日本の製造業が再び世界で輝くために、今、なすべきこととは(前編)

イノベーション, テクノロジー
2019年10月23日

ものづくり立国、日本。近年では欧州企業や中国をはじめとする新興のアジア企業にも地位を脅かされ、国際競争力は低下しつつある。国際競争力の向上のために製造業に求められるのが、DX(デジタルトランスフォーメーション)である。だが、DXへの取り組みに成功している企業がなかなか出てこない。その要因はどこにあるのか。アイティメディア株式会社 MONOist別ウィンドウで開きます 編集長 三島一孝氏に、本ウェブメディア「DiGiTAL CONVENTiON」編集長 福本勲が話を聞いた。

アイティメディア株式会社 MONOist編集長 三島一孝氏

日本と欧米のDXのアプローチの違い

福本:「2017年版ものづくり白書」で指摘されているように、製造業のデジタル化にはサプライチェーン革新とエンジニアリングチェーン革新の側面があります。ですが、今、日本でDXというと前者の文脈で語られることが多いように思います。

三島:確かに後者はうまく進んでいない感じがします。CADを使う設計領域や生産領域のデジタル化など、各部門の中でのデジタル技術の活用は進んでいますが、設計から製造までのように部門をまたがってデジタル技術で一気通貫につなぐということはまだできていないのが現実だと思います。

福本:これからのDXは工場の中だけでの取り組みではなくて、例えばお客様のモノ(製品)の使用状況をフィードバックして活用したり、お客様が様々なモノを組み合わせてサービスを提供したりする際の使われ方やニーズをフィードバックしていく取り組みも対象となっていくと思うのです。そのフィードバック先はものづくりや設計だけではなくて、もっと上流の研究開発や商品企画、マーケティングにも拡げる必要があります。顧客の利用シーンを製品企画・設計・ソフトウエア/UXに生かすことは重要だと思うのですが、そういった領域のデジタル化も遅れているのではないかと感じています。

三島:欧米と日本の企業のモノづくりを比較すると、企画から製造まで、モノづくりの情報がデジタルで一気通貫につながっているかどうかというところに大きな差があると感じています。日本では設計と製造が分断されている企業が多いと思います。それには製造業の文化的背景の違いも影響しています。日本は製造現場が強く、設計で詳細に作り込まなくても、現場で品質や製品価値が高まるようにうまく作り込めてしまう。一方で欧米系の企業では製造現場での調整ができないので設計段階での作り込みやシミュレーションを重視しています。
ただ、日本の製造業の強みは、これまではヒトが持つノウハウや現場力でしたが、今後ヒトの確保が難しい状況になっていくと、この強みを維持するのは難しくなります。製品自体が複雑化、ネットワーク化しており、ソフトウエアの領域が増えていく中で、製造現場の匠だけでは製品の品質や価値を作り込むことができなくなってきています。
さらに、製品が複雑化し、メカ設計だけではなく、エレキ(エレクトロニクス)、ソフトウエアの組み合わせ、さらには顧客の利用シーンの想定までをも含めたモノづくりが必要になる中、これらを個々の部門で作りこんでからすり合わせるのではなく、それぞれが連携する形で開発を行うことが求められています。その意味ではモノづくり情報の一貫したデジタル基盤は必須になると感じていますが、日本の製造業では部門を超えた連携に消極的なところが多いと感じています。

福本:今後は人手不足が懸念されており、匠の技をデジタル化していくべきという話もよく聞きます。匠の技のデジタル化は、それが漏えいした時の問題が大きいですね。欧米や中国がデジタルの力で、日本のものづくりの強みや現場力、匠の強みを、減じようとしていると見ることもできますよね。

三島:デジタル化はある意味で暗黙知を形式知化するという話ですので、日本が得意なすり合わせや人に基づくノウハウはデジタル化した時点で他者にも活用できるようになります。例えば、中国は既に品質の高いものづくりの力があり、ITもグローバルで強い企業が数多くあります。これらの技術力に加えて、ノウハウなど人に基づく「見えない技術」がデジタル化されて奪われることがあれば、今の日本の製造業が優れている面が奪われていく可能性もあります。

福本:中国は基本的にノンレガシーで、最新設備をいきなり入れて、データを最初から取得できるという状況ですからね。また、オープン戦略をとっており、先進国に早く追いつくための意図が見えますよね。

三島:よく協調戦略・競争戦略、オープン&クローズ戦略といったことが言われるのですが、漏えいの問題を考えると、必ずしも全ての情報をデジタルの土俵に載せる必要はないと思います。DXは技術的な面でのみ語られることも多いのですが、どの情報を守り、どの情報をオープンにするのかという企業としての姿勢、企業としての考え方をしっかり定めることの方が大事だと思います。重要なのは最終的にはビジネスとして価値を生むかどうかなので、ビジネスに生かすことができないというのであれば「デジタル化しない」というのも選択肢の1つです。こうした状況を意識して実際に取り組んでいる企業もいます。

福本:日本の製造業にもマネジメントトランスフォーメーションが求められますね。

三島:DXありきではなく、何を価値として提供したいのか、譲れない価値は何かなどを明らかにして、それ以外のところはどんどん他社と組み、自社だけではできない社会的価値をもたらしていく発想が大事になると思うのです。

福本 勲

インダストリー4.0はコンセプトから「実装」へ

福本:2011年のハノーバーメッセでドイツのインダストリー4.0のコンセプトが発表され、それ以降、インダストリー4.0のエコシステムの中核になろうとする企業が、産業用のオペレーティングシステムとしてのプラットフォームを訴求するような展示が中心でした。近年は、より現場レベルで成果を生み出す仕組みに関するソリューション展示が目立ってきたように感じます。

三島:2015年にインダストリー4.0の実践戦略が発表されたタイミングでフェーズが変わり、具体化してきたのが2016年~2018年ぐらいで、2019年はそれらの時期に描かれていたサービスなどが細分化し具体化されて出てきたという気がします。部分最適をつなぎ合わせて規模の拡大や全体最適化を進めていく取り組みなどが増えました。今後は、実践戦略を粛々と進めつつも、全体最適化の道が広がっていくのは間違いありません。そのために必要な技術や仕組みは何か、現在の体制からどう移行するべきかという議論が深まると思います。

福本:これまでのハノーバーメッセは、インダストリー4.0の発展のレベルを確認する場というイメージがありましたが、その役割も変わっていくのでしょうか。

三島:今後も一定レベルでその役割は果たしていくと思いますが、個人的には、インダストリー4.0が発表された当初描かれた「目指すべき世界」はほぼ実現の道筋が見え始めており当初の役割は終えつつあると感じています。ただ、今後も解決しないといけない課題が出てくると思いますのでそれを解決するという新たな役割が増えてくるのだと考えます。例えばIoTプラットフォーム一つとっても、世の中にはたくさんのプラットフォームがあります。それらを結んでどう最適な形にしていくかが、IoTのさらなる普及のカギを握っています。
その方向性も見えてきました。ハノーバーメッセとの併催という形で開催された、OPC Foundationとドイツ機械工業連盟(VDMA)などの主催によるWorld Interoperability Conferenceで、OPC UA(OPC Unified Architecture)仕様の標準化の枠組み内であれば、国内および国際的な組織やワーキンググループとのネットワークが可能になるという、メーカーに依存しない情報交換の将来についての洞察が提供されました。インダストリー4.0の一つの規格に全てを統一するという方向ではなく、バラバラの規格を結んで最適なものにしていこうという方向に落ち着いてきたのが印象に残りました。

福本:インターオペラビリティ(相互運用性)も、一つに統一されるというより、多様性を許容した「現実解」に落ち着いていくということですね。そして、プラットフォームが生き残る条件の一つは、いろいろなプラットフォームとつながることができるということではないでしょうか。

三島:経済産業省が提唱している「Connected Industries」のコンセプトも同様です。今言われているような社会課題は、さまざまな業界や産業、企業が組み合わさることではじめて解決できると考えます。例えば物流業界ではドライバー不足が問題になっていますが、物流業界の効率化だけで解決しようとするのは社会全体で考えた場合、合理的ではないと考えます。工場に行くと、入出荷待ちをしているトラックなどを見ることも多いですが、工場側の受け入れや出荷情報をトラック側でリアルタイムに受け取ることができれば無駄な待ち時間を減らすことができます。また、トラックと小売りの情報がつながっていれば、入荷に最適なタイミングで届けることができます。製造業、物流業、小売業がひとつのプラットフォームで情報連携できれば、解決できる可能性があるのです。データを中心に、産業間を横軸で結んでいきましょうというのが、Connected Industriesやインダストリー4.0が目指す世界なのだと考えます。

福本:そしてそれを全産業に広めていくのがSociety 5.0ということですね。

三島:そうですね。ただ、こうした広い範囲のつながった姿全部を一貫してデザインするのはかなり難しいので、個々で結んだものを上位で更に結ぶという発想が大事になるのかなと感じています。

福本:そして足りないホワイトスペースを探すことが必要ですね。

三島:そういう発想にたぶんなっていくのだろうと思います。リファレンスアーキテクチャーが必要という話につながるかもしれないですね。

福本:先ほど複数のプラットフォームを結んだエコシステムが重要になっていくという話があったのですが、さまざまなプレイヤーがいろいろなレイヤーや領域で社会実装や企業実装などをしていくことを助けるための仕組みとしてリファレンスアーキテクチャーも重要視されてきているということですね。リファレンスアーキテクチャーは、まず大きな階層を定義して、どの階層で何をやれるようにしようと決めたら、あとは個々の参加企業に任せて、作られてきたものをだんだん標準化していくことが重要だと思いますが。

三島:リファレンスアーキテクチャーが大事だなと思うのは、今あるものと無いものがはっきりわかるというところが一番大きいと思います。オープン&クローズ戦略を進めるとしても何が社内にあり、何がなくて、何が必要かということを把握する必要があります。こうした全体像がはっきりしていることは重要だと思います。

日本企業にはビジョンが不足しており、決めるまでの時間が長い

福本:ここで少し話を変えます。日本のDXは進んでいるのでしょうか。

三島:大きく遅れているとは思いませんが、進んでいるとも言えません。世界中の企業が模索している状況だと思います。日本企業にも、まだまだチャンスはあります。一つだけ、いろいろな企業を見ている中で注意しなければならないと思うのは、必ずしもデジタル化を多くやっているところがビジネスとして成功しているわけではないということです。デジタル化の取り組みを早く多く進めることが、成功につながっているのかというと一概にそうは言えないのだと思います。

福本:デジタル化はあくまでも手段です。現実には手段の目的化のようなことが起きています。そこにDXを阻む要因がある気がします。

三島:まずはビジネスとして勝ち残るためにどういう変化が必要か、どう変わっていくべきかという企業戦略が必要です。その判断の中でデジタル化が必要ないというのであれば、そういう判断もありだと思います。つまり流されるのではなく、意識的に選択できているかが大事だと思います。変化する将来像を描き、それに対して自社がどんなビジネスとなっているかを想像すると、既存ビジネスだけではだめだとなるかもしれません。その時にデジタル化が大きな要素になります。

福本:例えばトップが明確にこういうことをやりたいという意識を強く持つことも、日本企業には大事だと思うのです。日本企業にはビジョンが不足していると思うのですが、いかがでしょう。

三島:日本企業に、ビジョンが不足しているというのはあるように感じます。ただ、経営者が果断に飛び出して決断するというのは、日本企業には向いていないとも思うのです。これは良し悪しの問題ではなく、文化の違いだと思います。日本企業の方との話を通じて感じるのは、日本の製造業の場合、経営にそこの判断を委ねるより、現場から押し上げて経営に判断させる方が居心地が良いのではないかということです。

福本:ただ欧米に比べるとスピード感が落ちるのではないかという懸念をいろいろな人が持っているわけです。トップダウンの方が早いのではないですか。

三島:日本企業の事例を見ていると、やると決めた後は早いです。問題は、決めるまでが長いことなのです。日本の経営者は決断力が無い、飛び出すのが嫌で新しいことをやりたがらないといった話は、デジタルになって出てきた話ではなく、20~30年間ずっと言われてきたことです。その違いを受け入れた上で、日本企業なりのDXや新しいモノを生み出す方法を考えていけば良いと思います。

三島 一孝 氏 写真
三島 一孝 氏

アイティメディア株式会社
プロフェッショナル・メディア事業本部
MONOist 編集長

電機業界紙、IT関連メディアなどを経て2013年にアイティメディア株式会社に入社。
エネルギーメディア「スマートジャパン」の編集長などを経て、2016年10月にモノづくり技術者向けメディア「MONOist別ウィンドウで開きます 」の編集長に就任。
スマートファクトリーやインダストリー4.0をはじめ、製造ITやFA関連の取材・編集活動に従事し、「日本のモノづくり」の振興に向けた情報発信を行っている。

執筆:中村 仁美
撮影:鎌田 健志
  • この記事に掲載の、社名、部署名、役職名などは、2019年9月現在のものです。

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