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2020.06.22

携帯の電波が届かない奥地、危険な山道 LPIS™なら人手を介さずデータを収集


水力発電所をはじめとする各設備で、省電力無線IoT ソリューションLPIS™(リピス)を用いて水位データを収集する実証実験がはじまった。携帯電波の届かないエリアで計測した価値あるセンシングデータを、安価に、リアルタイムで収集するLPIS™。その特徴や今後の展望について、開発時から担当を務める西田肇夫に話を聞いた。

西田 肇夫
ソリューション開発担当
DX統括部 グリッドDX推進部
シニアエキスパート  

山奥でのデータ収集作業は危険がいっぱい


― LPIS™は具体的にどのようなソリューションなのでしょうか。

「簡単に言うと920MHzの無線システムを使用し、バケツリレーのようにデータを飛ばすことで、価値のあるセンシングデータをリアルタイムで収集するサービスです。山間部などの携帯電波範囲外や、人が簡単に立ち入れない奥地、人の目が行き届かない広大な土地でも、気象条件などの影響をあまり受けることなく、安価な運用コストで、安定してデータを収集できるという特長があります。」

バケツリレー方式でデータを運べる920MHzマルチホップ無線

「2018年から19年にかけて北海道で渓流取水設備水位監視の実用化に向けた実証実験を行い、そこで良好な結果を得たうえで商品化。2020年2月にはじめて納入が決まり、紀伊半島にある電力会社の水位・雨量観測局において運用を開始しました。」

―開発に至った経緯を教えてください。

「お客様から「山の中で水位を計れないか」という相談をいただいたのがきっかけです。データを収集したい渓流取水設備は北海道の山奥にあって、データを取るのにそれは苦労されていたそうです。北海道なので冬は極寒で、道が凍ってしまう。本格的な冬に入る前に試作機の設置を完了するために、5月にはじめてお話を伺ってから、小雪がちらつきはじめる12月には試作機を設置して、半年間実験を行いました。」

「ここまで短期間で実証実験にこぎつけられた理由は、以前、私が基礎となる技術について東芝の研究開発センターで聞いていて、実験でかなりいい成績がおさめられるのを知っていたのと、スマートメータシステムの事業で920MHzの無線の取り扱いノウハウがあったためです。」

「スマートメーターとは各家庭についている電力を“見える化”するための設備。このスマートメーターも、920MHz帯無線を活用することで、電力量などのデータを電力会社に届けています。920MHz帯の電波は、動画や音声といった大きなデータの送信はなかなか難しいですが、センサーデータのような小さいデータを取り扱うのを得意としています。長期間にわたって正確に、リアルタイムに収集したいというニーズには最適なのです。」

―電波の届かない場所でデータを収集したいというニーズは多い?

「電力会社の水位データなど、業務に必要なデータはすでに取っていらっしゃいます。ただ水力発電所のある山の中というのは基本的に人力の世界ですから、みなさますごく苦労をされているのが現状。お話を伺っていると、「大雨だと道が通れない」や、「月に一度、データを取りに行くけれど、前回、電池を入れ間違えたばっかりにデータが取れていないことがある」、あとは「熊が出て怖い」など、苦労話がポンポン飛び出てきます。なかには送電鉄塔の監視に行く途中にヤマビルに噛まれたとかで、打ち合わせをした方の作業服が血まみれのこともありました。」

「そのためLPIS™は新たにデータを収集したい人はもちろんですが、すでに取っていらっしゃる人々にとっても、圧倒的に安全で楽になるという意味で、価値のあるサービスだと思っています。」

山奥までずらりと並ぶ送電鉄塔
点在する水源とそれを結ぶ水路

電波は生き物、だから日によって飛び方が変わる


―バケツリレーで確実にデータを送るには、LPIS™を配置する位置が重要だと思うのですが、どのように決めるのでしょうか。

「電波の飛び方は山の形や木の茂り具合で変わりますから、設置前に測定用の小さな無線機を持って山に入り、どれくらい電波が飛ぶかをあらかじめ調べます。こうした経験を経て確信しているのが、「電波は生き物」だということ。周辺の地形や気象条件によって変わりますし、意外な動きをすることもたびたびあります。「なぜここは飛ぶのにあっちは飛ばないのだろう」と頭を悩ませられるのですが、最近ではその自由奔放な性格が、かわいく思えるようになってきました(笑)。」

「生き物である電波をうまく扱いながら、安定的に稼働するベストな位置を見極めるのが我々の仕事。設置した後に倒木の被害にあう可能性もありますから、そうなった場合でも周りでバックアップできるような置き方をします。先ほども言った通り、マルチホップはバケツリレーなので、ひとつ欠けても別の機器に渡すことで、データがきちんと届く仕組みになっています。」

―電波の性質上、データ送信ができない可能性もあるのでしょうか。

「そういうことがないように考えて設置しているので、欠落が起きることはそうそうありませんが、先ほども言った通り無線は「生き物」のため、100%を保証することはできません。そこで実証実験では、最新のデータを前回のデータとセットで送る機能を追加しました。こうすることで、たとえ1回データが欠けても、次にデータが届けば前回の分の数値も分かる。こうした工夫でお客様に迷惑がかからないようにしています。」

―LPIS™は山の中にどのような状態で設置されているのでしょう。

「地面に置くと電波が飛ばないので、2mの高さのポールを立てて、その上に設置したり、電柱などの既設の構造物に取りつけています。このポールも今回、オリジナルで開発しました。設置するのは車が入れないような場所であることがほとんどです。ポールの重さは60kgあり、そのままでは持って歩くのが厳しいため、3つに分けて運べる作りにしています。ただ運びさえすれば、組み立ては5分程度で完成するほど簡単です。」

乾電池で動くから設置が自由!工場や農地でも活躍


―LPWA※1のひとつである省電力無線マルチホップ技術※2を用いたデータ収集サービスは他の企業も提供されていますが、東芝独自の技術が生かされたLPIS™の強みを教えてください。

「乾電池で動くところです。そんなことかと思われるかもしれませんが、電波が届かない山奥というのはそもそも電源の確保が非常に難しいもの。乾電池でデータを飛ばせるようにした点は大きな強みです。 さらに現在、乾電池ではなく、太陽電池で動くLPIS™も開発中です。太陽光で動けば電池を交換する手間が省けるうえ、さらなる小型化も可能になります。」

様々な設置条件に対応可能

―今後、社会のどのようなシーンでLPIS™が活躍できると考えられていますか。

「今回は雨量や水位の話が中心になっていますが、LPIS™はほとんどのセンサーインターフェースに対応できるので、温度計や湿度計、風向計、光度計など幅広いデータを収集することができます。ですから、プラントなど火を使う作業場の熱中症対策や、ビニールハウスのモニタリング、広い農地での防犯対策など、あらゆるところで活躍できると考えています。」

計測対象が多いプラントや工場
広大な農地や養殖場

「データの活用方法は無限大にあるとは思うのですが、私がそのアイデアをすべて出し切れるわけではないので、ビジネスだけでなく、研究や勉強に役立てたい方も含めて一緒に話し合いながら、これからどんどん活用方法を探っていきたいです。」

※1 LPWA(Low Power Wide Area):省電力で広域をカバーする無線技術の総称
※2 リレー方式でデータを中継することで広い通信範囲をカバーすることが可能な通信方式