URL
https://www.tepco.co.jp/