モノづくりからコトづくりへの変革
変革のカギはプラットフォーム・エコシステム(後編)
BtoC(Business to Consumer)の世界では多面的市場を展開するプラットフォームビジネスに注目が集まっている。ではBtoB(Business to Business)でもそのような動きは広がるのか。またBtoBでプラットフォームビジネスを成功させ、社会に受け入れられるようにするためにはどのような点に注意が必要なのか。立命館アジア太平洋大学国際経営学部 高梨千賀子准教授に、本ウェブメディア「DiGiTAL CONVENTiON」編集長 福本勲が話を聞いた。
BtoBでも多面的市場を見据えたプラットフォームビジネスが広がるのか
福本:GAFAが台頭して以降、Two-sided Market、Multi-sided Market(多面的市場)が注目を集めています。Amazonなどのオンラインショッピング、Googleなどの検索サービス、FacebookなどのSNSは多面的市場の典型例だと言われています。改めて多面的市場とは何か、なぜ必要なのか、成長のメカニズムなどについて教えてください。
高梨:GAFAをはじめ、楽天市場などが展開しているプラットフォームビジネスは、まさに多面的市場モデルの構造を利用したものです。Amazonや楽天は、物品やサービスを提供したい店舗とそれらを購入したい人とを仲介することでビジネスを成立させており、店舗が増えると利用者が増え、利用者が増えると店舗が増えるという市場間で規模の経済を実現しています。多面的市場とは、このように2つ以上の異なるタイプの市場を対象とするプラットフォームがあり、その顧客が相互に依存し合い、共同で関与することでプラットフォーム価値を拡大させていくビジネスモデルを指します。大事なのは、ひとつの市場だけでビジネスを考えるのではなく、ひとつの市場が大きく成長していくならば、他方もそれを狙って大きくなっていくというビジネスを考える。それが多面的市場の重要なポイントです。
福本:BtoCのプラットフォーマーはこの多面的市場モデルを考えた動きをしていると思うのですが、この動きはBtoBにも広がるのでしょうか。
高梨:例えば製造業が顧客のバリューチェーンに入り込み、最終的に顧客が生み出す価値の創造を一緒に行っていくようなサービスについて考えてみましょう。このようなサービスを提供する際に必要になるのが情報であり、それを集めるためには、プラットフォームが必要になります。プラットフォームは、モノやサービスと情報が集まる場所だからです。
コマツのLANDLOGは、建設生産プロセスに関する様々な企業のモノやサービス、情報をプラットフォームに集め、自社の建機ユーザー以外にも広く提供することにより、顧客基盤の拡大と同時にサービス基盤の拡大をはかる、BtoBのプラットフォームの典型例です。
餅は餅屋という言葉があるように、一社で全てのサービスを提供するよりも、専門でサービス提供している企業が集まった方が顧客にとって良いサービスが提供できます。プラットフォームを使ってサービスや製品を提供する側は、プラットフォームが共有資産として備えている各種サービスを使うことができ、それを活用しつつ顧客基盤を拡げることができるようになります。この時、製品とサービス、コマツの例で言えば建機と建設生産プロセスをサポートするサービスは、補完関係にあります。プラットフォームの成長にはこの補完関係にある財とサービスを取り揃えることも重要です。
オープン&クローズ戦略はなぜ重要なのか
福本:オープン&クローズ戦略についてお伺いします。iPhoneは、App Storeにアプリケーションがたくさん公開されていなければ、これほど普及しなかったと思われます。アップルのiPhoneのアプリケーションは、誰でも供給できますが、iOSをクローズにしており、他社の模倣から機器を保護することを行っています。これはオープン&クローズ戦略の典型だと思います。プラットフォーム・エコシステムにおいて、なぜ、オープン&クローズ戦略が重要になるのでしょう。
高梨:昨今、日本ではオープンイノベーションの議論がなされていますが、必ずしも全てをオープンにする必要はありません。大事なことは、何を他社に任せ、何を自社で行うのかをきちんと考えておくことです。境界線を設定せずに全てをオープンにしてしまうと、自社のコアコンピタンスの領域まで他社に持っていかれてしまう可能性があります。一方、全てをクローズにして自社で行うことも難しい時代になってきました。
iPhoneも、当初スティーブ・ジョブズは全部自前でやろうとしたと言われています。他社が入ることによってプラットフォームの統制が効かなくなり、質が落ちるのではないかと危惧し、自社で全てを開発する方が良いと考えたからです。一方、オープンにして、サードパーティーにバラエティ豊かなアプリケーションを提供してもらうと、ビジネスがさらに拡がっていく可能性があります。双方を天秤にかけたときに、後者の方がよりiPhoneの価値が高くなると判断し、最終的にはオープンに踏み切ったのです。
福本:Appleはアプリケーション取引の仕組みとしてApp Storeを提供したり、課金モデルを作ったりする一方で、iOS自体をブラックボックスにして、オープン&クローズ戦略に基づいたプラットフォームがしっかり構築されています。
高梨:Appleのエコシステムにおいては、誰もがiPhoneのアプリケーションを提供できるわけではありません。選定が行われ、アプリケーションが公開されてからもどういう使われ方がなされ、利用者がどのくらい増えているかという情報も記録されています。このような評価を行うことで、プラットフォームの質が維持されています。
BtoBのビジネスではこれまで、顧客の顔が全て見える状態でモノやサービスを提供してきたと思います。ですが、プラットフォームをオープンにすると自社以外の製品・サービスのユーザーや、今まで付き合ったことがなかったサプライヤーも入ってくるようになります。提供するサービスや製品が本当に優れたものなのか、その提供している企業が自社の顧客に対して真摯にビジネスを展開しているかなどもウォッチしていかなければならなくなります。つまり、従来の顔の見えるビジネスとは異なるガバナンスの仕方が必要になってくるのですが、情報を活用しながらその転換をどう行うのか、これがBtoBの難しいところだと思います。
福本:プラットフォーム上のプレーヤーは、必然的に毎年一定量入れ替わっていくと言われています。
高梨:それがエコシステムの大きな特徴です。エコシステムは取引関係にある人たちを集めた集合体というわけではありません。生態系と訳されるように、入ってくることも出て行くことも比較的ゆるく構成されていることで、エコシステムが活性化します。固定的ではないことが、ビジネスにとっても有利なポイントだと思います。
福本:BtoCのプラットフォームの場合は、その上でサービスを展開する企業の経済活動をプラットフォーマーが把握できるようになっていますが、BtoBではそのような仕組みは反発を受けると思います。
高梨:プラットフォームに参加する企業も、出したくない情報は当然出てくると思います。出したくない情報を出せとプラットフォーマーが強制すれば参加企業は増えません。契約や標準規格を使うなどの手段がありますが、その辺は明らかにBtoCとの違いだと思います。
プラットフォーマーになるためのハードルをいかに乗り越えるか
福本:東芝はCPS(サイバー・フィジカル・システム)テクノロジー企業を目指しており、東芝IoTリファレンスアーキテクチャーの構築や、それに基づく各種IoTサービスの提供、様々なIoT機器やWebサービスのモジュールを自由に組み合わせて簡単にIoTを実現できるIoTプラットフォーム「ifLink」の提供など、いろいろな取り組みをしています。プラットフォーマーになるのは非常に難しいことだと思いますが、そのハードルをどう乗り越えたらよいのでしょうか。
高梨:プラットフォーマーになるためには、自社のビジネスを全て含むようなプラットフォームを作るのではなく、小さく始めてみることだと思います。もうひとつ大事なことは、何のためにプラットフォームを作るのかを明確にすること。目的がなければやはりうまくいかないと思います。みんながやっているから、やらなければと取り組んでいては、やはり行き詰まってしまうと思います。
福本:必ずしもプラットフォーマーになる必要はなく、既存のプラットフォームに参加したほうがいいということもあるかもしれませんね。
高梨:どのような収益の得方をするかという話になりますが、領地拡大ゲームのように、大きな城を建てて、その城から流れてくる情報を生かして領地を拡大していくというやり方もありますし、飛び地をつくり、それをどんどん拡大していくというやり方もあります。いずれのやり方においても自分の顧客は誰で、その顧客に何を提供したいかを考えることが大事です。
福本:今まで目の前の顧客の顔しか見ていなかった企業が、社会全体を俯瞰で見ると、ちょっとずれたところに市場があるかもしれないということですね。でも自分たちだけではそういうところになかなか行けない。では誰と仲間になれば行けるのか。そうなるとプラットフォームが必要になるということですね。
高梨:そうですね。プラットフォームは価値共創の場でもあります。でも、全部一から作るのは非常に難しいことなので、今あるところから流用できるものを使いながらプラットフォームを作り、そういうマインドを組織が容認することも大事だと思います。プラットフォームは市場の話でもありますが、組織の話でもある。プラットフォームビジネスに移行すると、少なからず既存のビジネスとコンフリクトが起こるところが出てきます。そのコンフリクトをうまくまとめるには、リーダーシップも必要になります。
福本:最後に高梨先生は日本の製造業にどのような期待を持たれていますか。
高梨:日本の製造業はやはり素晴らしいと思います。ですが、今のビジネススタイルを維持していくことは、デジタル化が進む時代には、もしかすると顧客にとってマイナスかもしれません。一度立ち止まって、新しい価値を共創というやり方で作っていく方法について検討する機会を持って欲しいと思います。
撮影:鎌田 健志
立命館アジア太平洋大学 国際経営学部 准教授
2007年3月、一橋大学大学院で博士号(商学)取得。立命館大学大学院テクノロジー・マネジメント研究科にて2018年3月まで10年間教鞭をとり、2018年4月より立命館アジア太平洋大学(APU)へ。専門分野は国際標準化戦略、知財戦略、IoT時代の製造業のビジネスモデル・競争戦略等。
- ※この記事に掲載の、社名、部署名、役職名などは、2020年2月現在のものです。
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