統括リーダーの作戦

統括リーダーの作戦 ~ハッカソン流プロジェクトマネジメント~

統括リーダーを務めた東芝 CPS x デザイン部 デザイン開発部 共創推進担当の衣斐です。こちらでは「魔改造の夜」出場が決まり夜会が終わるまでの間に、魔改造の夜プロジェクトを円滑に運営するために私が行なったプロジェクトマネジメントの虎の巻を少しだけ紹介します。 


1.百見は一プロトタイプに如かず ~ プロトタイプ思考の適用 ~

今回、魔改造の夜に挑戦するにあたり、私が以前より取り組んでいる「プロトタイプ思考」が効果的であると考えました。まずはこのプロトタイプ思考について簡単に説明いたします。  

変化が速い現代に合わせて新しいものを生み出すためには、仮説と検証を繰り返しながら、探索的に目標に向かって開発を進めることが必要です。これは「アジャイル開発」と呼ばれる考え方です。また、困難な課題に対して新しいアプローチで解決するためには、様々な専門分野を持つ多様なメンバーで課題に取り組むことが有効だといわれています。これがいわゆる「共創」です。共創においてアジャイル開発を実践するためには、コミュニケーションが重要と考えています。専門分野や背景の異なるメンバーが、素早くかつ正確に各々の考えを共有しあい、同じ共通認識で議論を重ね、ゴールに向かって取り組むことができるかどうかが重要なポイントです。

共創におけるコミュニケーション手段として視覚情報は非常に有効です。「百聞は一見に如かず」というように、言葉を尽くすより、簡単な絵や図を描いて見せる方が、効率的にアイデアを共有できます。 

これが、部分的なものや簡易的なものであったとしても、実際に動き、体験できるプロトタイプであればさらに効果的です。素早く共通認識が得られ、次の段階の議論、開発に移ることができます。いわば「百見は一プロトタイプに如かず」です。

 加えてプロトタイプを作るという行為にはもう一つの効果があります。それは「つくること自体が次のアイデア発想へと繋がる」ということです。手を動かして試行錯誤することで、脳が活性化され、自分で想定していなかった課題に気付いたり、次のアイデアが浮んだりという効果もあります。 

これらの「共創の場において、アジャイルにビジネス開発をするためにプロトタイプを利用する」という一連のコンセプトをまとめて、私は「プロトタイプ思考」と呼んでいます。

プロトタイプ思考を考えるきっかけとなったのはハッカソンでした。ハッカソンとは、与えられたテーマに対して、エンジニアやデザイナー、プランナーなどが集まり、1日から数日のうちにそのテーマを達成するアウトプットを作成するという、共創型のイベントです。私は2014年に初めてハッカソンにデザイナーとして参加し、エンジニアとデザイナーが肩を並べて共創することで、アイデアを発展させながら具現化するという体験に感動を覚えました。この時、ハッカソンの会場となったのが、民間のメイカースペースでした。メイカースペースとは、3Dプリンタやレーザー加工機などのデジタル工作機械を使って、アイデアを簡単に具現化することができる施設です。私はハッカソンでの経験から、プロトタイプ思考の実践の場としてメイカースペースは必須であると考える様になり、2021年2月に、東芝共創センター Creative Circuit® 「メイカースペースKM1」を立ち上げました。今では、新規事業の創出や、既存事業の改善、共創人材の育成、人材交流など、東芝のさまざまな場面で活用されています。

そして、プロトタイプ思考の適用およびメイカースペースの活用は、魔改造の夜のように誰もやったことがない未知への挑戦に対して、非常に有効な手段と考えました。メンバー全員に実践してもらいたい、その効果を体感してもらいたいと考えました。

プロトタイプを使って議論する様子
メイカースペースKM1

会場の壁に、共創のマインドセットを掲示

2.チーム編成とチームビルディング

魔改造の夜においてプロトタイプ思考を実践するにあたり、参考にしたのがやはりハッカソンでした。ハッカソンを開催すると、そこに集まったチームの数だけ、アウトプットが出ることになります。魔改造の夜に出場するにあたっても、チームを増やすことで、出てくるアウトプットの数が増えるとともに、チーム間での競争が生まれ、アウトプットの質を高めることができるのではないかと考えました。質の高いアウトプットが複数あれば、互いのアイデアが補完し、組み合わせてより良いものができる可能性があります。そこでスタート時ではテーマごとに2チームずつ作ることにしました。

次に行ったのはチームビルディングです。メンバーが持っているスキルや経験を最大限に活かして、チームとして機能させるためのチームビルディングが必要だと考えました。この時、役に立ったのが、ハッカソンの経験でした。ハッカソンは、少数精鋭のメンバーで、短時間のうちに目標を達成しなければなりません。よって、それぞれが自分で自分の役割を見つけて能動的に動き、開発を進めていきます。

今回、集まった開発メンバーは、魔改造の夜に出場するという共通の目的があり、モチベーションは高いと思われました。しかし一方で、初対面同士のメンバーも多く、職種や経歴も異なる、いわば即席のチームです。このチームを、統括リーダーやチームリーダーがトップダウンで運営することは不可能だと考えました。そこで、スタート時に、参加者がお互いのことを知るということに加えて、自分自身で役割を考えて自ら動けるようにマインドを醸成することが重要だと考えていくつかのイベントを企画しました。

とはいえ、メンバーにはそれぞれ通常の業務もあります。そこで、オンラインツールを活用して自己紹介を行なう企画を行うとともに、就業時間後に顔合わせ会や前夜祭などのリアルでメンバー同士が交流するイベントを開催しました。顔合わせ会では出場者全員に魔改造の夜に対する思いを発表していただきました。その言葉から感じられる熱量には、運営サイドも嬉しい驚きがありました。前夜祭では東芝がこれまでに培った「共創のためのマインドセット」を紹介して共有しました。部門や役職、年齢や性別など多種多様な人材が集まる環境の中、自由に発言し、フラットな関係であることを参加者全員に意識づけることが狙いです。このマインドセットは開発期間中もイベント会場に常に張り出し、週一回行なった進捗共有会の場でも都度確認することで、メンバーの意識を高めることを心掛けました。 

会場の壁に、共創のマインドセットを掲示

3.プロトタイプ発表会

魔改造の夜は、イケニエ発表から夜会まで、約6週間の開発期間がありました。そこでまず、「プロトタイプ思考」を全員に体感してもらうべく、イケニエ発表会の1週間後に、「プロトタイプ発表会」を設定しました。各チームには、一部の機能を切り出したものや未完成のものでも構わないので、実際に動くプロトタイプを制作し、発表会において、他チームの前で実際に動作させるプレゼンを求めることにしました。そのうえで、発表会迄に出てきたプロトタイプのうち性能が良かったアイデアを主軸として、各テーマ2つ分けていたチームを融合すると決めました。

この様な会を設定することで、机上の空論で、仕様を固めていくのではなく、実際に作って試してみることで、効果を検証し、方向性を定めていくことの価値を、全員に体感してもらうことを狙いました。また、1週間でアウトプット出すという工程を経験することで、各々が自分のできること、他人ができることを把握し、自分自身が役割を考えて自ら動くということの必要性を感じてもらえたらと考えました。

さらに、このプロトタイプ発表会までの期間中も、各チームはそれぞれ近い所で活動してもらうこととし、お互いのチームの様子も見ながら活動できるようにしました。こうすることで、他チームと異なるアイデアを試してもらい、ひいては夜会本番で他社とアイデアが被らないようできないかと考えました。また、今後一緒に開発を行うメンバーが互いの目に触れることによって、チームを融合させるときに、スムーズに移行できるのではないかと考えました。

プロトタイプ発表場面

開発開始前に気合を入れるための「Let's 魔改造タイム!」

4.魔法の合言葉「Let’s 魔改造タイム!」

今回のプロジェクトで、一番多く叫んだ言葉「Let’s 魔改造タイム!」。この言葉がどうして生まれたのか。今思えば、とにかく、このプロジェクトを楽しみ尽くしたかったということに他なりません。私だけ楽しむのではなく、参加メンバー全員に楽しんでもらいたい。そのためには、統括リーダーである私が率先して楽しんでいる姿を見せていこうと思っていました。だからこそ、自分の想いをどうやったら楽しく伝えられるかということを常に意識して、オリジナルの格言を作ったり、アニメの必殺技風の造語を作っては、進捗共有会などで発表していました。冒頭の「百聞は一見に如かず、百見は一プロトタイプに如かず」というオリジナルの格言もその一つです。こうやって、私がプロジェクトを楽しんでいれば、参加メンバーも楽しみやすい空気になるだろうと考えていました。

「Let’s 魔改造タイム!」も、プロジェクトを楽しむための掛け声でした。確か最初に使ったのは、決起会の時だったと思います。たくさんの知らない人がいる場面で、日本人は奥手になりがちです。そんな時、とりあえず全員で同じ言葉を叫べば、緊張も取れるし、チームの一体感も出るのではないか?そんな単純な発想から思いついたものでしたが、この時、この場にいる全員で、「魔改造の夜で過ごす時間を一緒に楽しもう」という想いを込めて、「Let’s 魔改造タイム!」という掛け声を作りました。

開発開始前に気合を入れるための「Let's 魔改造タイム!」

5.プロたちの思行作悟 ~ 魔改造の夜への挑戦を終えて ~

冒頭でも書いた通り、魔改造の夜への参戦は、前代未聞の課題に応える未知への挑戦でした。今回の体験を通して、未知への挑戦に対して「プロトタイプ思考」が一定の効果があることが実証できました。しかし、プロトタイプ思考だけで全てがうまくいったわけではありませんし、失敗もありました。これほど大規模なプロジェクトでプロトタイプ思考を実践したのは初めてであり、その中で気づいたこと見えてきたこと、推進しながら改善したこと、次やるならばこうしたい、といった多くの学びがあり、プロジェクト中も改善しながら進めてきました。プロジェクトの推進方法それ自体にプロトタイプ思考を適用しながらの実践だったと思います。

プロトタイピングには、思ったことを、行動に起こし、作ってみることで、このアイデアがどういう可能性があるのかを悟ることができるという側面があります。私はこの効果を、「思行作悟」と書いて「シン・プロトタイピング」と名付け、プロトタイプ発表会で披露しました。とても大変でしたが、魔会場の夜へ挑戦し、思行作悟を繰り返すことで、本当に多くのことを悟れたと思います。そして、これは、私だけでなく、参加したメンバー全員が、それぞれの中に持ち帰ることができた「プロたちの思行作悟」だと思います。魔改造の夜への挑戦を経て成長したエンジニアやデザイナー達が支える東芝の未来にご期待ください。

開発拠点に掲示していたオリジナルの標語