製造業DXに向けた東芝の「スマートマニュファクチャリング」の取り組み(前編)

テクノロジー、イノベーション

2022年1月25日

2011年にドイツのハノーバーメッセで「インダストリー4.0」が提唱された。それから10年、製造業を取り巻く環境は大きく変わりつつある。デジタルトランスフォーメーション(DX)、カーボンニュートラル、さらにはサーキュラーエコノミーなど、世界中で産業構造の転換を迫るうねりが渦巻いている。
モノづくり企業として約150年の歴史がある東芝グループは、この潮流にどう対峙しようとしているのか。スマートファクトリーに留まらない「スマートマニュファクチャリング」に向けた東芝の生産技術革新の取り組みについて、東芝 生産技術センター  技監 高納政敏と上席研究員  西村圭介に、本ウェブメディア「DiGiTAL CONVENTiON」編集長 福本勲が話を聞いた。
前編では日本の製造業のDXがなぜ遅れているのか、阻む要因は何かなどについて語り合った内容を紹介する。

【後編はこちら】

右:東芝 生産技術センター 技監 高納政敏
左:東芝 生産技術センター 上席研究員 西村圭介


東芝グループのモノづくりのCoE(Center of Excellence)を担う生産技術センター

福本:
モノづくり大国と言われた日本の大手製造業には、生産技術を専門に研究する組織がありましたが、製造拠点のグローバル化に伴い、多くの企業が生産技術の研究組織を手放してきました。そんな中で、モノづくりの変革を支え続けている東芝の生産技術センターは、東芝グループ内ではもちろんのこと、日本の宝とも言える存在だと考えています。生産技術センターがどのような組織なのか、改めて紹介いただけますか。

高納:
生産技術センターは東芝グループのモノづくりの核として、モノづくりに関する技術・仕組みの研究開発、モノづくりのあるべき姿の発信、技術・仕組みのタイムリーな提供を行うことをミッションとしている組織で、50年ほど前に設立されました。東芝のモノづくりは幅広く、発電・送電などのエネルギー事業、道路・鉄道・ビルなどの社会インフラ事業、半導体やハードディスク、電池などのデバイス・ストレージ事業、製造IoTなどのデジタルシステムソリューション事業、その他関連会社の事業を対象に活動を行っています。
お客さまに品質が高く魅力ある製品・サービスをタイムリーに提供できるよう、製造拠点の効率化やモノづくりの仕組みを強化する生産エンジニアリング技術、低コストかつ高機能な差異化製品を実現する製造プロセス、解析技術を駆使して、東芝グループのイノベーションをリードしています。また、国内外の製造現場で培ってきた高度な目利き力、モノづくりの特性に応じた効果的なデジタルデータ・IT活用など、50年にわたる経験・知見を生かして、東芝グループだけでなくお客さまのDXやスマートファクトリーを実現するための活動も行っています。

福本:
東芝のモノづくりの高度化をリードしてきた生産技術者の集まりなのですね。しかも発電、医用機器から家電、さらにはデジタルまで幅広い製品に対応してきた。それが生産技術センターの強みであり、東芝のモノづくりの競争力に繋がっていると私たちも実感しています。今まで東芝グループの中だけで活用していた門外不出だった生産技術やノウハの蓄積を、社外のお客さま、社会のために活用してもらうという取り組みを現在、東芝デジタルソリューションズと一緒に進めていますね。
では改めまして、高納さん、西村さんのプロフィールについて、簡単にご紹介お願いします。

高納:
元々は設備・自動化機器の開発に携わっていました。その関係で工場の製造効率化などを担当するようになり、さらには人に関するIE(Industrial Engineering)や品質改善など、工場の生産性改善、向上を進めてきました。現在は、IEや生産性向上、自動化技術やIoT、AIを活用したスマートファクトリー、製造業のDXという領域の企画推進に携わっています。

西村:
グローバルモノづくり変革推進部に所属しています。これまでは主に工場の立ち上げやラインの構築を担当してきましたが、最近は東芝デジタルソリューションズと共に、社外のお客さまに対してIEやインダストリアルエンジニアリング技術を活用した工場改善、業務改善のコンサルテーション活動に従事しています。


製造業を取り巻く環境変化と日本のデジタル化、DX化の動向

福本:
ハノーバーメッセでインダストリー4.0が提唱され、10年が経ちました。その間、ドイツを中心とした欧米各国のデジタル化の取り組みは、社会や経済の基盤そのものを再設計する視点で取り組んできたように見えます。一方の日本のDXの取り組みの多くは、既存ビジネスの延長線上での効率化に終始してきた気がします。日本のDXの動きをどのように捉えていますか。

高納:
日本の製造業の強みは人が持つノウハウや現場力なので、スマートファクトリー化の取り組みも現場基点になる傾向があったと思いますが、最近では設計から生産につながるエンジニアリングチェーンだけでなく、サプライチェーンも含めた生産性向上に向けて取り組む必要があるという認識になっており、ここ数年でかなり動きは変わってきていると思います。

福本:
エンジニアリングチェーン、サプライチェーンの話がありましたが、インダストリー4.0で言われているように、市場ニーズの多様化に対応し量産品よりも個別生産品やカスタマイズ製品が増えていくと、製品ライフサイクル管理の方法も変わります。例えば量産品の場合は、設計段階でPLM(Product Lifecycle Management、製品ライフサイクル管理)上でBOM(Bill of Materials、部品表)を生成し、それを製造段階で活用して製造していますが、個別生産品ではそうはいきません。開発プロセスがサプライチェーンに組み込まれているため、設計と製造のプロセスを同期する必要が出てきます。
また、日本の製造業は製造現場で品質を作り込むので設計と違うものを作っているというような話も聞かれましたが、最近の製品はソフトウェア制御の比率が増えてきており、製造現場だけで品質価値が作り込めなくなっています。
このような製品の変化が、モノづくりのDXにも影響をもたらしているでしょうか。

高納:
今の東芝はBtoB(Business to Business)、インフラ製品が主体となっていますが、そのような製品の場合は、お客さまの運用・使い方に合わせてカスタマイズできることが差異化につながります。設計はコンフィグレータを使ってある程度モジュール化・共通化しつつ、差異化する部分については、どのような製品を作るかをある程度描き、リードタイムも考慮しながら、設計情報をカスタマイズし、さらには必要な情報を調達、製造そしてお客さまサービスに繋げることにより、新たな価値を生むと考えています。製品を作って売るというより、トータルなエンジニアリングチェーン・サプライチェーン、新たなバリューチェーンをどう作るかというビジョンを描くことが大事になってきており、ビジョンを描いた上で、モノづくりをどう変えるかという話に変わってきたと思います。

西村:
量産品と個別生産品では、品質の作り込みの考え方が異なります。量産品では上流段階で品質の作り込みをし、下流ではそれに従いモノづくりをすることになるため、量産品のモノづくりのDX化は比較的簡単にできます。一方、個別生産品の場合は、設計段階での品質の作り込み以上に、製造段階で品質を作り込む必要があります。
特に日本のモノづくりは、製造段階での品質の作り込みが行われ、それがきちんと上流に伝わっていないために、上流の設計を変えるとそれが製造側にうまく繋がらず品質の作り込みに時間がかかっている状況です。そういう人間同士のウェットなやり取りに依存してきたことが、モノづくりのDXを阻害した要因の一つだと捉えています。現場の人、設計の人、生産技術の人も含め関係者が皆で、エンジニアリングチェーン全体、サプライチェーン全体を繋げたイメージ、ありたい姿を描き取り組んで行くことで、DXも進んでいくのではと思っています。

高納:
欧米の製造業は、どちらかというと上流の設計段階で作り込み、製造現場を調節してモノづくりを管理するのに対し、日本の製造業は、設計と製造が分かれており、製造現場が強いところがありますね。ただ、製品が複雑化しソフトウェアなどの領域が増えてきているため、製造現場の匠だけではなかなか品質を作り込めなくなっています。機械系だけでなくて電気系やソフトウェアも含めて製品を作り込んでいくためには、設計段階でシミュレーションを行う必要があり、技能継承や製造現場のあり方も変わってきていると思います。

福本:
製造業ではノウハウや匠の技を人から人へ継承していくことにこだわりがある。それがDXを阻む要因の一つになっているのでしょうか。匠の中には、自分のノウハウをデジタル化して見えるようにすることに抵抗感のある方もいるのではないかと思いますが。

高納:
製造業においても少子高齢化が進み、匠と言われる熟練技能者はどんどんどん少なくなってきており、技能継承は今まさに課題となっています。それをアシストするIoTやAIなどのデジタル技術を活用した技能継承も行われ始めており、工場の中も変わってくるのではないかと思います。
現場を変えようとすれば抵抗意識はあるものです。ただ闇雲にシステムを導入して合理化するということではなく、仕事の質、やり方を変えるというスタンスで取り組むことが重要なのではないかと思います。デジタル技術を使って技能を見える化し、一緒に仕事の効率や質がどう変わるかを納得してもらいながら進めれば、匠の協力はある程度得られると思います。

西村:
匠の方々には確かに抵抗感はあると思いますが、その理由は大きく二つあると思っています。一つは今までの自分の仕事がなくなってしまう、新たなことをやらなくてはならないという気負いがあること。もう一つは、これまで先輩から背中を見て覚えろと言われてきた方々なので、ノウハウを伝えることが難しいということです。
ですが実は、匠の方にデジタル化して見せると、意外にも面白がってくれます。自分が行っていることを実際に見えるようにして興味を持ってもらうことで、上手く進むことも多いと思います。一方、最近の若手の方は、はっきりとした形で見える化して伝える方が覚えやすいということもあるので、匠の技をモーションキャプチャや映像技術を使ってデジタルに落とし込んでいくことで、匠と若手の双方にとってWin-Winとなります。

福本:
そのほかに、日本の製造業が欧米に比べてDXで遅れをとっている要因があれば教えてください。

高納:
一つは製造設備や機器の古さですね。デジタル化が困難な古い設備や機器を生かしつつ、比較的安価なコストでデジタル化していくことに頭を悩ませている製造業は多いはずです。
次に人材の問題です。これまでの工場のデジタル化はIEの専門家が主に担当していましたが、これからのデジタル化はIEの専門家だけでは実現できません。ITの専門家など様々な人たちが協力しながら推進体制を構築する必要があります。ですが、日本の製造業では工場・ラインごとに組織が縦割りであることが多く、どうしても改善活動が各組織内に留まってしまいます。
また、データ活用が進んでいないことも課題です。データを収集し、見える化する仕組みまではできていても、それらを分析・活用できる状態になっていないところがあると思います。
そして最大の課題は、スマートファクトリーのビジョンが描けておらず、体系化した進め方ができていないことではないでしょうか。

西村:
欧米と比べて日本を含むアジアは、管理レベルが曖昧なところがあると思います。従来は、各部門が自分たちの仕事をきっちりこなし、要求されている以上のことをこなしていけばモノづくりが上手くいっており、その管理も人に依存する運用になっていました。そのため、DXという新しい仕組み、システム、考え方が求められた時に、それぞれの部門単位で考えてしまっていて、全体としてパラダイムシフトに繋がらないという課題が出てきていると思います。

東芝 生産技術センター 技監 高納政敏


日本の製造業DXを加速するために必要な取り組みとは

福本:
日本の製造業のDX推進を加速するにはどのような取り組みが必要になるでしょうか。

高納:
従来、工場では各現場でカイゼン活動が行われてきており、工場全体を変えるというビジョンはあまり必要ではなかったと思いますが、スマートファクトリー化というのは、現場のラインの課題だけでなく、経営戦略に基づき工場全体の仕組みをどう変えていくかという課題に向けて取り組む必要があります。
我々も東芝グループ内でスマートファクトリー化を推進するにあたり、生産の役員から、生産統括責任者、工場長、そして現場の人達まで、幅広く理解を得て社内の合意形成を行いながら進めています。現場の取り組みだけでも、トップダウンでの取り組みだけでもなかなか進まないので、工夫して進める必要があります。

西村:
管理レベルを上げていくため、投資も行いながら手を打っていかなければいけないと考えています。日本の製造業の得意なところは残さなければなりませんが、人の繋がりや擦り合わせに依存してきたところから脱却し、さまざまな情報をデジタル化、見える化して管理を高度化していくことの重要性を認識する必要があると思います。ただ、管理レベルが上がることは、全体最適に向けては有益でも、必ずしも各部門の短期成果に繋がらないこともあるため、啓蒙活動も必要になります。

福本:
近年ではカーボンニュートラルやサーキュラーエコノミー、デジタルエコノミー、データエコノミーといった世界的な産業構造転換の動きがありますが、そのような中で今後の日本の製造業ではどのような取り組みが必要になっていくでしょうか。

高納:
これまでの工場での生産性・品質向上やスマートファクトリー化の取り組みは、自分たちの工場をどう効率化するかということが主なテーマでした。これからは工場がお客さまや社会、環境に対してどのように貢献できるかといったことやサステナビリティの観点で、取り組みを進めていくことが必要になります。例えば、温室効果ガスの排出量を最適化するために、CPS(Cyber Physical Systems)技術を活用した工場のエネルギーマネジメントの取り組みがあります。さらには、製品の納入先のお客さまとデータを共有して、製品の長寿命化やエネルギー最適化に繋がる運用サービスを提供するという、両面での取り組みが考えられると思います。

西村:
東芝では各工場のスマートファクトリー化の取り組みの中で、生産効率化だけでなく工場を取り巻く地域・社会貢献まで含めてビジョンを描くようにしています。そうなると当然、廃棄物や電力消費、CO2排出量などの問題まで踏まえて、スマートファクトリー化を進めていくことになるわけです。

高納:
そういう意味では、地球環境や社会的な要請に対応していく上でも、モノづくりのみならず、オペレーション&メンテナンス(O&M)まで含めた「スマートマニュファクチャリング」に領域を拡げたDXに向けて取り組む必要があると思います。

【後編はこちら】


高納 政敏
株式会社東芝 生産技術センター 技監

1987年 株式会社東芝入社、生産技術センターにて製造ライン・設備開発、IEを起点とする生産性向上に有効なツールや手法の開発と拠点への展開を推進。2004年から本社 生産企画部で全社のモノづくり力強化を企画・推進、2011年よりグローバルモノづくり変革推進部 部長を経て、現在は技監として製造業DX に向けた東芝の「スマートマニュファクチャリング」を推進している。

西村 圭介
株式会社東芝 生産技術センター 上席研究員

2001年 株式会社東芝入社、生産技術センターにて国内外の東芝グループ工場に対する工場立ち上げ、生産管理システム導入の支援や、IEを活用した生産性向上を推進。またこれらの知見を活かし、東芝デジタルソリューションズ株式会社と連携した顧客向けのデジタル化推進を担当。現在は東芝グループ全社活動である製造デジタル化、スマートファクトリー化を推進している。


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  • この記事に掲載の、社名、部署名、役職名などは、2022年1月現在のものです。

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